翌日。
ゴラムの部屋のドアが開いていた。
僕が中に入ると、ゴラムの姿はなく荷物も何も無かった。
「大変だ!ゴラムが居なくなった!」
「ゴラムが居ないですって?」
「なんじゃと?」
僕らは手分けしてゴラムを探した。エルフの店、王立図書館、ガルムの家、、、どこにもいない。馬車はあるので、遠くには行っていないはずだ。
1日中探したが、結局、ゴラムは見つからなかった。
「ゴラム、どこに行っちゃったんだろう?」
リリアが心配そうに呟いた。
「ガルムのところにも、おらんとはの。」
ハックがくたびれた声で言う。
「帰ってくるのを待つしかないか。」
無計画に探し回っても仕方ない。僕らはゴラムの帰りを宿屋で待つことにした。
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そのころ。
エルドランドの城内ではトラブルが発生していた。
「姫様!姫様!」
執事らしき男が叫んでいる。
「どうした?騒がしい。」
通りがかった大臣が執事に話しかけた。
「大臣閣下。姫様がどこにもいないのです。」
執事は、右往左往して、かなり慌てている。
「いつものことだろう。きっと、どこかで遊んでいらっしゃる。」
大臣は呆れ気味に言った。
「姫様は、いつもこうだ。嘆かわしい。もう少し探します。」
「よろしく頼んだぞ。」
執事と大臣はそれぞれ逆方向に歩き出した。
大臣は、豪華な装飾が施された大きな扉の前まで来た。
「国王陛下、失礼いたします。」
「入れ。」
扉が開くと、一番奥の玉座にエルドランド王が座っていた。
国王の風格と威厳を備えた気品の高い人物だ。
「国王陛下。姫君が、またお逃げになったようです。」
「仕方のない娘じゃ。お転婆で困る。大臣にも苦労をかけるな。」
「執事が探しておりますので、すぐに見つかるでしょう。」
「で、大臣よ。本題はなんじゃ?」
「陛下。辺境の城に怪しい動きがございます。」
「辺境の城。魔王か。」
「左様でございます。今のところ、大きな動きはありませんが、監視を強めた方が良いかと。」
「うむ、その件は大臣に任せる。」
「畏まりました。失礼いたします。」
大臣は王の間を後にした。
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一方そのころ。
「へへ。お作法の勉強なんて、退屈でやってられないわ。」
一人の少女がエルドランド城内から外に出ようとしていた。
「ここに穴が開いてるのは私だけの秘密。さあ、城下に行くわよ。」
子供が一人、やっと通れるくらいの穴が城壁に開いている。その少女は、器用にその穴を通り抜けた。穴の先には、エルドランドの城下町が広がっている。
「脱出成功!」
少女は、町に向かって走り出した。
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ゴラムは、エルドランドの街の中を当てもなく歩いていた。
「俺は、どうしたらいいんだ。師匠にも見捨てられて、修行を終えることも出来ず。使命を全うする自信もない。俺には荷が重すぎる。みんなに合わせる顔が無い。」
ドン
向こうから歩いてきたリザードマンとぶつかった。
「おい!ゴブリン!何様のつもりだ?」
「悪かったな。」
「おいおい、ちゃんと謝れよ。」
「悪かったなって言っただろ。」
「この野郎。ゴブリンの顔は見てるだけでムカつくんだよ!」
バシッ!
リザードマンがゴラムの顔を殴った。ゴラムはされるがままにしている。
「息が臭えんだよ!」
バシッバシッ。
ゴラムは倒れてしまった。そこにリザードマンの蹴りが入る。ゴラムは動かない。
「やめなさい!!」
少女が叫んだ。14~5歳くらいの年頃で、髪は金髪で綺麗に編み込まれている。普通の庶民が着るような服を着ているが、どこか高貴さがにじみ出ている。
「なんだ?お前は。」
「ゴブリンさんが可哀そうでしょ!弱い者いじめはダメだよ!」
騒ぎを聞いて、周りに人が集まってきた。
「チッ。ガキに免じて許してやるよ。」
リザードマンは捨て台詞を言うと去っていった。
少女がゴラムに駆け寄る。
「ゴブリンさん、大丈夫?ひどい怪我。」
「大丈夫だ。ほっといてくれ。」
「駄目だよ。一緒に病院に行きましょう。」
「本当に大丈夫だ。行くところはあるから。」
「じゃあ、私がそこまで連れて行ってあげる。」
少女は強引にゴラムの手を引いて歩きだした。
ゴラムは仕方なく少女に従う。
「で、どっちに行けばいいの?」
「あっちだ。」
ゴラムと少女は、歩き出した。
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宿屋で、僕たちはゴラムの身を案じていた。
でも、今の僕らには、待つことしかできない。
「ゴラム、本当にどこに行っちゃったんだろう?」
リリアが泣きそうになっている。
「ゴラムは、考え過ぎじゃ。自分の価値は後からついてくるもんじゃ。」
ハックも心配している。
僕にとっても、ゴラムは、この世界で初めてできた大切な友人だ。
早く帰ってきてくれればいいが。
宿屋のドアが開いた。
そこには、ボロボロになったゴラムと見知らぬ少女が立っていた。
「ゴラム!」
僕らは駆け寄った。
少女が驚いた顔で僕らを見ている。
「君は?」
僕は少女に聞いた。
「私は、アンヌ。このおじさんがいじめられてたから助けたの。」
「アンヌ、ありがとう。僕はケンタ。このおじいさんはハック。女の子はリリア。3人ともゴラムの友達だ。」
「だいぶ、こっぴどくやられたようじゃの。」
ハックが言う。
「私が回復してあげる。回復せよ!ヒール!」
リリアの手が青白く光り、ゴラムの体の傷がみるみるうちに治っていく。
「ゴラム、何があった?」
「ちょっと喧嘩しただけだ。この子に助けてもらった。」
「今までどこに行ってたんだ。心配したんだぞ。」
「みんな、すまない。全部、俺が弱いせいだ。」
「ゴラムは弱くなんかないよ。」
そうだ、今までも、ゴラムにはたくさん助けられた。
「そうよ。ゴラムは、もっと自信もっていい。」
リリアが言う。
「ゴラムよ。ガルムもお前を認めている。本当じゃ。」
ハックが言う。
「おじさん、いいお友達がいるね。みんな心配してくれてるよ。」
アンヌが言う。ゴラムが起き上がった。
「ありがとう。アンヌ、みんな。俺は間違っていたよ。」
「ゴラム!」
僕らは抱き合った。今まで以上に結束が固くなった気がした。
「ところで、アンヌ。君はどこの家の子なんだい?」
ゴラムを助けてくれたお礼もしなくては。親がいるのであれば説明も必要だろう。
「そんなことより、私、おじさんたちと一緒に街の中を散歩したいな。」
アンヌがなぜか話を逸らす。言いたくないこともあるんだろう。なら仕方ない。ゴラムの恩人だし、ここは、彼女の言うことを聞こう。
僕らは、アンヌと一緒に街に出た。
「アンヌちゃん、どこに行きたい?」
リリアは流石にすぐに打ち解けたみたいだ。アンヌも男より同性の方が話しやすいだろう。
「お菓子とか、服とかが見たい。」
「じゃあ、お店を見て回ろうか。」
食べ物屋や装飾品を売っている店が多い地区に来た。
元の世界で言えば商店街や市場のような場所で、たくさんの店が建ち並んでいる。
どこの世界でも女性はウインドウショッピングが好きなんだなと僕は思った。
「ねえ!見て。このお菓子美味しそう!」
クレープのような食べ物が売っていた。アンヌは食べたそうにしている。
「よし、それ買って、みんなで食べようか。」
人数分買って、一列に並んで食べる。ゴラムやハックも食べているのが、なんだか笑える。
「ゴラムは甘いお菓子とか大丈夫なのか?」
「俺はこう見えて、甘いものが大好きなんだよ。」
へぇ。人は見かけに依らないんだな。ゴブリンだけど。
「見て!あの服かわいい!」
「一緒に見に行こう。」
アンヌとリリアはすっかり姉妹みたいになっている。
凝った装飾がされている服が飾ってある店だ。ちょっと高そうだな。
気が付けば、アンヌが服を試着している。
「アンヌちゃん、かわいい!似合ってる。」
リリア、それはちょっと高くて買えないぞ、とは言いにくい。
そんな感じで楽しい時間を過ごしている時だった。
「王女様!」
突然、兵士が声をかけてきた。
「アンヌ王女様!何をなさっているのですか!」
王女様?アンヌが?人違いじゃないのか?
「お前たちは何者だ!王女様から離れろ!」
僕らは、兵士に剣を向けられて、動けなくなった。
「この人たちは、何も悪くないの。私に街を案内してくれたのよ。」
「アンヌ様、早くこちらへ。」
アンヌが兵士に連れられて行く。
「リリアさん!みんな!」
「アンヌ!」
「お前たちは、アンヌ様を誘拐しようとしたのか?」
僕は慌てて否定する。
「とんでもない!王女様とは知らなかったんです!何もしてません!」
「信じられないな。この者たちを牢へ!」
「おい!俺たちは無実だ!」
「ゴラム!何も言うな。言うことを聞くんじゃ。何とかなるじゃろう。」
僕らは無実の罪で投獄された。
手錠を掛けられ、城の地下にある牢屋に連れていかれた。
「入れ!」
4人一緒に無理やり押し込まれる。
窓も何もない石造りの壁の牢屋だ。頑丈そうな鉄格子は破れそうにない。
真っ暗で陰鬱としていて、壁にかかった松明の明かりだけが周りを照らしている。
何とかして誤解を解かなくては。でも、僕らの言うことに聞く耳を持ってくれる人は恐らくいないだろう。アンヌだけが頼りだ。
「それにしても、アンヌが王女様だったとは・・・」
ゴラムが鉄格子に手をかけながら言った。
「何だか、王女様らしくなかったね。普通の子って感じだった。」
リリアはずっと一緒だったから。余計にショックだろう。
「何とか誤解を解かねばな。ケンタのスキルでどうにかならんか?」
ハックが無茶ぶりをする。
「僕のスキルでも難しいよ。相手を操れるわけじゃないし。」
何もできないまま1日が過ぎたころだった。
ガシャン!
突然、牢が開いた。
「出なさい。」
そこには、兵士ではない小綺麗な服を着た男がいた。
「私は、この王国の執務大臣をしているハンスだ。この度は、君たちに大変失礼なことをした。」
「誤解が解けたということですね?」
僕はハンス大臣に聞いた。
「その通りだ。アンヌ王女様に感謝するんだな。今回の無礼を直々に謝罪したいと国王が仰っている。」
「国王様が?」
これは、おおごとになってきた。
僕らの手錠は外され、王の間に案内された。
大きくて立派な扉だ。あまりの急展開に緊張してきた。
ギィ。
扉が開いた。
目の前に玉座がある。そこに座っているのが、エルドランド国王だ。
その横には、見違えるような綺麗なドレスを着たアンヌ王女が椅子に座っている。
僕らは促されるままに国王の前に歩み出た。
国王の前で頭を下げる。
「頭を上げよ。」
王様に促され、頭を上げた。
「この度は、わが娘アンヌが、多大な迷惑をかけた。アンヌの父としてお詫び申し上げる。」
隣のアンヌも申し訳なさそうな顔をしている。
「アンヌの我がままに付き合ってくれてありがとう。今回のお詫びと言っててはなんだが、何か欲しいものはあるか?」
・・・欲しいものか。なんだろう。
「エルドランド国王。いや、エルよ。久しぶりじゃな。」
急にハックが話し出す。国王をエルと呼んだぞ?
「ハックか!懐かしいな。何年ぶりだ!」
「30年振りくらいかの。あの冒険が懐かしいわい。」
「あの。国王様とハックはお知り合いなんですか?」
恐る恐る、僕は聞いてみた。
「うむ、私とハック、それから竜殺しのガルム、ヒーラーのアンは共に戦った仲間だ。」
「師匠と王様が仲間!知らなかった。」
ゴラムも驚いている。
「エル、いや国王陛下。此度は、知らなかったとは言え、アンヌ王女に大変失礼なことをした。申し訳ない。」
「ハックよ。国王陛下はやめてくれ。昔通りエルで良い。こちらこそ、申し訳ない。親友を牢獄に入れるなど。」
「まあ、誤解が解けてよかったぞ。姫君の口添えのおかげじゃな。」
「ところで、ハックよ。なぜこの街に来たんだ?」
「こちら、ケンジという名の転生者じゃ。今は彼と一緒に旅をしている。」
「転生者か。ということは、あのスキルを持っているのか?」
「そうじゃ。この世の全ての言葉を理解するスキル。魔物とも心を通わせることが出来るのじゃ。」
「また、世界に危機が迫っているということだな。ハックよ。」
「その通りじゃ。エル。すでにその兆しはでているのじゃろう?」
「流石に大魔法使いには隠し事が出来んな。実は、辺境の魔王の城に動きがある。」
「そうか、やはりな。」
ん?ちょっと待って。勝手に話が進んでるけど。魔王って?
「国王陛下!失礼します!」
リリアが急に話し出す。
「なんだ?」
「国王陛下とハックは、魔王と戦ったことがあるんですか?」
「ああ、30年ほど前に一度、魔王と戦って勝った。」
なんだか情報が多すぎて頭が追い付かない。
「その話は、改めてしよう。今日の所は下がってよいぞ。」
「国王陛下、失礼しますじゃ。」
「ハック。また会おう。」
こうして、僕らと国王の謁見は半ば強引に終わった。