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第10話 王家の谷




王家の谷はエルドの町を出て西に数日。砂漠を超えたところにある。

旅支度を整えて、3日後。僕らは西に向かって出発した。





「あづい~。」

ゴラムが暑さにやられている。

「ゴブリンは暑さが苦手なんだな。知らなかったよ。」

「このままじゃ、みんな干からびちまうぞ。」

確かにゴラムの言うとおりだ。水も無限にあるわけじゃない。

どこかにオアシスでもあればいいんだけど。

「ねえ!見て!あそこに水があるよ!」

リリアが指さす方向に、確かに泉があった。どうやら幻ではなさそうだ。

「よし、あそこで休憩しよう。」

オアシスに向かって馬車を走らせた。

すると、急に馬車を引くシバが動かなくなった。

「おい。どうした?前に進め。」

ゴラムが促しても動かない。どうやらおびえている様子だ。


ゴゴゴゴゴゴゴゴッ。


何かが近づく音がする。

と、突然、砂の中から大きなムカデのような魔物が現れた。

「サンドワームじゃ!気をつけるんじゃ!」

ハックが叫んだ。

ゴラムが素早く馬車を飛び出して斬りかかる。足を何本か切り落とした。

しかし、余計に怒らせてしまったらしい。長い体を馬車に向かって叩きつけてくる!

砂が波のように馬車を持ち上げる。このままでは、バラバラになってしまう。

「防御せよ!シールド!」

リリアの防御魔法が馬車を包み込んだ。間一髪、物理攻撃を防ぐことができた。

サンドワームは体をくねらせて、何度も襲ってくる。

すると、サンドワームの思考が、僕の頭の中に流れ込んできた。

「口から火を吐くぞ!気を付けろ!」

「わかった!」

「よし、やられる前にやれじゃ!氷よ、出でよ!フリーズ!」

サンドワームが火を吐こうとした瞬間。ハックの氷魔法がサンドワームの全身を凍てつく空気で包み込み、凍らせた。

「とどめだ!ゴラム!」

「よし!これでも食らえ!」

ゴラムが氷漬けになったサンドワームを斬りつけると、粉々になって消えていった。

「よし、倒したぞ!」

「危なかったのう。さて、シバは無事か?」

「馬車もシバも大丈夫よ。」



魔物を倒した僕らは、そのままオアシスに向かった。

遠くからはわからなかったけれど、意外に大きな泉だ。周囲には草木が生い茂っている。まさに砂漠の中のオアシスだ。

僕らは、このオアシスで一泊することにした。


魔物はいなそうだ。僕らは泉の水で砂まみれになった体や装備を洗った。

飲み水を補充して、食事をして、体を休め、明日以降の戦いに備えた。



その夜。

砂漠の夜は冷え込む。昼間の暑さが嘘のようだ。僕は毛布を被って、周りの景色を見ていた。見渡す限り砂しか見えない。そして、砂漠の空は、今まで見た中で一番澄んでいる。今日は満月だ。星が見えない代わりに、大きな月が空にポツンと浮かんでいる。

「これが本当の月の砂漠だな。」

僕は呟いた。

「まだ起きてるの?」

リリアが来た。

「うん。今夜は月が綺麗だよ。」

「本当だ!綺麗。」

僕らは、しばらく黙って月を見上げていた。


「私のいた集落に古い歌があるの。」

「歌?」




三日月は、空に浮かぶ船

半月は、揺りかご

満月は、神の導き

新月の夜は、空に願おう




「意味は分からないけど、なんだか素敵じゃない?」

「素敵だね。僕らにも神の導きがあるといいな。」

「そうね。」

「リリアと一緒にこうして夜空を見上げるのも、いつまでできるかな。」


「私はケンタとなら、ずっとこうしていたい。」

「僕は、この世界の人間じゃない。だから、」

「それ以上は言わないで。」

「ごめん。」

「お願いだから、今はそんなこと言わないで!」

「わかったよ。」

リリアが、こんなに怒るのを初めて見た。


「帰りたくないな。元の世界に。」

「きっとエルドランドも悪くないと思うよ。」


僕はリリアの方を向いて言った。

「リリアがいればいい。」

リリアも僕の方を向いた。

月明かりに照らされて、僕らは長いキスをした。

シーンと静まり返った中、僕らの息遣いだけが聞こえていた。








翌朝。

準備万端整えて、いよいよ王家の谷に向けて出発した。あと1日もあれば着くだろう。僕らは、戦いに備えて気を引き締めた。

砂漠が終わり、荒れ地が続く。向こうに大きな土の山が見えてきた。山と山の間は深い谷になっている。あれが王家の谷だ。僕らは慎重に歩を進めた。緩やかだった谷は、次第に切り立った崖のようになっていく。その先の方で大きな砂の塊のようなものが道を塞いでいた。よく見ると脈打っているようにも見える。


「あれは、サンドドラゴンじゃ。」

ハックが静かな声で言った。

「砂の体を持つドラゴンじゃ。奴には物理攻撃は効かん。」

「じゃあ、俺の出番は無しだな。」

ゴラムが自嘲気味に言う。

「ゴラムは敵の囮になってくれ。その間にケンタが思考を読んで、わしが魔法で攻撃する。リリアは援護を頼む。」

「わかった。」


気配を悟られないように少しずつ近づいていく。

ゴラムが先陣を切って谷の上に上り、サンドドラゴンの後ろ側に回り込む。

こちら側では、ハックとリリアが魔法を発動する態勢で待っている。

僕は、サンドドラゴンの意識を読もうとするが、霞がかかって見えない。

慎重に集中力を高めていく。もやがかかっていた意識が次第にはっきりしてくる。

「ゴラム!後ろに攻撃来るぞ!」

「よし!」

砂の塊が竜の形になって、その前足がゴラムに襲い掛かる。

ゴラムが攻撃を避けて斬りかかる。が、切れたそばから元通りに修復されてしまう。

「リリア!攻撃補助魔法を!」

「はい!強化せよ!リインフォース!」

ハックの魔力が強化された。

「よし、行くぞ!嵐よ吹け!ストーム!」

猛烈な風がサンドドラゴンを襲う。

グウォーーーー!

サンドドラゴンの体が粉々になって空に巻き上がった。

が、次の瞬間。見る見るうちに砂が元に戻っていく。まるで何もなかったかのように元の体に戻っていた。


「ならば、これでどうじゃ!水よ、出でよ!フロード!」

津波のような水がサンドドラゴンを押し流す。

グヴァーーーーー!

サンドドラゴンの体が跡形もなく押し流されてしまった。

が、周りの土から丸い塊が無数に現れ、それが一つになっていく。粘土細工のように大きくなったそれは、竜の形になって戻った。

「おい!どうする?」

ゴラムが叫ぶ。


「それなら、砂も溶ける高温で溶かす!炎よ、出でよ!インフェルノ!」

「私も手伝うわ!強化せよ!リインフォース!」

魔力を強化されたハックの炎魔法がサンドドラゴンの体に直撃する。

その時、僕の意識にサンドドラゴンの意識が飛び込んできた。

「ハック!奴の弱点は頭だ!頭を狙え!」

「わかったぞ!ぐぬー!!」

炎がサンドドラゴンの頭を直撃する。

ギャーーーー!

サンドドラゴンの体が破裂した。どうやら燃え尽きてしまったらしい。

「勝ったぞー!」

ゴラムが雄叫びを上げた。

ハックは魔力を使い果たし、座り込んでしまった。

リリアと僕が駆け寄る。


サンドドラゴンのいた場所に、黄色く輝く宝石が落ちていた。これを証として持ち帰れば良いのだろうか。僕は宝石を拾って道具袋に仕舞った。



こうして、僕らはサンドドラゴンを倒し、王家の谷を後にした。





5日後。

僕らは、サンドドラゴンを倒した証として黄色い宝石を持って、王の間に来ていた。


「国王陛下。これがお約束の品になります。」

僕は、黄色い宝石を国王に手渡した。

「うむ。間違いない。ご苦労であった。」

「では、賢者の石を頂けますか?」

「良かろう。賢者の石をこちらへ。」

執事が、賢者の石を持ってきた。黒光りしていて、何か装飾が施されている。

「これが、賢者の石だ。大切に取り扱うように。」

執事から石を受け取る。ずっしりとした重さを感じる。

「ありがとうございます。陛下。」

「うむ。ほかの2つの道具は見つけたのか?」

「いえ。まだ見つかっていません。」

「町の魔道具屋に聞けば、何か知っているかもしれんな。頑張ってくれ。」

「はい。ありがとうございます。では、失礼します。」


賢者の石を手に入れた。


残りの2つ、賢者の杖と賢者の楯は、今のところ全く情報がない。国王のいう通り、聞き込みを地道にしていくしかないだろう。


次の日から、僕らは手分けして町中を聞き込みして回った。


町中の武器屋、防具屋、道具屋、魔道具屋、あらゆるお店を回って聞き込みをしても有力な情報は無かった。

「うーむ。手詰まりじゃな。」

さすがのハックも疲れているようだ。

「あとは、闇で商売してる奴に当たるくらいしかないな。」

ゴラムが言う。確かに闇の商人なら、何か知っているかもしれない。

「闇で商売している人って心当たりはあるの?ゴラム。」

リリアが言うのももっともだ。

「心当たりはないな。酒場なら、そういう情報が集まるかも。」

酒場か。


僕らは、酒場で聞き込みをすることにした。


「乾杯!」

聞き込みはあとにして、いつものエルフの酒場で賢者の石の獲得を祝って飲むことになった。

「ハックの炎の魔法はすごかったな。流石は大魔法使い。」

「そういうゴラムの陽動作戦も見事じゃったぞ。」

ハックと、ゴラムは、もう酔っている。

ちょうど店員が注文を取りに来たので、聞いてみることにした。

「ビール追加で4つ。それと、この辺で、闇で魔法道具を売ってる店って、知らないですか?」

店員のエルフの顔色が変わった。

「お客さん、ここだけの話にしておいてくださいね。」

「もちろん」

「スラム街の中のオークの居住区に1軒だけ看板が出てない店があるんです。そこなら、お客さんの望むものがあると思いますよ。」

「スラム街のオークの居住区か。ありがとう。」

僕は店員にチップを渡した。

「スラム街なら、そんなに遠くないね。明日行ってみよう。」

リリアを連れて行くのは気が進まないが仕方ない。

「今日は、ほどほどにして、そこに明日行ってみるか。」

有力な情報が手に入って良かった。やっぱり、情報は酒場だな。

「じゃあ、飲みなおそうか。」

リリアは切り替えが早い。

「そうだね。乾杯。」

そんな僕らの横で、ハックとゴラムはすでに出来上がっていた。


宿屋に帰って、ハックとゴラムを部屋に帰した後、僕とリリアは酔い覚ましに部屋で他愛のない話をした。みんなと過ごす時間が長くなればなるほど、僕は、元の世界に帰りたくなくなる。ハックははっきりとは言わないけど、僕が『選ばれし者』の役目を終えたら、元の世界に帰ることになるかもしれない。でも、今となっては、この世界の方が気に入っている。何よりもリリアがいる。もし、そんな時が来たら、僕はどうすべきなんだろう?リリアにはそんなことを考えているとは悟られないようにしないと。



そして、夜が明けた。






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