昼まで寝ていたハックとゴラムを叩き起こして、スラム街に向かった。
スラム街は、その名の通り、さまざまな種族が行きかい、他の地域とは違う雰囲気が漂っている。家はボロボロで人々の身なりも薄汚れた感じだ。このエルドランドにも貧富の格差は元の世界と同じようにあるのだ。
しばらく歩いていると見るからに怪しげな路地があった。入口の壁に【この先、世界共通語は通じません】【危険!命の保証はしない。】と書いてある。僕はスキルを発動した。
「何だか怖いね。」
リリアが僕の腕にしがみついてくる。
「何かあれば、俺がぶっ飛ばすから大丈夫だ。」
ゴラムは、こういう時には頼りになるな。
薄暗い路地を進んでいくと、突き当りに怪しげな彫刻が彫られた扉があった。看板も何もないが、いかがわしい雰囲気がプンプンする。
「どうやら、ここのようじゃな。」
ハックが鼻をつまみながらいう。
扉をノックしてみた。
トントン。
「はいよ。」
ギィという鈍い音がして、扉が開いた。見張りだろうか?背の低いオークが一人いる。
「奥にどうぞ。」
こういう場所のわりに丁寧な物言いのオークに少し驚いたが、言われた通り奥に進んだ。
通路の奥には、雑多に物が並んだ棚があって、その向こうのカウンターに、さっきのオークよりも二回り程、図体の大きなオークが、ドッシリと椅子に座っていた。
「お客さん、見ない顔だね。何の用だい。」
低い威圧するような声だ。
僕は、めいいっぱい強がって要件を話した。
「賢者の杖と賢者の楯を探している。何か情報は無いか?」
「賢者の杖と賢者の楯、ねぇ。いくら出せる?」
「そっちの言い値で。」
「喉から手が出るほど欲しいってわけだ。」
「そうだ。」
店主のオークはそう言うと、奥の棚から古びた地図を持ってきた。
「この地図に、あんたが求めているものの在処が書いてある。」
「よし、この地図を買おう。」
「1万マニーでどうだ。」
「6000だ。」
「6000は安すぎる。9000でどうだい?」
「7000ならどうだ?」
「あんたには、負けたよ。8000だ。これ以上は負けられない。」
「わかった。交渉成立だ。」
そういって金を払うと、地図を受け取った。
帰り際、
「命を粗末にするなよ。」
と、オークに声をかけられた。
僕らは、宿屋に戻って、さっそく地図の解読にかかった。
古い地図だが、丈夫な紙で出来ている。端の方はボロボロだが、書いてある絵や文字ははっきりと読み取れる。地図には古代の文字で何かが書いてあった。
僕のスキルにかかれば一発だ。
【賢者の杖は、邪悪な魔法使いが守る。闇に対抗できる者が、それを手にすることが出来るだろう。】
【賢者の楯は、堅牢な巨人が守る。その堅い守りを打ち破れる者が、それを手にすることが出来るだろう。】
そして、エルドの街を中心に北と南の方角にバツ印が書いてあった。
「なんだか、分かったような分からないような。具体的なことは何も書かれてないな。」
「しかし、印の場所に行くしかなかろう。」
ハックが言う。
「北には、廃墟になった城がある。恐らくそこじゃろう。南には岩山がある。南は、そこを目指せば何かあるかもしれん。」
「よし、ハックの言ったところを目指して行こうぜ。」
ゴラムは冒険にウズウズしているようだ。
「まずは北に行きましょう。ね、ケンタ。」
リリアが言う。
「よし。北の廃墟に向かおう。」
僕らは、まず、北の廃墟の城を目指すことにした。
北にある廃墟の城。
ハックの話によると、数百年前には、魔王が住んでいた。その後、魔王は今の城に移り住み、残された城はそのまま放置されて、廃墟になった。今は、魔王の部下の『黒い魔法使い』が住んでいる。その『黒い魔法使い』が賢者の杖を持っているらしい。
馬車で荒れ地を進むこと2日。重苦しい淀んだ空気が漂う城が見えてきた。あれが目的の廃墟の城のようだ。
城の門の前で馬車を降りて、僕らは城の中へと入った。鉄でできた門扉は錆びついていて、開けるのにも一苦労だ。門をくぐると、目の前には巨大な廃墟がそびえ立っている。おどろおどろしい雰囲気の城は、周りの生き物全てを喰っていそうな禍々しさがある。
大きな木製の扉を開け、城の中に入った。目の前に大階段がある。階段を上がり廊下を進むと、明らかに他と作りが違う立派な扉があった。僕らは警戒しながら扉を開け、中に入った。
そこは大広間で、正面に玉座があり、そこには誰も座っていなかった。
「何も出てこないな。」
ゴラムが小声で言う。
「黒い魔法使いは何処にいるのかしら?」
リリアが怯えた声で言った。
確かに、ここまでは拍子抜けするくらいに簡単に来れてしまった。それが逆に不安だ。
ギィ・・・バタン!!
僕らが入ってきた扉がひとりでに閉まった。慌てて開けようとするが、開かない。
「扉が開かない!閉じ込められたぞ。」
と、僕が言うと、玉座に黒い影が現れた。
「フフフフ。我が城に入った者は二度とは出られぬ。」
黒い影が話し出した。
「お前が黒い魔法使いか?」
僕が問いかけると、
「そうだ、私がダークウィザード。黒い魔法使いだ。お前らはここで朽ち果てるのだ!死ね!」
そう言って、手から魔法を放った。
僕らは、間一髪かわした。
「リリア!」
僕が叫ぶと、リリアが防御魔法を唱える。
「防御せよ!バリア!」
「強化せよ!リインフォース!!」
リリアの魔法で、ハックの魔力が強化される。
「僕がヤツの心を読むまで頑張ってくれ!」
僕は、ダークウィザードの思考を読もうとスキルを発動した。
「よし!行くぞ。炎よ、出でよ!インフェルノ!」
ハックの魔法が直撃するが、効いていないようだ。
「ククク、この程度の魔法は効かぬ!」
「なら、これでどうだ!」
ゴラムが斬りかかる。が、ダークウィザードの両手に魔法陣が現れて、物理攻撃も弾かれてしまった。
「うわ!くそっ!」
弾き飛ばされたゴラムは何とか態勢を立て直す。
「今度はこちらからだ!ダークマター!」
ダークウィザードの両手から暗黒の霧のようなものが放たれた。リリアのバリアが辛うじて防いだが、もう一発喰らうと危なそうだ。
僕は必死に相手の思考を読もうとするが、なかなか上手くいかない。
「まだまだ!光よ出でよ!ライトニング!」
ハックの手から光の矢が放たれる。
グワッ!
「なかなかやるではないか。しかし、まだ私は倒せないぞ。」
ダークウィザードはダメージを受けているが、まだ生きている。
その時、僕の頭に、ダークウィザードの思考が流れ込んできた!
「ハック!ゴラム!敵の弱点は、首から下げている宝石だ!それを破壊しろ!」
「わかった!」
ハックとゴラムが同時にこたえる。
「喰らえ!ライトニング!」
「俺の一撃を喰らえ!」
ハックの光魔法とゴラムの剣の一撃が同時にダークウィザードに襲い掛かる。
パリン!
ダークウィザードが身に着けている宝石が砕け散った。
グウォー!
「魔王様!申し訳ございません!!」
ダークウィザードが叫ぶと、黒い光を四方に放ちながら砕け散った。
そのあとには、一本の杖が残されていた。
ゴラムが杖を拾い上げる。
「これが、賢者の杖だな?」
「そうじゃ。これで、あとは賢者の盾を残すのみじゃ。」
ハックが言う。
「やったわね。良かった。」
リリアが笑った。
賢者の杖を手に入れた僕らは、一度エルドの街に戻った。
「なかなか強い敵だったな。」
「ゴラムとハックのお陰で勝てたよ。ありがとう。」
僕らは、エルフの酒場で食事をしていた。
「でも、ケンタがあいつの弱点を教えてくれなかったら、本当に危なかったぞ。」
「とにかく、これで、残すは賢者の楯だけだね。」
「よし、では、前祝と行こうかの!乾杯!」
勝利の後のビールは格別だ。
「ハック。聞きたいことがあるんだけど。」
僕は、疑問に思っていることをハックに聞いてみた。
「僕をエルドランドに召喚したのは、ハックなんだよね?」
「そうじゃな。」
「何で、他の人ではなくて、僕だったんだろう?」
「それは、神のみぞ知るじゃな。誰を召喚するかは、その時のいろいろな条件で決まる。一つ言えるのは、スキルへの適性がケンタは高かったということじゃな。」
「そうなのか。ハック。僕は、元の世界に戻ることはできるんだろうか?」
「すまんが、わしにもそれはわからん。こちらに呼ぶ方法はわかるが、あちらに戻す方法は知らんのじゃ。」
「ハックでも、戻る方法はわからないのか。魔王を倒せば帰れるかな?」
「そうかもしれんし、違うかもしれん。わしにはわからんの。」
「ごめん。ハックを困らせるつもりは無かったんだ。」
「わしこそ。ケンタは突然、知らない場所に呼び出されて不安じゃったろう?ケンタの気持ちを考えなかった、わしにも責任はある。もし、元の世界に帰りたいのなら、協力するぞ。」
「ハック。ありがとう。僕は、この世界も気に入ってるんだ。今は、みんなと一緒にいたいよ。」
「よし。ケンタ。飲もう!」
「うん!飲もう!」
僕とハックは乾杯した。結局、僕が元の世界に帰れるかどうかはわからなかったけど、今、僕はこの世界で生きている。それだけで十分だ。
僕は、リリアが居なくなっていることに気づいた。
少し、心配になって、店の中を探し回ったが、見当たらない。
最後に2階のテラスに行ってみると、そこにリリアが一人でいた。
僕がリリアの隣に行くと、リリアが涙を拭ったように見えた。
「ごめんね。急に居なくなって。」
リリアは僕に笑顔を向けて言った。
「リリア。もしかして、僕とハックの話を聞いてた?」
「うん。でも、ケンタは、この世界の人じゃないことは、最初から分かってたことだし。もし、ケンタが元の世界に帰りたいなら、私に止める権利はないのも分かってる。」
「リリア、僕は、元の世界に帰る気はないよ。」
「ケンタは、元の世界に帰るべきだと思う。この世界に来たのも、あなたの意志ではないでしょ?」
「それは、そうだけど・・・。」
「もし、そうなっても、私はケンタを忘れない。」
「僕もリリアのことは絶対に忘れないよ。」
「ケンタ。私・・・。」
リリアの目から涙が溢れて言葉に詰まってしまった。
僕は、何も言わず、リリアを抱きしめた。