イストリア国は、エルドランドに次ぐ第二の大国とは言っても、国土はエルドランドの半分強程度しかなく、長閑な田園風景が広がっている。民家も点在していて、エルドランドよりも農業が発達している感じがする。最初に現れた村は、ミルド村よりも大きく賑やかだった。しかし、外を歩く村人の表情がどこか暗い。僕らは、酒場で情報を聞いてみることにした。
「マスター、僕らはエルドランドから来たんだけど、この村で最近、何か変わったことはなかったかい?」
「お客さん、イストリアは、今、魔物があちこちに現れて作物を荒らされてるんだ。出来れば国に帰った方が良いよ。」
「魔物?それは、集団で襲ってくるのかい?」
「一匹だったり、集団だったり、いろいろさ。魔物の集団の中に黒い人影を見たって話もある。」
「人影?」
「魔物を操ってたって噂だよ。」
魔神かもしれないな・・・。
「わかった。ありがとう。」
僕らは酒場を出た。魔物の集団の中の人影。魔神かその手下に違いない。首都に行って、イストリア国王の話を聞いてみよう。僕らは、首都に急ぐことにした。
別の村を通りがかった時だった。
「旅のお方!話を聞いてくれ!」
一人の老人が馬車の前に飛び出してきた。後ろに数人の大人たちがいる。
「この村は、魔物に襲われておるんじゃ!」
僕らの恰好をみて、冒険者だと思ったんだろう。藁にもすがりたいというような眼をしている。
「どうしました?僕らで良ければ話を聞きましょう。」
「この村は、農業が盛んで、たくさん作物が取れたんじゃが、ある日、魔物の群れが現れたのじゃ。」
「魔物の群れ。ですか。」
「それだけじゃない。群れの中に、黒いローブをまとった幽霊がいたんじゃ。あれは、悪霊に違いない。」
「悪霊。それは、人間だったんですか?」
「人間のように見えた。魔物に命令していたんじゃ。」
「わかりました。このことは、イストリア国王に報告します。」
「ありがとう、旅の人。よろしく頼む。」
僕らは馬車を進めた。イストリアは、魔物を統べるものに狙われているようだ。早く首都に行って国王に報告しなくては。
数日後、イストリアの首都イストリアが見えてきた。エルドランドの首都エルドよりは小さいが、それでも大きな街だ。海に面していて港がある。港にはたくさんの船が停泊している。潮風が心地いい。僕らはまずは、イストリア城に向かった。イストリアにも、僕らの話は伝わっているようで、スムーズに国王への謁見の許可がでた。
イストリア国王は、晩さん会での一件もあって、魔物に対しての警戒心は強いようだ。それは、国内の状況を考えても仕方のないことのような気がした。
「イストリア国王陛下。お久しぶりでございます。」
「おお、転生者ケンタよ。よくぞ我が国に参られた。歓迎するぞ。」
「首都に來るまでに、いくつかの村を通りました。魔物の被害が出ているようですね。」
「そうじゃ。国内の各地で魔物の被害の報告を受けている。頭を悩ませているところだ。」
「心中お察しします。」
「ケンタよ、私の近くに来てくれぬか?」
「はい。」
僕らは、王の玉座のすぐ近くまで近づいた。
「大きな声では言えぬのだが、魔物を統べるものの仲間が恐らく、この宮中にも侵入している。」
「え!?」
「誰が敵なのかはわからん。くれぐれも言動には注意してほしい。」
「わかりました。」
「昨今の魔物の動きで、国王である私の権威も危ない。私の力に疑問を持つものも出てきている。くれぐれもよろしく頼む。」
「はい。国王陛下のことはお守りします。」
かなり不穏な空気になってきた。
「魔物を統べるものについて、探ってほしい。その助けになるかどうかわからんが、ここから北に古代の遺跡がある。」
執事らしき人物が、古い紙の地図を持ってきた。
「この地図に記されている場所だ。古の儀式をしていた祭壇があるといわれている。ここを調べてほしい。」
「わかりました。国王陛下。」
「ケンタよ。頼んだぞ。」
僕らは、国王との謁見を終えた。
イストリアの北部にある古代遺跡。僕らは、そこを目指して動き出した。
イストリアの北部は深い森に覆われている。その奥に古代遺跡があるようだ。僕らは慎重に森の中を進んでいった。
すると、ゴラムが何かの気配を察知した。
「茂みの中に何かいるぞ。」
僕らは馬車を止め、周囲を警戒する。
シュー!バシッ!
茂みの中から何かが飛んできて木に刺さった。矢だ!
シュー!バシッ!
別の方向からも飛んできて、今度は馬車に当たった。
相手は見えないが、完全に狙われている。
キャスが動き出した。矢の軌跡から居場所を特定したようだ。
素早く茂みの中に入っていく。
バキッ!ウグッ!
一人倒したようだ。うめき声が聞こえる。
キャスが、男を引きずり出してきた。
シュー!バシッ!
別の方向から矢が飛んでくる。
「俺に任せろ!ウォー!」
ゴラムが茂みの中に突撃する。
バキバキッ!グワッ!
「やっつけたぜ!」
ゴラムが男を連れてきた。
2人の男を木に縛り付けて、尋問する。
「お前たちは誰だ。」
「俺たちは、雇われた傭兵だ。」
「誰に雇われた?」
「ある高貴な方としか言えないね。」
高貴な方?貴族か。
「その貴族の名前を言え!」
「それは言えないな。」
「彼らはプロじゃ。簡単に口は割らんだろう。」
ハックが言う。
僕らは、傭兵たちをそのままにして、先を急ぐことにした。
森をさらに奥に進んでいく。魔物に襲われることもあったが、僕が相手の心を読むまでもなく、キャスとゴラムの2人が倒していく。この2人のコンビは強い。しばらく進むと、急に景色が開けた。森の中に突然、巨大な石造りの神殿のようなものが現れた。白い石で出来た建物には、全体に蔦が絡まり、入口らしき場所からは、ひんやりとした空気が流れてくる。それと同時に、何か嫌な雰囲気を感じていた。
「よし。中に入ろう。」
僕、ゴラム、リリア、ハック、キャスの5人は、いよいよ、古代遺跡に足を踏み入れる。
入口から続く通路は、意外に広く、両側には羽の生えた悪魔らしき彫像が並んでいる。
「光よ照らせ。ライト!」
ハックの照明魔法で周囲が明るく照らされる。
通路は長い下りになっていて、一番奥に微かに明かりが見える。僕らは慎重に一歩ずつ前に進んだ。
しばらく進むと、大きな広間に出た。奥には祭壇があって、周りの壁には魔物の彫刻が並んでいる。天井は高くドーム型になっている。広間の中心の床には、何かの紋章のようなものが描かれていた。
「ここで何かの儀式が行われていたようじゃな。」
「儀式?」
「魔神を呼び出す儀式かなにか。いずれにしても邪悪な儀式じゃ。」
僕らは、祭壇を調べてみた。何やら古代の文字のようなもので書いてある。
僕は、スキルを発動した。
【魔物を統べる者、彼の地から現れ、魔族を従え、人の手からこの地を取り戻し、支配するだろう。】
と書いてある。
「この遺跡は、魔王を統べる者を召喚する儀式の為に作られたのかしら。」
リリアが言う。
「多分、そうだろうね。」
その時、広間全体がゴゴゴゴゴという音とともに揺れだした。
「地震!?」
キャスが叫ぶ。
すぐに揺れは収まった。すると、広間の中央に大きな黒い球が現れた。
床の紋章があった部分が開いて穴が開いている。ここから出てきたようだ。
黒い球体は宙に浮いている。大きさは直径5メートルほどだろうか。水のような柔らかい感じのもので出来ている。
すると、球体の中央に光が現れ、それが、人間の上半身のような映像になった。顔はわからないが、フードのようなものを被っている。
球体の中の人物が語り掛けてきた。
「人間よ。ここは、お前たちの来るべき場所ではない。立ち去れ。」
どうやら、魔物の言葉で話しかけている。僕のスキルのお陰で言っていることがわかった。
「お前は、魔物を統べる者か?」
「人間よ。お前がそれを知る必要は無い。」
「では、魔神なのか?」
「人間よ。ここから立ち去れ!」
球体が妖しい光を放ちだした。すると、壁に並んだ彫像が動き出した。
羽の生えた悪魔・アークデーモンに一つ目の巨人・サイクロブス、岩でできた巨人・ゴーレム。強敵ばかりだ。
「戦闘態勢だ!」
僕は叫ぶ間もなく、全員が戦闘態勢に入っている。
「防御せよ!バリア!」
リリアが防御魔法を唱える。
「かかってこい!」
ゴラムは剣を構え、キャスは、拳を握る。
「水よ出でよ!ウォーター!」
ハックは水魔法を唱える。
「アークデーモンが火を吐くぞ!備えろ!」
僕は、頭に流れ込んでくる敵の思考を逐一、みんなに伝える。
何とか、敵を壁際に追い詰めることに成功した。
戦闘は、仲間たちに任せて、僕は球体の男と、話を試みることにした。
「人間にしては、やるではないか。」
「お前の目的はなんだ?」
「私が目指すのは、魔族による世界の統治。」
「人間を支配するのか?」
「そうだ。人間こそ悪なのだ。」
「共存の道は無いのか?」
「共存?そんなものは無い!」
球体が激しく揺れる。
「くらえ!」
ザンッ!
ゴラムがアークデーモンを倒した。
「私の拳を受けてみろ!」
ドドドドドドッ!
キャスの連打でサイクロブスが膝から倒れる。
「嵐よ轟け!ストーム!」
ハックの魔法で、ゴーレムが消し飛んだ。
「おのれ!人間め!」
球体が激しく点滅し出した。
嫌な予感がする。
「みんな!走れ!」
僕は叫んだ。
祭壇の向こうにある通路を目指して、全力で走った。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
地震が起きる。
僕らは、何とか通路に逃げ込んだ。
振り返ると、球体は小さくなり、床はグチャグチャになっている。
そして、まばゆい光を放ち球体が爆発した。
ドーーーーーーン!
僕らは身を伏せて、衝撃に耐えた。
そして、静寂が訪れた。
瓦礫の中から、僕らは何とか体を起こして脱出した。
後戻りは出来ない。通路を奥に進んでいく。
すると、向こうに光が見えた。
僕らが通路の出口を出ると、そこは森の中だった。
後ろを振り返ると、巨大な遺跡が崩れ落ちているのが見えた。
「みんな、無事か?」
「うん、何とかね。」
リリアが笑顔を見せた。
このことを国王に報告しなくては。
僕らは、イストリア城に戻ることにした。