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第19話 教祖




イストリア国王は深いため息をついた。

「魔神教の教祖が、元は人間だと申すのか。ケンタよ。」

「そうです。彼が元人間なのであれば、説得することができるかもしれません。」

「ケンタと同郷であるのなら、尚のこと可能性はあるか。」

「教祖の動機は、大切な人を失った悲しみと人間への憎しみです。そこをなんとかできれば。。。」

「うーむ。厄介だな。教祖の説得はケンタにしか出来ないことだ。そなたに一任しよう。」

「ありがとうございます。」

教祖のことに関しては、僕の力で何とかしないといけない。責任重大だ。

「魔神教についてだが。」

「はい。」

「本拠地がわかった。」

「本当ですか!?どこなんですか?」

「エルドランド王国だ。」

「エルドランド!」

「エルドランドの辺境の地、北部の切立った山の中にあるとの情報を得た。」

「わかりました。早速、エルドランドに戻ります。」

「世界の行く末は、ケンタたちにかかっている。頼んだぞ。」

「ありがとうございます。国王陛下。」


こうして、僕らはエルドランドに戻ることになった。





エルドランドに戻った僕らは、すぐに国王と謁見して、これまでのイストリア国でのことを話した。魔神教のことは、エルドランド国王も噂に聞いていたようで、独自に調査を進めているとのことだった。

僕らは、ミカの部屋に戻り、魔神教の本拠地に乗り込む作戦を練ることにした。


突然、部屋の扉が開いて、女の子が飛び込んできた。

「キャス~!ミカ~!リリア~!ゴラムおじさま~!会いたかったよ~!!!!」

女の子がキャスに抱きついた。誰かと思えば、アンヌ王女だ。

僕らが、しばらくエルドランドを離れていたから、寂しかったんだろう。

「アンヌ、いい子にしてたか?」

ミカがアンヌの頭をなでながら言う。まるでお母さんみたいだ。

「うん!ミカ、遊びましょう!」

ミカは困った顔をしている。魔王もかたなしだな。

「ミカ。ここはいいから、アンヌと一緒にいてやってくれ。」

僕は、アンヌの頭をなでながら言った。

ミカとアンヌは部屋を出て行った。

さて、僕らは作戦会議の続きだ。


教祖は恐らく本拠地にいるはずだ。教祖が魔神をエルドランドに召喚する前に食い止めないといけない。今まで、2回、僕らに妨害されているから、向こうも警戒しているはず。簡単にはいかないだろう。


「いずれにしても、楽にはいかないじゃろうな。」

ハックが言う。表情は今までにないほど険しい。

「それでも、やらないと行けない。魔神の復活は何としても阻止するんだ。」

「教祖は、どうする?ケンタの説得を聞かなかったら?」

ゴラムが言う。その疑問はもっともだ。

「なにがなんでも説得するさ。僕に任せろ。」

と強気に言ったものの、自信はない。

「ケンタなら、きっと出来るよ。大丈夫。」

リリアが背中を押してくれた。この作戦の成功は、僕にかかっている。


その日は、遅くまで作戦会議が続いたのだった。


それから数日後、準備を整えた僕らは、エルドランド北部の山岳地方に向けて出発した。

進むにつれて、だんだんと空気が冷たくなってくる。道も険しくなっていく。

山の麓に小さな村を見つけた僕らは、情報収集も兼ね、そこで宿をとることにした。

雪に覆われた小さな村でも、宿屋と酒場はあった。タイミングよく、宿が開いていたので、部屋を抑えて、酒場に向かった。

スキー場のログハウスのような酒場の扉を開けると、それほど広くない店内が、そこそこ賑わっていた。

「お客さん、いらっしゃい。空いてるテーブルにどうぞ!」

店員に促されて、席についた。

「ビール人数分とおすすめの料理ください。」

「ビールより、うちはホットワインがおすすめだよ。料理のおすすめは、グリズリーの煮込みだね。」

「じゃあ、ホットワイン人数分とグリズリーの煮込みで。」

「はい、少しまってね。」

すぐに、ホットワインが運ばれてきた。僕らは、この後の戦いの勝利を祈って乾杯した。

グリズリーの煮込みを店員が運んできたときに、魔神教について聞いてみた。

「この辺に、宗教か何かの建物ってありますか?」

「大きな声じゃ言えないけど、魔神教っていう宗教の建物が、山の中腹くらいにあるね。」

「そこには、どうやって行くかわかります?」

「この村から山の方を見れば、すぐにわかるよ。あそこには関わらない方がいいと思うけどね。」

「ありがとうございます。」

いい情報を得られた。早速、明日、乗り込もう。

「この煮込み、美味しい!」

いつの間にか、リリアが煮込みを食べている。

僕も食べてみた。じっくり煮込んだであろうグリズリーの肉は、口の中でほろほろとほどけていく。脂が少なくてさっぱりした味の肉だ。味付けはデミグラスソースのような味で、例えるならビーフシチューのグリズリー版という感じだ。

「うん、これは美味しい。ワインに合うね。」

僕らは、明日の戦いをつかの間忘れて、ワインと食事を楽しんだ。


酒場から宿屋に戻った僕らは、戦いに備えて早めに体を休めることにした。


僕は、ベッドで眠れずにいた。少し気分転換しようと上着を着こんで部屋の外に出た。

宿の1階にある暖炉の椅子に腰かけて、一人で考えていると、誰かがやってきた。


リリアだった。


リリアは、僕の隣に座った。

「なんだか、眠れなくって。」

「僕もなんだ。」

「明日、魔神教の本拠地に乗り込むと思うと、怖くて仕方ないの。」

「僕もだよ。教祖を説得することなんて出来るのか。自信がないよ。」

「教祖も人間で、ケンタと同じ国の出身なんでしょ?きっとわかってくれるよ。」

「そう簡単なら良いんだけど、教祖の人間に対する憎しみは大きそうだ。」


暖炉の火がバチバチと音を立てる。


「私、この戦いで、だれも失いたくない。」

「リリア。大丈夫。誰も死んだりしないよ。僕が話し合いで解決する。約束するよ。」

リリアが僕の手を握る。

「ケンタ。私、怖くて仕方ないの。」

リリアの体が小刻みに震えている。

僕は、リリアの体を抱きしめた。

「大丈夫。リリアも僕も他のみんなも生きて帰ってくる。」

「お願い。しばらくこのままで。」

「わかった。」


僕とリリアはしばらくの間、抱き合っていた。


「ありがとう。気持ちが落ち着いたわ。また明日。」

そういって、リリアは立ち上がった。

「うん。また明日。」

僕はリリアが去った後も、しばらく暖炉の前で考え事をしていた。


そして、朝が来た。


馬車に乗り、村を出て1時間ほど、道が険しくなり森も深くなってきた。

さらに1時間ほど進むと、岩山を削って作ったような神殿が現れた。洞窟の入り口のようなところの両側に松明が掲げられている。人や魔物はいないようだ。


僕らは、馬車を降り、周囲を警戒しながら、慎重に入口に向かった。警備の人間も魔物もいないのが、かえって不気味な気がする。入口の中を覗くと、まっすぐな通路が続いていた。通路には等間隔に松明があり、明るくなっている。


僕らは意を決して中に入った。どこまでも続いているように見える通路をゆっくりと進んでいく。


!?


僕の視界が急にぼやけてきた、気が遠くなる。

「ケンタ!ケンタ!どうしたの?」

リリアの声がドンドン遠くなっていく・・・。僕は目を閉じた。


次に目を開けると、目の前には、快活そうなショートカットの女性がいた。

音は聞こえない。周りの景色は・・・海と赤いレンガ造りの建物。そして向こうのほうには観覧車とロープウェーが見える。横浜だろうか?

その女性は、こちらに向かって笑いかける。とても楽しそうだ。

そして、僕(?)は何かに気づいた。視線の先には、刃物を両手で持った、男が立っている。明らかに怪しい。僕は彼女を庇おうと前に出る。しかし、男がすごい勢いで、こちらに向かってくる。

脇腹を刺された!痛い!でも彼女を守らなくては!倒れこみながら、必死に彼女の方を見ると、男に馬乗りにされ、腹をメッタ刺しにされていた。僕は叫んだ。彼女は動かない。なんでこんなことに・・・。遠のく意識の中で、僕は、悪魔でも何でもいいから、僕に彼女の仇を獲らせてくれと懇願していた。そして意識を失った。


次に気が付くと、そこは闇に覆われた重苦しい空気の場所だった。目の前には、黒いもやに覆われた大男がいる。大男は僕に語り掛けてきた。

「彼女を殺した人間が憎いか!」

僕は答えた。

「憎い!殺してやる!」

大男は言う。

「ならば、人の姿を捨てよ。お前の望みを叶えてやろう。」

僕は答えた。

「望みを叶えてくれ!」

大男はニヤッと笑ったように見えた。

「お前の憎しみは強い。強力な魔物として生まれ変わるがよい。そして、人間に復讐するのだ!」

ウウォァ--------!!

体が熱い。焼けるように熱い。そして、体が一回り大きくなり、魔物の体に作り替えられた。

「お前は、魔神教の教祖として、魔物を統べるものとして、人間に復讐するのだ。ハハハハハハハ!」


また意識が遠のいていった。


「ケンタ!ケンタ!」

目の前にリリアの顔があった。

「良かった!気が付いた!」

リリアが僕を抱きかかえる。

「急に気を失ったんだぜ。どうしたんだ?」

ゴラムが心配そうにのぞき込む。

「ごめん。なんだか急に意識が飛んで。」

「とりあえず、大丈夫そうじゃな。」

ハックがいう。

「教祖の過去が見えたんだ。人間から魔物になった時の記憶だった。」

「教祖の過去。恋人を失ったっていう?」

キャスが聞いてきた。

「ものすごい怒りと憎しみだった。魔神は、そこに付け込んだんだ。」

「なんと卑劣な。」

ミカがつぶやく。

「僕は、教祖と話し合わないといけない。彼を憎しみから救うんだ。」


しばらく休息をとってから、僕らは更に奥に進んだ。


通路をさらに先に進む。すると、広い部屋に出た。床も壁も天井も白い石でできている。部屋の四隅には魔神像が立っている。正面には祭壇があって、その上に宝箱が乗っかっている。

奥からフードを被った人物が出てきた。教祖だ。着ている服の下の体は、明らかに人間のそれとは違う。腕と足は太く、指先からは長く鋭い爪が生えている。

教祖がフードを外した。その下の顔は緑色で、目は血のような赤色。正しく悪魔そのものだ。


「人間よ。何しに来た。」

「お前を人間に戻すためにここまで来た。」

教祖を僕が説得して見せる。

「ふっ。何をふざけたことを。私は魔物を統べるもの。人間ではない。」

「お前の過去を見た。不幸な出来事だ。憎しみもわかる。でも、人間を殺しても彼女は戻らないぞ。」

「お前に何が分かる!」

教祖が手をかざすと、黒い光が放たれた。僕は間一髪かわす。

「考え直せ!彼女のためにも、憎しみを捨てるんだ!」

「人間には、生きる価値も無い!私に指図するな!」

再び教祖の手から黒い光が放たれる。

「防御せよ!バリア!」

リリアの防御魔法がはじき返す。


「彼女のことを思うのなら、考え直すんだ!今なら、まだ間に合う!」

「もはや手遅れだ!魔神は甦る。魔物の世界になるのだ!」

「僕を見ろ!お前と同じ。日本人だ!一緒に日本に帰ろう!」

「帰って何になる。ユイはもういないんだ。お前もここで死ね!」

黒い光が波状攻撃で襲ってくる。バリアも長くはもたないだろう。

このままでは、埒が明かない。どう説得をしたらいいんだ。


「わかった。なら、せめて、この世界の人間を殺すのはやめてくれ。この世界の人たちに罪はない。」

「く。罪がない人間などいない。人間は変わらない。私は目的を果たす!」

黒い光の波動が襲ってくる。とバリアが消えた!このままでは、リリアに直撃する!!

僕は咄嗟に横っ飛びしてリリアを庇った。

ウワーッ!

僕の体に黒い光が直撃した。

「ケンタ!!」

リリアが叫ぶ。僕の意識はもうろうとしている。

「みん、な、逃げ、るん、だ・・・。」

それだけ言うのが精いっぱいだった。僕は気を失った。





「ケンタ!」

ケンタがやられた。交渉もこれまでだ。

「みんな!教祖と戦うぞ!ミカはケンタを守ってくれ!」

俺は、教祖に向かって剣を構えながら、みんなに言った。

「ゴラム、分かった!ケンタのことは任せろ!」

ミカがケンタを引きずって部屋の隅に向かった。

「ゴラム、作戦はあるのか?」

ハックが言う、作戦なんてものはない。攻撃あるのみだ。

「攻撃あるのみだ!」

俺が飛び出すと同時にキャスも動き出す。

「防御せよ!バリア!」

リリアが防御魔法を唱える。

「炎よ出でよ、インフェルノ!」

ハックの魔法攻撃が教祖に襲い掛かる。

教祖は炎に包まれるが、効いてない。

俺が切りつけるが、はじき返される。

キャスが拳を連打するが、あまり効いてなさそうだ。

とにかく、休まず攻撃するしかない。


うおおおおおお!


俺とキャスとで何とかしなければ!

ガルム師匠に教わったことを全部ここで出すんだ!


「ゴラム、キャス、一旦退け!」

ハックが叫んだ。

「地よ裂けよ!クエイク!」

ハックの魔法で地震が起きた。


ぐぉ!


教祖の足元に地割れが起き、教祖がその中に落ちた。

かろうじて、片手で床の端に掴まっている。

「た、助けてくれ!」

教祖が助けを求めている。


俺は反射的に飛び出した。そして、教祖の手を掴んだ。

「俺は、お前が嫌いだ。だけど、ケンタは、お前を命を懸けて救おうとした。だから、俺もお前を助ける。」

力を込めて引き上げようとするが、上がらない。


ゴゴゴゴゴゴゴ。


また、揺れが起きた。この洞窟は崩れる。

「ゴブリンよ。そこの宝箱に深淵の鍵が入っている。持って行け。」

「お前、、、何を。」

「さらばだ。ゴブリンよ。」

そういうと、教祖は俺の手を放し、亀裂に落ちていった。

俺は、立ち上がって宝箱を抱えた。

「みんな!脱出するぞ!!」

一斉に、もと来た道へ走り出す。


キャスとリリアがケンタを支えて何とか連れ出す。


ゴゴゴゴゴゴゴゴ


通路が崩れだした。急がないと。

「みんな!急げ!」

間一髪、全員脱出することができた。

ケンタは?


「大丈夫。ケンタは生きてる。」

リリアが安心した表情で言った。


俺たちは、馬車に乗り、麓の村まで帰った。






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