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第20話 深淵の国へ




うーん。ここは、どこだ?

視界がぼやけている。僕はどこにいるんだっけ?

徐々に視界がはっきりしてきた。

赤いレンガの建物が見える。すぐ近くに波の音が聞こえる。

海風が心地いい。そして、温もりを右頬に感じる。柔らかい感触だ。

すごく落ち着く。

「くすぐったい!」

急に右頬が持ち上がった。これは、膝の上!?

僕は、あわてて起き上がった。目の前には、赤毛のロングヘアの女の子がいる。

彼女のリリアだ。

「ごめん!リリア。寝ちゃったみたいで。。。」

「気持ちよさそうだったし、起こすのも悪いなと思ったから、大丈夫。」

そうだ。僕はリリアと横浜にデートに来ていたんだった。

「これから、どこに行こうか?」

「そうだなぁ、ちょっと、この辺りを散歩しない?お店も見たい。」

「わかった。じゃあ、行こうか?」

「うん!」

僕らは、ベンチから立ち上がって、歩き出した。

赤レンガ倉庫の周りには恋人同士らしい男女がたくさんいる。

「今日は、いい天気でよかった。」

「そうだね。私のおかげかな?」

「リリアは、晴れ女だからな。」


ふと遠くに目をやると、フードを被った怪しい男が一人で立っているのが見えた。

この場所には不似合いに見えるその男は、肩で息をするように、体が上下に揺れている。

僕は、その男を視界に入れないように歩いた。

視界の端に何か光るものが見えた。気配にハッとして振り向くと、フードの男がこちらにゆっくりと向かってくる。両手には小さな刃物のようなものを持っている。男はものすごい勢いで走り出した。

「危ない!」

僕は、咄嗟にリリアの体に覆いかぶさった。

「きゃあ!」

リリアが悲鳴を上げる。


ブスッ


痛い!僕の背中に刃物が刺さったようだ。焼けるように熱い。

僕はたまらず、膝をついて前に倒れこんだ。

「ケンタ!」

リリアの叫び声が聞こえる。リリアを守らなければ。でも、体が動かない。

「やめて!」

フードの男がリリアを襲う。リリアは仰向けに倒れ、その上に男が覆いかぶさる。

そして、リリアの体に向かって、両手で持った刃物を振り下ろした。リリアの体から血が飛び散る。僕の顔に、真っ赤な温かいリリアの血がかかった。

「り、リリア・・・!!」

僕はリリアに向かって手を伸ばす。フードの男は、リリアに向かって何度も何度も刃物を振り下ろす。リリアはすでに意識が無いようだ。

「や、やめろ!」

僕の力ない声も届かない。こんなことになるとは。人間とは何て儚くて脆いんだ。

フードの男が僕のほうを見た。その中の目は、血のような赤い色をしていた。そして、その顔は、まさしく悪魔そのものだった。


「うわーーーーーーーーーーーー!!」





ガバッ!

目が覚めると、そこは宿屋の部屋だった。僕は汗をびっしょりとかいていた。

「夢か。。。」

いやにリアルな夢だった。思い出したくもない。

横を見ると、リリアがベッドに突っ伏して寝ている。僕は、安堵のため息を漏らした。

教祖との戦いで、僕はリリアを庇って、気を失った。

そのあと、どうなったのだろう?

でも、リリアがここにいる。その事実だけで、僕は、なぜかみんな無事なのだと確信した。

リリアの赤い長い髪に触れる。僕は、彼女を失いたくない。強くそう思った。

リリアの頬に手を触れる。温かい血の通った柔らかな頬。

「う、うーん。」

リリアを起こしてしまった。

彼女は、目をこすりながら体を起こした。僕に気づくと、リリアは眩しい笑顔を僕に向けた。

「おはよう。ケンタ。」

「おはよう。リリア。」

僕らは短いキスをした。リリアは泣いていた。

リリアには心配をかけてしまった。もう、あんな情けない姿は見せない。


「リリア。生きててよかった。」

「ケンタが守ってくれたからだよ。ありがとう。でも、もう無茶はしないで。」

「わかったよ。」


「それで、教祖はどうなった?」

「あの後、私たちは教祖と戦いになった。」

「ごめん、僕が説得に失敗したばかりに。。。」

「ケンタは、悪くないよ。教祖との戦いの中で、ハックが唱えたクエイクの魔法で地割れが起きたの。」

「うん。」

「教祖は、その地割れの中に落ちた。」

「そうか。助けられなかったか。」

「でも、深淵の鍵を手に入れた。これで、魔神がいる深淵の国に行ける。」

「魔神との直接対決。いよいよだな。」


「他のみんなは?」

「みんな大丈夫。今頃、暖炉のところに集まってるはず。」

「みんなにも心配かけたから、謝らないとな。」

「みんな、ケンタのこと大事に思ってるから謝らなくても大丈夫だよ。」

「だと良いけど。」

「ケンタ、動ける?もう少し休んでようか?」

「いや。教祖亡き今、魔神も焦っているはずだ。こっちも速く動かないと。」

「じゃあ、一緒にみんなのところに行きましょう。」


僕とリリアは、暖炉の前にいる他のみんなの所に向かった。


暖炉の前には、仲間が勢ぞろいしていた。

「みんな!ケンタが戻ったよ!」

リリアが言うと、他のみんなが一斉に僕の方を見て笑った。

「ケンタ!良かった、心配したんだぜ!」

「ケンタよ。あまり無茶はするなよ。わしの心臓がいくつあっても足らん。」

「ケンタ、良かった。」

「わらわは、魔王だから別に心配などしていないが、まあ、良かったな。」

ゴラム、ハック、キャス、ミカ、みんなに心配かけてしまった。

「みんな、ありがとう。もう無茶はしないよ。」

「じゃあ、今夜はケンタの快気祝いだな!」

「ゴラムは飲みたいだけでしょ?」

リリアの突っ込みにみんなが笑う。僕も笑った。こんな時間がずっと続けばいいと思った。


その夜、僕らは酒場で食事を楽しんだ。

これからの厳しい戦いを忘れるかのように、みんな笑顔だった。

そして、夜が更けていく。


僕は、暖炉の前で一人、また考え事をしていた。

教祖は、最後にゴラムの助けを拒否して裂け目に落ちていった。

彼なりの贖罪だったのだろうか?

僕は、教祖を説得できなかったことを悔やんでいた。

彼のためにも、魔神を倒さなくてはならない。

でも、僕にできることは少ない。仲間のみんなに頼るしかない。

自分一人では何もできないということが、本当に情けなくてしょうがなかった。


涙があふれてくる。

悔しくて、情けなくて仕方なかった。


気が付くと、いつの間にか、リリアが僕の隣にいた。彼女はただ、穏やかに笑っていた。

僕は、どうしても涙を止めることができず、そのまま、リリアの胸の中で泣いた。こんな情けない自分を彼女は受け止めてくれる。

リリアの為にも、もう一歩前に踏み出さなければ。

僕は、決意を新たにした。


長い夜が明けた。


暖炉の前に集まった僕らは、魔神と戦う前に作戦会議をした。

魔神は、深淵の国にいる。そして、深淵の国に行くための深淵の鍵を僕らは手に入れた。あとは、深淵の国に行く方法さえ分かれば、敵地に行くことができる。

「リリア、図書館の本に何か書いてなかったかい?」

「気になることが書いてある本はあったわ。」


ーーー深淵の国のゲートは、深淵の民自身である。深淵の民が深淵の鍵を持ち、呪文を唱えることで、ゲートは開かれるーーー


「深淵の民。魔物のことか?」

ゴラムが考え込みながら言った。

「呪文っていうのもわからないね。」

キャスも必死に考えているようだ。


「みんな、聞いてくれる?」

リリアが話し出した。

「深淵の民って、古代文明の民のことだと思う。私の里に、祖先は遠い世界の淵からやって来た、っていう言い伝えがあるの。遠い世界の淵って、深淵の国のことじゃないかしら?」

「それなら、古代の民の子孫であるリリアが深淵の国へのゲートってことかの。」

ハックが言う。確かにそうかもしれない。

「あとは呪文だね。」

キャスが前のめりになってきた。

「一つだけ、意味が分からない歌が私の里に伝わってるの。ケンタには聞かせたことあるよね。」

リリアの言葉でハッとなった。砂漠で教えてくれたあの歌か。





三日月は、空に浮かぶ船

半月は、揺りかご

満月は、神の導き

新月の夜は、空に願おう





すべてが繋がった気がした。

そうとなれば、あとは、実際にやってみるだけだ。

僕らは、準備を整えて、翌日の昼に実行することにした。


翌日、準備を整え、全員が馬車に乗り込む。

何が起きてもいいように、村から少し離れたところに行って馬車を停めた。

深淵の鍵の入った宝箱を中心に丸く円になって座り、準備が整った。

「じゃあ、始めようか。」

僕の合図で、リリアが宝箱から深淵の鍵を取り出す。

リリアの両手がいっぱいになるくらいの大きな鍵だ。

悪魔の姿が彫られていて重厚感がある。


「始めるわよ。」

リリアが神妙な顔で言った。

そして、歌を歌い始める。


🎵 三日月は、空に浮かぶ船

🎵 半月は、揺りかご

🎵 満月は、神の導き

🎵 新月の夜は、空に願おう


リリアが歌い終わった瞬間。

深淵の鍵を持ったリリアの体が輝きだした。長い髪が宙に舞う。

そして、馬車の前に渦巻状の光が現れ、その中心が開いていく。

どうやら、あれがゲートらしい。すでに馬車が通れるくらいの大きさになっている。渦巻の向こうは、暗くてよく見えない。


「よし、馬車ごと行くぞ!」

ハックが手綱を持った。馬車が進みだす。

「行けー!」

そのまま馬車で渦巻の中に突進した。ガタガタと馬車が揺れる。


ブオーン!!


空気の塊が通るような音がした。


うわー!


目を開けていられない。口を開ければ舌をかみ切りそうだ。

僕らは衝撃に必死に耐えた。

そして、静かになった。


目を開けると、黒い雲に覆われた広大な大地が広がっていた。


「これが、深淵の国。」

ガルムがつぶやいた。





僕らは、ついに深淵の国に足を踏み入れたのだ。




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