うーん。ここは、どこだ?
視界がぼやけている。僕はどこにいるんだっけ?
徐々に視界がはっきりしてきた。
赤いレンガの建物が見える。すぐ近くに波の音が聞こえる。
海風が心地いい。そして、温もりを右頬に感じる。柔らかい感触だ。
すごく落ち着く。
「くすぐったい!」
急に右頬が持ち上がった。これは、膝の上!?
僕は、あわてて起き上がった。目の前には、赤毛のロングヘアの女の子がいる。
彼女のリリアだ。
「ごめん!リリア。寝ちゃったみたいで。。。」
「気持ちよさそうだったし、起こすのも悪いなと思ったから、大丈夫。」
そうだ。僕はリリアと横浜にデートに来ていたんだった。
「これから、どこに行こうか?」
「そうだなぁ、ちょっと、この辺りを散歩しない?お店も見たい。」
「わかった。じゃあ、行こうか?」
「うん!」
僕らは、ベンチから立ち上がって、歩き出した。
赤レンガ倉庫の周りには恋人同士らしい男女がたくさんいる。
「今日は、いい天気でよかった。」
「そうだね。私のおかげかな?」
「リリアは、晴れ女だからな。」
ふと遠くに目をやると、フードを被った怪しい男が一人で立っているのが見えた。
この場所には不似合いに見えるその男は、肩で息をするように、体が上下に揺れている。
僕は、その男を視界に入れないように歩いた。
視界の端に何か光るものが見えた。気配にハッとして振り向くと、フードの男がこちらにゆっくりと向かってくる。両手には小さな刃物のようなものを持っている。男はものすごい勢いで走り出した。
「危ない!」
僕は、咄嗟にリリアの体に覆いかぶさった。
「きゃあ!」
リリアが悲鳴を上げる。
ブスッ
痛い!僕の背中に刃物が刺さったようだ。焼けるように熱い。
僕はたまらず、膝をついて前に倒れこんだ。
「ケンタ!」
リリアの叫び声が聞こえる。リリアを守らなければ。でも、体が動かない。
「やめて!」
フードの男がリリアを襲う。リリアは仰向けに倒れ、その上に男が覆いかぶさる。
そして、リリアの体に向かって、両手で持った刃物を振り下ろした。リリアの体から血が飛び散る。僕の顔に、真っ赤な温かいリリアの血がかかった。
「り、リリア・・・!!」
僕はリリアに向かって手を伸ばす。フードの男は、リリアに向かって何度も何度も刃物を振り下ろす。リリアはすでに意識が無いようだ。
「や、やめろ!」
僕の力ない声も届かない。こんなことになるとは。人間とは何て儚くて脆いんだ。
フードの男が僕のほうを見た。その中の目は、血のような赤い色をしていた。そして、その顔は、まさしく悪魔そのものだった。
「うわーーーーーーーーーーーー!!」
ガバッ!
目が覚めると、そこは宿屋の部屋だった。僕は汗をびっしょりとかいていた。
「夢か。。。」
いやにリアルな夢だった。思い出したくもない。
横を見ると、リリアがベッドに突っ伏して寝ている。僕は、安堵のため息を漏らした。
教祖との戦いで、僕はリリアを庇って、気を失った。
そのあと、どうなったのだろう?
でも、リリアがここにいる。その事実だけで、僕は、なぜかみんな無事なのだと確信した。
リリアの赤い長い髪に触れる。僕は、彼女を失いたくない。強くそう思った。
リリアの頬に手を触れる。温かい血の通った柔らかな頬。
「う、うーん。」
リリアを起こしてしまった。
彼女は、目をこすりながら体を起こした。僕に気づくと、リリアは眩しい笑顔を僕に向けた。
「おはよう。ケンタ。」
「おはよう。リリア。」
僕らは短いキスをした。リリアは泣いていた。
リリアには心配をかけてしまった。もう、あんな情けない姿は見せない。
「リリア。生きててよかった。」
「ケンタが守ってくれたからだよ。ありがとう。でも、もう無茶はしないで。」
「わかったよ。」
「それで、教祖はどうなった?」
「あの後、私たちは教祖と戦いになった。」
「ごめん、僕が説得に失敗したばかりに。。。」
「ケンタは、悪くないよ。教祖との戦いの中で、ハックが唱えたクエイクの魔法で地割れが起きたの。」
「うん。」
「教祖は、その地割れの中に落ちた。」
「そうか。助けられなかったか。」
「でも、深淵の鍵を手に入れた。これで、魔神がいる深淵の国に行ける。」
「魔神との直接対決。いよいよだな。」
「他のみんなは?」
「みんな大丈夫。今頃、暖炉のところに集まってるはず。」
「みんなにも心配かけたから、謝らないとな。」
「みんな、ケンタのこと大事に思ってるから謝らなくても大丈夫だよ。」
「だと良いけど。」
「ケンタ、動ける?もう少し休んでようか?」
「いや。教祖亡き今、魔神も焦っているはずだ。こっちも速く動かないと。」
「じゃあ、一緒にみんなのところに行きましょう。」
僕とリリアは、暖炉の前にいる他のみんなの所に向かった。
暖炉の前には、仲間が勢ぞろいしていた。
「みんな!ケンタが戻ったよ!」
リリアが言うと、他のみんなが一斉に僕の方を見て笑った。
「ケンタ!良かった、心配したんだぜ!」
「ケンタよ。あまり無茶はするなよ。わしの心臓がいくつあっても足らん。」
「ケンタ、良かった。」
「わらわは、魔王だから別に心配などしていないが、まあ、良かったな。」
ゴラム、ハック、キャス、ミカ、みんなに心配かけてしまった。
「みんな、ありがとう。もう無茶はしないよ。」
「じゃあ、今夜はケンタの快気祝いだな!」
「ゴラムは飲みたいだけでしょ?」
リリアの突っ込みにみんなが笑う。僕も笑った。こんな時間がずっと続けばいいと思った。
その夜、僕らは酒場で食事を楽しんだ。
これからの厳しい戦いを忘れるかのように、みんな笑顔だった。
そして、夜が更けていく。
僕は、暖炉の前で一人、また考え事をしていた。
教祖は、最後にゴラムの助けを拒否して裂け目に落ちていった。
彼なりの贖罪だったのだろうか?
僕は、教祖を説得できなかったことを悔やんでいた。
彼のためにも、魔神を倒さなくてはならない。
でも、僕にできることは少ない。仲間のみんなに頼るしかない。
自分一人では何もできないということが、本当に情けなくてしょうがなかった。
涙があふれてくる。
悔しくて、情けなくて仕方なかった。
気が付くと、いつの間にか、リリアが僕の隣にいた。彼女はただ、穏やかに笑っていた。
僕は、どうしても涙を止めることができず、そのまま、リリアの胸の中で泣いた。こんな情けない自分を彼女は受け止めてくれる。
リリアの為にも、もう一歩前に踏み出さなければ。
僕は、決意を新たにした。
長い夜が明けた。
暖炉の前に集まった僕らは、魔神と戦う前に作戦会議をした。
魔神は、深淵の国にいる。そして、深淵の国に行くための深淵の鍵を僕らは手に入れた。あとは、深淵の国に行く方法さえ分かれば、敵地に行くことができる。
「リリア、図書館の本に何か書いてなかったかい?」
「気になることが書いてある本はあったわ。」
ーーー深淵の国のゲートは、深淵の民自身である。深淵の民が深淵の鍵を持ち、呪文を唱えることで、ゲートは開かれるーーー
「深淵の民。魔物のことか?」
ゴラムが考え込みながら言った。
「呪文っていうのもわからないね。」
キャスも必死に考えているようだ。
「みんな、聞いてくれる?」
リリアが話し出した。
「深淵の民って、古代文明の民のことだと思う。私の里に、祖先は遠い世界の淵からやって来た、っていう言い伝えがあるの。遠い世界の淵って、深淵の国のことじゃないかしら?」
「それなら、古代の民の子孫であるリリアが深淵の国へのゲートってことかの。」
ハックが言う。確かにそうかもしれない。
「あとは呪文だね。」
キャスが前のめりになってきた。
「一つだけ、意味が分からない歌が私の里に伝わってるの。ケンタには聞かせたことあるよね。」
リリアの言葉でハッとなった。砂漠で教えてくれたあの歌か。
三日月は、空に浮かぶ船
半月は、揺りかご
満月は、神の導き
新月の夜は、空に願おう
すべてが繋がった気がした。
そうとなれば、あとは、実際にやってみるだけだ。
僕らは、準備を整えて、翌日の昼に実行することにした。
翌日、準備を整え、全員が馬車に乗り込む。
何が起きてもいいように、村から少し離れたところに行って馬車を停めた。
深淵の鍵の入った宝箱を中心に丸く円になって座り、準備が整った。
「じゃあ、始めようか。」
僕の合図で、リリアが宝箱から深淵の鍵を取り出す。
リリアの両手がいっぱいになるくらいの大きな鍵だ。
悪魔の姿が彫られていて重厚感がある。
「始めるわよ。」
リリアが神妙な顔で言った。
そして、歌を歌い始める。
🎵 三日月は、空に浮かぶ船
🎵 半月は、揺りかご
🎵 満月は、神の導き
🎵 新月の夜は、空に願おう
リリアが歌い終わった瞬間。
深淵の鍵を持ったリリアの体が輝きだした。長い髪が宙に舞う。
そして、馬車の前に渦巻状の光が現れ、その中心が開いていく。
どうやら、あれがゲートらしい。すでに馬車が通れるくらいの大きさになっている。渦巻の向こうは、暗くてよく見えない。
「よし、馬車ごと行くぞ!」
ハックが手綱を持った。馬車が進みだす。
「行けー!」
そのまま馬車で渦巻の中に突進した。ガタガタと馬車が揺れる。
ブオーン!!
空気の塊が通るような音がした。
うわー!
目を開けていられない。口を開ければ舌をかみ切りそうだ。
僕らは衝撃に必死に耐えた。
そして、静かになった。
目を開けると、黒い雲に覆われた広大な大地が広がっていた。
「これが、深淵の国。」
ガルムがつぶやいた。
僕らは、ついに深淵の国に足を踏み入れたのだ。