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第16話 猛斧の修羅

──魔法都市ゼラストラ、大遠征の幕開け  


 ギルド長たちによる会議から一週間後。  


 魔法都市ゼラストラは、今、異様な熱気に包まれていた。  


 理由は明白だ。  

 ギルドが発布した緊急依頼によって、ゼラストラだけでなく、周辺の都市からも冒険者が続々と集まってきていたからだ。  


 街の通りには、磨き上げた剣を腰に下げる戦士、漆黒のローブを纏い魔導書をめくる魔法使い、鋭い眼光で周囲を警戒しながら歩く狩人たちなどの冒険者達で溢れかえり、  


 まるで"一つの軍隊"が結成されるかのような光景が広がっていた。  


「……この街に、こんなにも冒険者が集まることがこれまであった?」 


 そう呟いたのは、ギルドの受付嬢。  

 彼女の視線の先では、数百人の冒険者たちが、それぞれの目的のために準備を進めていた。  


 さらに──商人たちは物資を補給するために馬車を並べ、  

 ──鍛冶屋はこの機会にと最新の武器を立てかけ、 

 ――出店からは食欲をそそるような香りがたちこめており、 

 ──妓女たちは夜の客を取るために、自らを売り込んでいる。  


 人種も様々だ。  

 人間はもちろん、エルフ、ドワーフ、獣人、さらに蟲人といった珍しい亜人の姿まである。  


 王国が人種差別を禁じているからこそ見られる、壮観な光景だった。  


「これが……大遠征の始まりか。」  


 誰かが呟く。  

 期待と興奮、そしてどこかに潜む死の予感。  

 それらが入り混じった、異様な空気が街全体を包み込んでいた。




 ──ゼラストラ冒険者ギルド、作戦本部  


 ギルド最上階にある作戦本部では、遠征の最終確認が進められていた。  


 中央には円卓が置かれ、そこに各地のギルド長や高ランク冒険者たちが集結している。 


「順調に冒険者が集まっているね。」


 ゼラストラ支部のギルド長、シルヴァリエン・アル=ゼラストラが静かに口を開く。  


 彼の声が響いた瞬間、室内のざわめきがピタリと止まり、皆が耳を傾けた。  


「では、もう一度人員の編成を確認しようか。」  


 補佐官が書類を確認しながら報告する。  


「現在、ゼラストラに集まった冒険者はA級15名、B級20名、C級以下を合わせると100名程度。さらに、各地のギルドからの補給部隊や治療班を含めると、総勢200名規模となります。」  


「……200名か。」  


 ヴォルフェノンのギルド長、フェーラーリウスが腕を組みながら唸る。  

 炎と鍛冶の街を治める彼は、屈強な戦士でもあるのでこれだけの規模の人員を動かすことの難しさを知っている。  


「そんな大規模な人員を動かせる冒険者なんてそうはいない。本当に、クロウ・ヴァンガードが指揮を執るんだな?」  


 この場にいる者の懸念は、そこにあった。  


 ──元S級冒険者、クロウ・ヴァンガード。  


 現在は勇者の師をするために戦線を退いているが、かつては《猛斧の修羅》と呼ばれた、戦場の鬼神だ。都市を壊滅させるような魔物でも得物である大斧・大震壊で粉砕してきた。  


 その戦闘技術と戦術眼は、「クロウがいるなら勝てる」とまで言われるほどだった。  


「大丈夫。」  


 シルヴァリエンが微笑む。  


「彼のもとに出した伝令によると、もうすぐ到着するらしい。」  


「……なら問題ないな。」  


 フェーラーリウスも、それ以上は何も言わなかった。  




 シルヴァリエンは円卓を見渡しながら、遠征部隊の編成を発表した。  


【第一部隊】  

 - 指揮官:《猛斧の修羅》クロウ・ヴァンガード

 - 戦士、剣士、盾使いで構成された近接戦闘専門の部隊。  

 - 目的は、ダンジョンのルート確保およびボスとの戦闘での前衛部隊。  


【第二部隊】  

 - 指揮官:《弾幕の舞姫》リュカ・フェルノード(A級冒険者)  

 - 魔法使いを中心とした火力部隊と、ヒーラーを中心とした支援部隊に分かれる。  

 - 目的は、前衛の援護魔法および広範囲殲滅での後衛部隊。  


【第三部隊】  

 - 指揮官:《雲霞喰》シャルロッテ・レイン(A級冒険者)  

 - 盗賊、罠師などで構成された情報収集・罠解除・奇襲専門の偵察・工作部隊。  


 そして、これらに補給部隊を加えた総勢200名が今回の部隊の全容となる。  




 会議が終盤に差し掛かった、

 ――――その時だった。



 外でどんちゃん騒ぎしていた冒険者たちの喧騒が、一瞬で静まり返った。  


 会議室にいる者たちは、その異変に気付き、顔を見合わせた。  


 ──何が起きた?  


 その疑問に答えるように、微かに靴音が響く。  


 コツ……コツ……  


 最初は遠く微かな音だった。  


 しかし、それが近づくにつれ、圧倒的なプレッシャーが室内を満たしていく。  


 まるで── 

  "飢えた猛獣の前に餌として放り出されるような絶望感" 

 "大自然を前にした時の、本能的な畏怖"

 絶対的強者を前にした時に感じる根源的恐怖だ。


 冒険者として最高峰の実力を持っている者たちが揃いも揃って誰も言葉を発することさえ出来ず固まっている。  


 そして、音が会議室の前で止まった。  


 扉が静かに開く。  


 ──そこに立っていたのは、一人の老人だった。  


 白髪に無精髭。  

 年老いた顔には、無数の傷と皺が刻まれている。しかし、その体はまるで弦のように張り詰め、その足取りは百獣の王のように堂々としており、その目には全てを見通すかのような鋭い光が宿っている。  


「……遅くなってしまい申し訳ない。」  


 彼は、ゆっくりと頭を下げた。  


「クロウ・ヴァンガード、参上した。」


 そうその人物こそ人類最高到達点の一人、元S級冒険者 《猛斧の修羅》クロウ・ヴァンガードだ。 


 彼が現れた瞬間、誰もが確信した。  


 ──この大遠征エピゴノイの勝利は確定したと


 ゼラストラに集いし200名の精鋭と、《猛斧の修羅》クロウ・ヴァンガード。  

 史上最大規模の"ダンジョン攻略戦"が、ついに始まる。

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