『熟練度が一定に達しました。【雷初級魔法Lv9】が【雷初級魔法Lv10】になりました。』
冷たい機械のような通知が頭の中に響く。
俺はゆっくりと息を吐きながら、握りしめた拳を一度開いた。
──指先が、かすかに震えている。
あれから、俺は魔法を中心に鍛えていた。
【小鬼王剣術】のレベルはすでに"最大"に到達し、それ以上の成長は見込めなくなった。
しかし、【魔力操作】が【魔力精密操作】に進化したように、剣術もさらなる進化があるのかと思っていたが……どうやら違ったらしい。
「限界か……いや、違う。突破する方法をまだ知らないだけだ。」
俺は、ステータスを確認する。
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『ステータス』
種族: ゴブリンキングLv23
職業:
専用スキル: 小鬼王剣術Lv10
眷属支配
汎用スキル: 魔力精密操作Lv3
魔力増強Lv8
炎初級魔法Lv10
雷初級魔法Lv10
土初級魔法Lv8
水初級魔法Lv5
風初級魔法Lv5
術式付与
術式改新
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水初級魔法のレベルが少し上がっているのは、ボス部屋に新たな術式を付与していたからだ。このボス部屋あれからさらに凶悪なものになっている。
しかし、今の俺の中には妙な不安が膨れ上がっていた。
胸の奥が、ざわつく。
まるで、猛獣が爪を研ぎながら、暗闇の奥で俺の隙を伺っているような……そんな威圧感を感じる。
──これは、なんだ?
鬼童丸たちもそれを察しているのか、ここ最近の鍛錬の熱が違った。
「鬼童丸、どうだ?」
「……嫌な感じがします。水面が揺らいでいます。」
「温羅、お前は?」
「炎がさっきから落ち着かないです。まるで嵐の前みたいなです。」
「夜叉は?」
「雷が……ざわついてるのです。なんか嫌な予感しかしねぇのです。」
俺と同じだ。
こいつらも何かが来ると確信している。
不安は、まるで腐った霧のように胸にまとわりついて離れない。
何かが違う──今までの侵入者とは格が違う何かが来る。
けれど、逃げるつもりはない。
やらなければならない。
俺はこのダンジョンのボスなのだから。
そんな緊張感の中──
ボス部屋の灯籠に、炎が灯った。
だが、それは今までのものとは違った。
──"紅い"。
血のように深く、濁った紅の炎。
それは、まるで死を告げる合図のように妖艶に揺らめいていた。
胸の奥が、凍りつくような感覚に襲われる。
「……来たか。」
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
深く、息を吸い込む。
その瞬間、体の震えが消えた。
目の前にあるのは圧倒的な恐怖だ。
けれど、それを乗り越えなければならない。
戦うしかない。
俺は、三つ目の壁の上にある見張り部屋へと向かう。
この壁は、俺たちだけが通れる扉と登れる階段が仕掛けられている。
【土初級魔法】、【術式改新】、そして【守護部屋の主】の力を組み合わせて作ったものだ。
この砦こそ、俺たちが最後の守りを固める場所。
そして、鬼童丸たちもすでに持ち場についていた。
鬼童丸は【水魔法】を、温羅は【炎魔法】を、夜叉は【雷魔法】を扱うようになった。
どれも初級魔法Lv5程度まで成長している。
着々と準備を整えてきた。
ここに至るまで、すべてやるべきことはやった。
だが、それでも胸の奥には拭いきれない不安が残る。
──本当に、勝てるのか?
これまで生き延びてきたのは、単なる運だったのか?
そんな考えが、一瞬でも頭をよぎる。
──ダメだ、そんなことを考えている場合じゃない。
俺は両手を強く握りしめ、爪が掌に食い込むほど力を込める。
大丈夫だ。
俺はこの数週間、誰よりも戦う覚悟を持って鍛えてきた。
仲間もいる。
罠もある。
それでも負けるなら、そういう運命だっただ。
けれども──
命尽きるまで、足掻いてやる。自分らしく生きるために
ボス部屋の扉が、ゆっくりと開かれた。
その瞬間、俺の心は静かになった。
恐怖は、もうない。
不安も、もうない。
──ただ、やるべきことをやるだけだ。
俺は最後に、鬼童丸たちへと声をかける。
「……準備はいいか?」
鬼童丸が静かに刀を抜く。
「王の命ずるままに。」
温羅が大斧を両手で構える。
「燃やし尽く。」
夜叉が金棒を肩に担ぎ、にやりと笑う。
「やっと本番なのです。」
「……よし。なら、始めようか。"殺し合い"を。」
こうして、
轟音と共に、業火が扉周辺を埋め尽くした。
『敵を倒しました。経験値を獲得しました。レベルが16上がります』
システムのような無機質な声が頭に響く。
倒したのか?
──いや、違う。
次の瞬間、血の気が一気に引くような威圧感を感じた。
まるで、荒れ狂う獣が静かに怒りを抑えているような── そんな異質な気配。
煙がゆっくりと晴れていく。
視界が開け、俺の目に飛び込んできたのは──
"数え切れないほどの冒険者たち"だった。
全員がフル装備。
その鎧は、これまで戦ってきた冒険者たちとは格が違う。
それだけではない。
剣士、槍兵、盾使い、弓兵、魔導士──
彼らは戦場を知る者たちだ。
まるで、軍隊。
一人一人が熟練の戦士であり、統率が取れている。
これは──今までの敵とは違う。
──けれど、俺の目は中央の男に釘付けになった。
そこにいたのは、白髪の老人だった。
──いや、老人という言葉では到底足りない。
全身から放たれる圧倒的な殺気が、空気を震わせる。
まるで、この場の空間そのものが異質な存在によって支配されているようだった。
──理解する。
──これは、"化け物"だ。
俺の背丈ほどもある巨大な大斧を片手で持ち、
まるで、空気のように軽く扱っている。
──こいつが、俺の劫火の罠を突破した。何をしたのかは分からない。
だが、圧倒的な力だけで俺の策を潰したのは間違いない。
今まで俺が感じていた不安や恐怖が取るに足らないものだったかのように、圧倒的な絶望に塗り替えられていく。
──これは、"勝てる相手じゃない"。
本能が、逃げなければならいと叫んでいる。
でも──
「逃げることなんて、できるわけがないだろうが……!!」
俺は、
ここは、俺の縄張りだ。
何が来ようとも、俺が負けるわけにはいかない。
その時だった。
「各位冒険者に告ぐ!」
老人──《猛斧の修羅》クロウ・ヴァンガードの声が響き渡る。
「先ほどの炎で負傷した者は後方で治療に回れ!後衛部隊は、敵の足止めをする弾幕部隊と、大魔法の準備をする術式部隊に分かれろ!前衛部隊は、俺について来い!」
まるで、"戦場の覇者"のような指示。
瞬く間に、冒険者たちの動きが組織的になっていく。
──早すぎる。
普通の集団なら、指示を受けても混乱する時間があるはずだ。
それが、一瞬で整列する。
兵士ではなく、バラバラの個人であるはずの冒険者が、
完全に統率された軍に変貌している。
それほどまでに──この男の指揮が異常なのだ。
「こいつが、この部隊の指揮官か……!!」
俺は、奥歯を噛み締めた。
だが──恐怖に屈している場合じゃない。
「鬼童丸、温羅、夜叉!」
「「「はい!!!」」」
「全力でいくぞ。遠慮はするな。」
鬼童丸が刀を抜き、水の流れのように静かに気迫を漂わせる。
「王の前に行かせるわけにはいきません。我々が止めてみせます。」
温羅が大斧を振りかざし、炎を纏わせる。
「この壁は突破させないです。全部焼き尽くしてやります。」
夜叉が金棒を振り回し、雷を帯びる。
「いいねぇ……こっからが本番なのです。」
──この戦い、避けられない。
だったら、やるしかない。
俺は、全身の魔力を練り上げる。
そして、術式を起動する。
『術式起動──炎土二重奏魔法・自動追尾型炎爆弾・
冒険者残り 156/170名
現在のレベル―――ゴブリンキングLv39