──戦場の胎動、"
俺の号令と共に、地面が蠢いた。
"何千"もの土人形が、まるで生き物のように壁の上から湧き出す。
不気味に歪む顔、鈍く輝く刻印──
それはただの"人形"ではなく、俺が仕込んだ"殺戮兵器"だ。
その場にいた冒険者たちが、一瞬だけ動きを止める。
土人形たちが異様な圧を放っていたからだ。
──次の瞬間、地獄が幕を開けた。
ズドォォォォン!!!
轟炎が戦場を埋め尽くす。
まるで地獄の門が開かれたかのように、爆発の嵐が冒険者たちを飲み込んでいく。
頭の中に、無機質な通知が響く。
『敵を倒しました。経験値を獲得しました。レベルが4上がります』
『敵を倒しました。経験値を獲得しました。レベルが6上がります』
だが──
それでも"止まらない"。
炎を突き破り、冒険者たちは進み続ける。
「くそ……やっぱり、あのジジイか!!」
中央に立つのは、《猛斧の修羅》クロウ・ヴァンガード。
彼の瞳は、一切の迷いがない。
自分の前に迫ってきている土人形を大斧の一撃で軽く壁まで吹き飛ばす。
まるで、戦いそのものが生きがいであるかのように、恐ろしいほど冷静な指示を飛ばす。
「あの人形は半径2m以内に入ると爆発する! 後衛の弾幕部隊は接触する前に迎撃しろ!!」
──くそ、また的確に"弱点"を見抜きやがった。
クロウの命令と同時に、後衛部隊の魔法使いたちが一斉に術式を展開する。
「あの土人形の強度は高くないわ!初級魔法で迎撃可能! 私に続きなさい!!」
後衛部隊を指揮している女魔導士が叫ぶ。
彼女の周囲には無数の魔法陣が浮かび上がる。まるで星々が瞬くような"術式の輝き"。
「魔槍流星群!!!」
空が流星群に染まる。
何十もの"魔法の槍"が降り注ぎ、爆発する前の土人形たちを次々と破壊していく。
"迎撃"ではなく"殲滅"。
"戦略"ではなく"確実な対処"。
俺の策は、完全に彼女たちによって対策され始めていた。
──くそ……。
ズシンッ!!
俺の視線の先で、クロウが1枚目の壁に到達した。
彼は迷うことなく、床を強く踏み込み、一気に飛び越えようとする──
──だが、それは叶わない。
ゴオォォォッ!!
見えざる壁が空間を叩きつけるように吹き荒れ、クロウの動きを封じる。
──"風"の壁。
「……ほう。」
クロウがわずかに目を細めた。
そうだ、それはただの壁じゃない。
これは、風初級魔法Lv5天ツ風だ。
上空から吹き下ろす突風が、空中での機動を封じる。
さらに、それだけじゃない。
俺はこの壁を【守護部屋の主】の力で迷宮の一部として"固定"している。
つまり──
「どれだけ攻撃しても、壊れるわけないだろバカめ。」
俺は追い討ちをかけるように、
さらなる迎撃魔法を発動させる。
『術式起動──―雷風二重奏魔法・天雷』
一瞬、空間全体が静寂に包まれる。
──そして、次の瞬間。
ドオォォォォン!!!!
空気が悲鳴を上げるように"震え"、
強烈な"突風"が壁の周囲を巻き込んだ。
──それだけじゃない。
"雷"が"風"に絡みつき、死の渦となる。
天ツ風の"吹き下ろす風"に、
轟雷の"錨の雷"を組み込んだ。
結果──
壁周辺一帯は触れた瞬間に焼き尽くされる死の領域と化した。
雷の轟音が響き、空間が焼き切れる匂いが広がる。
"壁を超えようとした者は、雷に貫かれ、地に伏す。"
"壁を破壊しようとした者は、突風に弾き飛ばされる。"
防壁は完璧だった。
これで、一気に冒険者たちを殲滅できる。
──そう、思った矢先。
「面白い。」
ジジイが心底楽しそうにつぶやいた。
その一言が、"絶望の合図"だった。
雷鳴が轟き、風が唸る。
爆発音が連続して響く戦場の中で、ジジイの声だけが妙にクリアに聞こえた。
「ゴブリンの王か。今までのダンジョンボスとは一癖も二癖も違うようだな。」
俺は、嫌な汗が背中を伝うのを感じた。
──こいつ、"余裕"がある。
俺がどれだけ罠を仕掛け、
どれだけ戦術を駆使し、
どれだけこのダンジョンの支配者として絶望的な策を行使しようとも、
この男は、一切揺らがない。
俺の"策"を真正面から受け止め、
淡々と最適解を選び、
それすらも"楽しんでいる"かのような──そんな余裕。
「このままでは、こちらの戦力が無条理に減らされる……」
そう呟いた彼の目が、わずかに鋭くなった。
──次の瞬間、
俺の"本能"が、"警鐘"を鳴らし始める。
「少し、本気で攻撃する。総員、巻き込まれるないように。」
ジジイが豪快に笑う。
その笑みには、確信があった。
まるで、"この一撃で決める"とでも言いたげな……そんな、確信。
そして、"それ"は起こった。
ジジイの大斧がゆっくりと振り上げられる。
それだけで、空間が"歪んだ"。
「ッ……!!」
俺は、息を飲む。
斧の周囲に、凄まじい魔力が渦巻き始めていた。
それは、ただの魔力ではない。
まるで、この世界そのものを巻き込みながら"膨張"していくような──そんな異常な力の塊。
空気が震える。
地面がひび割れる。
遠目に見ても、桁違いの魔力量が集まっているのが分かった。
「……越えられない壁は、力づくで壊すまでよ。」
──嫌な予感がする。
これは、今までの攻撃とは一線を画す。
本能が死を回避しろと叫んでいる。
全身の毛穴が開く。
心臓が悲鳴を上げる。
──"やばい"。
こいつ、何をしようとしている?
俺が警戒している間にも、ジジイの周囲に渦巻いていた魔力が、"大斧に吸い込まれていく"。
"全て"を破壊するために。
"全て"を貫くために。
周囲ではまだ雷と風が暴れ狂っている。
地面は爆撃で揺れ続けている。
なのに、クロウの"目"は微動だにせず、ただ一点──
俺の壁を見つめていた。
──不気味なほどの集中。
全てのノイズを遮断し、
圧倒的な破壊力をその一撃に込める。
これは──ただの斧技じゃない。
これは──天地を断つ一撃。
そして、ジジイの口から、終焉の言葉が発せられた。
「猛斧戦技──天蓋鬼熔」
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!
──空が"落ちてくる"錯覚に襲われた。
天地が"揺れる"。
視界が"歪む"。
世界そのものが震えているのかと錯覚するほどの衝撃。
壁を覆っていた風と雷の防壁が、一瞬で霧散する。
──違う。
"消えた"んじゃない。
"飲み込まれた"んだ。
圧倒的な斧撃の奔流に。
そして、次の瞬間。
俺が自身をもって作り上げた1枚目の壁が木っ端微塵に砕け散った。
「…………。」
俺は、言葉を失った。
"ありえない"。
この壁は、"ただの壁"じゃない。
守護部屋の主の力で迷宮の一部として固定されている。
つまり通常、攻撃では破壊できないはずだった。
なのに──たった一撃で、粉砕された。
──本当に、"規格外"。
俺の作り上げた難攻不落の砦を、この男はただの斧の一撃で破壊したのだ。
──こいつ本当に人間か……!!
吹き飛んだ"瓦礫"の間を、ジジイが悠然と歩みを進める。
猛獣が、檻から解き放たれたかのような──そんな悪夢の光景。
「さて……"第二幕"といこうか?」
ニヤリと笑うクロウ・ヴァンガード。
俺の奥歯が"ギリッ"と軋む。
恐怖? そんなものは、とっくに麻痺している。
あるのは、燃え上がる闘志だけだ。
──まだ、終わらせるつもりはない。
ダンジョンボスとして、俺はここで負けるわけにはいかない。
俺は、最後の壁の上に立ち、拳を握りしめながら咆哮した。
「……やれるもんなら、やってみろよ"化け物"!!!」
──ここからが、本当の戦いだ。
冒険者残り 146/170名
現在のレベル―――ゴブリンキングLv49