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第21話 ダンジョンVS冒険者 その4

煙が、ゆっくりと晴れていく。  


 荒れ狂う戦場の中、俺はなんとか生き延びていた。  


 ──だが、代償はあまりにも大きい。  


 3枚目の壁は、跡形もなく粉砕され、その余波で、片足を持っていかれた。  


 血が流れ続ける。  

 意識が遠のきそうになる。  


 ──くそ……!!  


 まともに立つことすらできない。  

 このままでは、ジジイに殺される。 



 "ゴリッ、ゴリッ"と、ゆっくりと地面を踏みしめる音が響く。  


 足音の主はもちろん──クロウ・ヴァンガード。  


 視界が霞む中でも、ジジイの姿だけは"はっきり"と見えた。  


 あの漆黒の大斧を肩に担ぎ、悠然と歩み寄ってくる。  


 その姿はまるで、死神だった。  


「……終わりだな、ゴブリンの王よ。」  


 静かに、だが確実に死の宣告が下される。  


 全身が、痛みで凍りつく。  

 まともに動くことすらできない。  

 このまま、無残に討ち取られるだけなの

 か?  



 はっ?──そんなわけねぇだろ、最後の最後まで生き残るために足掻くに決まっている。  




(使いたくなかったが……やるしかねぇ……!!)  


 俺が持つ最後の策。  

 それは、決して正々堂々とは言えない。  


 むしろ、最も汚い戦法のひとつ。

 たがそれがどうした。勝つためには何でもやるのが当たり前だ。


 策とは──水攻め。  


 かつての日本でも、自軍の被害を抑えて敵を戦闘不能に追い込むために使われた戦法。  

 戦場においては無慈悲な手段とされる。



 これをした後この部屋がどうなるか分からないから本当は使いたかくなかった。 


 けれど、今この瞬間、俺には選択の余地がない。  


「鬼童丸、温羅、夜叉──離脱しろ!!」  


 俺が叫ぶと、3人は即座に動いた。  


 問答無用。  

 理由を聞くまでもなく、俺の意図を察したのだ。  


 3人は戦場の端へと一気に退避し、大地の巨兵の腕を掴む。  


 ──それが、"水神の審判"の始まりだった。  



 『術式起動──水三重奏魔法・ノアの洪水!!』 


 俺の声が響いた瞬間。  


 ボス部屋の壁全体に刻み込んでいた術式が、光を放つ!!  


 ──次の瞬間。  


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!!  


 地響きが鳴り響く。  



 ──四方の壁が割れたように膨らみ、そこから水の奔流が溢れ出す!!  


 ドォォォォォォォッッッ!!!!  


 信じられない水量が、一気に部屋を満たしていく。  


 これは、水初級魔法・濁流の術式を"三重"に重ねたもの。  

 単純な水魔法ではない。圧倒的な物量で敵を飲み込む強制的な制圧魔法だ。  


 ジジイを含めた冒険者たちは、一瞬にして濁流に呑まれた。  


「ぐぅっ!? なんだ、この水の量は!!」  

「クソッ、動きが取れねぇ!!」  


 苦しげな叫び声が響く。  


 全員が何も出来ずにこの水に飲み込まれる。  


 当たり前だ。  

 俺たちはあらかじめ避難していたが、敵はまともにこの洪水を受けているのだから。  


 水は止まらない。  

 瞬く間にこの部屋いるもの全てを飲み込み水位を上げていく。  


 焦燥感が、冒険者たちを支配していく。  


 ──呼吸が、できなくなる前に。  

 ──水圧で、体が動かなくなる前に。  


 「このままでは沈むぞ!! 早く脱出しろ!!」  


 冒険者たちの統率が崩れ始めた。  



(……いける!!) 



 水が荒れ狂う中、冒険者たちは必死に浮上しようともがいていた。  

 だが、そんなことは織り込み済みだ。  


 俺は静かに呟く。  


『術式起動――――水雷六重奏魔法・水神鳴みずかみなり』


 その瞬間、閃光が水中を走る。


 これは俺が今できる最高の術式だ。水初級魔法を三重に刻み、そこに雷初級魔法も三重に刻んだもの。最大出力の六重奏魔法。  


 雷の光が四方八方に散り、無数の電撃が水中に轟く。瞬時に駆け巡った雷撃が、水中の冒険者たちを容赦なく貫いた。  


「グアァァァ!!」 

「ぎゃあああああ!!!」  


 苦悶の叫びが響き渡る。  

 全身を焼かれた冒険者たちが、無様に水中でのたうち回る。  


 水の中では逃げ場がない。  

 いくら抵抗しようとも、雷撃は逃げ場を奪い、動きを鈍らせる。  

 この濁流の中では、一度痺れたら終わりだ。  


「……ハァ……勝った……か?」  


 そんな言葉が、思わず口をついて出た。  


 この魔法で動きを止め、息が続かなくなれば、やがて全員沈む。  

 当然、あの"化け物"も例外ではないはず。  


 ──そう、"あのジジイ"も。



 ―――――  



 冒険者がもがき苦しんでる中、ジジイは水中で止まっていた。濁流の勢いに抗いながら、雷に体を貫かれながら、それでも威風堂々としていた。


 嫌な予感がする。信じられない 、俺の全神経があり得ないと否定する。 


 だが―――


 水中で、"異常な魔力"が蠢いた。  


 ──俺は、知っている。  


 この圧倒的な魔力を。  


 クロウ・ヴァンガード。  


 あの《猛斧の修羅》の戦意は、水の中でなお、生きている。  


 ──そして、輝きだす。  


「お前ら、生きることを放棄するな! 私に任せろ、打開してやる!!」  


 水中から、ジジイの怒号が響いた。  


 水に沈む者たちが、僅かに顔を上げる。  


 その視線の先には、異様な光景があった。  


 ──ジジイが、水の中で立っている。  


 いや、違う。  


 水を、蹴っているのだ。  


 まるで、水そのものが大地であるかのように。  


 そして、その手に握る大斧の周囲の水が、次々と蒸発していく。  


「嘘だろ……!? 何が起きている……!!?」  


 俺の思考が混乱する中、ジジイが全力を解放する。  


「猛斧戦技奥義――神雷覇斬!!」 


 刹那。  


 雷が落ちたかのような轟音が響く。  


 次の瞬間、地面が砕けた。  




 俺の視界が、揺れる。  


 錯覚ではない。  


 本当に、"ダンジョンの床が崩れた"のだ。  


 信じられない光景だった。  


 この床は、ダンジョンの根幹そのもの。  

 俺が【守護部屋の主】の力を使い作り出したものではない。 元々このダンジョンを支えていたものだ。 


 それを──破壊した。  


 水の抵抗を受けながら、ダンジョンの床を砕くという暴挙を。たった一撃でやり遂げたのだ。 


 規格外の破壊力。  


 大穴が空き、勢いよく水が流れ込む。  


「……クソがッ!!!」  


 俺は大地の巨兵にしがみつきながら、必死に耐える。  


 水流が止まらない。  

 穴の向こうは、奈落のように深い暗闇だった。 


 冒険者達をジジイが流されないように助けている。  


 ──完全に詰んだ。



 水が抜け、戦場には死の静寂が広がっていた。


 水神の如き奔流も、雷鳴の如き轟撃も、奴には通じなかった。


 クロウ・ヴァンガード──猛斧の修羅。


 この化け物は、俺の策をことごとく粉砕し、生き残った冒険者たちを引き連れて、なおも前へ進んでくる。


 "ズ……ズン……"


 重い足音が、地響きのように鳴り響く。

 一歩、一歩、確実に俺へと迫る絶対的な死。


 俺は、震えていた。


 全ての策を破られた。

 仲間たちも疲弊している。


 ──もう、打つ手はない。


 "また"這いつくばるのか?

 "また"負け犬のように見下されるのか?


 異世界に転生したのに、結局、前世と同じなのか……?


 ──そんなのは、絶対に嫌だ。


(動け、動け……!! 俺の体……!!)


 必死に足に力を込める。

 が、まるで鉛のように重く、思うように動かない。


 血まみれの大太刀を杖代わりに、這うようにして立ち上がる。


 戦場には、俺だけが立っていた。

 鬼童丸も温羅も夜叉も、動けずにいた。


 俺は、俺自身の意志だけで立っている。


 ──たとえ、敗北が確定していようとも。


「……お前は諦めの悪い王だな。」


 ジジイが、僅かに目を細めた。


 その顔は、どこか"哀れむような"表情に見えた。

 いや、それとも──"讃えて"いたのか?




 その時、異変が起こる。


「……ッ!?」


 俺の視界が、突然闇に包まれた。


 まるで、全世界が漆黒に染まったかのように。


 すると──"声"が聞こえた。


『敵を倒しました。経験値を獲得します。レベルが3上がりました。ゴブリンキングがLv99になりました。進化しますか?』


 ──進化……?


 俺の意識が、戦場から乖離していく。


 これは……選択だ。


 この場で死ぬか、進化するか。


 考えている暇はない。


 俺に勝てる可能性があるなら、

 それがどんな手段であろうとも──俺は縋る。


「進化する……!!」


 俺がそう叫んだ瞬間、空間が裂けた。



 ──目の前に、漆黒の珠玉が現れる。


 ただの玉じゃない。

 これは、迷宮核ダンジョンコア─迷宮の心臓部。


 まるで俺を誘うように、妖しく脈動している。


 迷うことなく、その黒き核に手を伸ばす。


『確認しました。ゴブリンキングが進化します。目の前の迷宮核に触れてください。』


 指先が核に触れた瞬間──


 ──俺の意識は完全に闇に沈んだ。




 戦場は、完全な暗黒に包まれた。


 冒険者たちは異変に気づき、動きを止める。

 鬼童丸たちも、呆然としている。


 そして、クロウ・ヴァンガードだけが静かに目を細めつぶやいた。


「……これは、マズイことになりそうだ。」



 さぁ世界よ、王の覚醒だ。


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