暗闇の中に、俺は立ち尽くしていた。
目の前に広がるのは、過去の俺。
"前世の俺"は、少し太っていて、気が弱かった。
いつも周りの視線ばかり気にして、厄介ごとに巻き込まれないようにしていた。
──けれど、そんな弱々しさが標的にされた。
クラスの陽キャたちが、俺をからかうようになった。
最初は小さな嫌がらせだったが、それは徐々にエスカレートし、いつしか、イジメと呼べるものになっていた。
「お前、ちょっと脱いでみろよ」
「動きがトロいんだよ、デブ」
「うわ、マジでキモいな」
服を剥ぎ取られ、殴られ、蹴られ、まるで汚物のように扱われる。
──これの、どこが"ふざけているだけ"なんだ?
先生に相談しても、"冗談だろう"と笑われるだけ。
クラスメイトたちも、見て見ぬふりをするだけ。
──親に相談?
できるわけがない。
心配をかけたくなかったわけじゃない。
ただ、そういう関係ではなかっただけだ。
結局、誰にも助けてもらえず、俺は教室の隅で蹲って泣いていた。
あぁ、腹が立つ。
イジメていた奴らにじゃない。
──"何もできない俺自身"に、だ。
情けない
誰にも助けてもらえないことなんか、分かっているはずだろう?
──なのに、"なぜ蹲っている"?
──なぜ、"立ち上がらない"?
──なぜ、"反撃しない"?
なぜ──"力がない"?
──その時、不意に前世の俺が問いかけてきた。
「ねぇ、俺はどうなりたいの?」
その問いに、俺は迷わず答えた。
「そんなの決まっている。もう蹲るのは嫌だ。誰かに虐げられることなく、自分らしく生きたい。」
「そのためには、何が必要?」
「圧倒的な力だ。自分らしく生きるための力がほしい。」
前世の俺は、静かに微笑む。
「分かった。じゃあ、なりたい姿を思い描くんだ。強く、強く、"それが現実になる"と信じて。」
次の瞬間、前世の俺が俺の中に溶け込むように消えていった。
──なりたい姿。
俺の頭の中に浮かんだのは、たった一つの"理想"。
炎と雷を纏い、刀の一太刀は天を割り、地を裂く。
圧倒的な"王"のような存在。
どんな敵にも屈せず、どんな状況にも立ち向かえる力。
──そうだ。
俺は、こうなりたい。
こんなふうに、カッコよくなりたい。
その"想い"が、俺の全身に"熱"を宿す。
刹那、
"漆黒の闇"が、"光"に変わった。
──目の前の暗闇が晴れたのだ。
その瞬間、世界が変化した。
俺の体が、熱を帯びる。
血液が沸騰するかのような感覚。
進化が、始まる。
『ゴブリンキングの進化を確認。進化を開始します。』
漆黒の迷宮核が、俺の体を包み込む。
──俺は、生まれ変わる。
もう二度と、這いつくばることのない存在へと。もう二度と誰かに虐げられることない存在へと。
俺は誰よりも自由だ――!!
『進化が完了しました。ゴブリンキングが
――――――
漆黒が晴れ、戦場に静寂が訪れた。
冒険者たちの目の前には、新たな怪物が立っていた。
先ほどまでの筋骨隆々なゴブリンキングの姿はどこにもない。
代わりに現れたのは──少年のような背丈の魔物だった。
しかし、圧倒的な威圧感が場を支配する。
漆黒のマントがゆったりと揺れ、
肌は陶器のように白く透き通り、
額には一本の黒い角が生えていた。
何よりも、胸の中央に埋め込まれた黒き珠玉が異様な輝きを放っている。
それは、ただの魔物ではない。異質な存在。まるで迷宮そのものが一つの意思を持ち、形を成したかのような──そんな、不気味な何か。
そして、沈黙を破ったのは、
今までどんな状況にも動じなかった男だった。
「──冒険者各位に通達する。今すぐダンジョンから離脱せよ!!」
クロウ・ヴァンガードの鋭い声が響く。
その表情には、今まで見せたことのない焦りが滲んでいた。
《猛斧の修羅》が、初めて見せた"焦り"。
その様子に、冒険者たちは悟った。
──目の前の存在は、S級冒険者と同じ、"規格外"だと。
静かに、新たなダンジョンボスが口を開いた。
「人の家をめちゃくちゃにしたんだ。簡単に帰れると思うなよ?」
──その声が響いた瞬間、ダンジョンが動き出した。
ズズズ……ゴゴゴゴゴ……!!
迷宮の壁が慄き、まるで意思を持つかのように形を変える。
そして、それは巨大な腕となり、冒険者たちに襲いかかった。
「っ……ぐぅッ!」
クロウが大斧を振るい、迫り来る迷宮の腕を受け止める。
しかし、今までの余裕はない。
彼ほどの男が踏み込めないほどの圧力。
──ダンジョンそのものが敵になったのだ。
「ヤバいぞ、逃げないと……!!」
冒険者たちは、本能的な恐怖に突き動かされるように穴へ向かって走り出した。
そう、先ほどクロウが開けた脱出口へ。
しかし──
ズズズ……ガコンッ!!
脱出口は、一瞬で閉じた。
「そんなあからさまな逃げ道、残しとくわけないだろ?」
不気味な笑みとともに、ダンジョンボスが呟く。
「──蠢け。
その言葉とともに、迷宮が唸った。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
壁が砕け、天井が裂け、ありとあらゆる場所から無数のゴーレムが現れる。
ゴーレムの大軍勢。
それは波のように冒険者たちへと押し寄せる。
「な、なんだこれ……ッ!!」
「数が……多すぎるッ!!」
「ひィ……!」
絶望が、冒険者たちを覆う。
波のようなゴーレムが、一人また一人と冒険者たちを飲み込んでいく。
「迷宮が……襲ってきたァァァ!!」
誰かが、恐怖に耐えきれず叫んだ。
──その通り。
今、この瞬間、迷宮そのものが生きている。
冒険者たちを駆逐するために。
迷宮が、牙を剥いた。
その光景を見下ろしながら、ダンジョンボスは、満足げに笑った。
「これぞ正真正銘、ダンジョン VS 冒険者だろ?」