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第22話 ダンジョンVS冒険者 その5

暗闇の中に、俺は立ち尽くしていた。  


 目の前に広がるのは、過去の俺。  


 "前世の俺"は、少し太っていて、気が弱かった。  

 いつも周りの視線ばかり気にして、厄介ごとに巻き込まれないようにしていた。  


 ──けれど、そんな弱々しさが標的にされた。  


 クラスの陽キャたちが、俺をからかうようになった。  

 最初は小さな嫌がらせだったが、それは徐々にエスカレートし、いつしか、イジメと呼べるものになっていた。  


 「お前、ちょっと脱いでみろよ」  

 「動きがトロいんだよ、デブ」  

 「うわ、マジでキモいな」  


 服を剥ぎ取られ、殴られ、蹴られ、まるで汚物のように扱われる。  


 ──これの、どこが"ふざけているだけ"なんだ?  


 先生に相談しても、"冗談だろう"と笑われるだけ。  

 クラスメイトたちも、見て見ぬふりをするだけ。  


 ──親に相談?  


 できるわけがない。  


 心配をかけたくなかったわけじゃない。  

 ただ、そういう関係ではなかっただけだ。  


 結局、誰にも助けてもらえず、俺は教室の隅で蹲って泣いていた。  





 あぁ、腹が立つ。 


 イジメていた奴らにじゃない。  


 ──"何もできない俺自身"に、だ。  


 情けない  


 誰にも助けてもらえないことなんか、分かっているはずだろう?  


 ──なのに、"なぜ蹲っている"?  

 ──なぜ、"立ち上がらない"?  

 ──なぜ、"反撃しない"?  


 なぜ──"力がない"?  


 ──その時、不意に前世の俺が問いかけてきた。  


「ねぇ、俺はどうなりたいの?」


 その問いに、俺は迷わず答えた。  


「そんなの決まっている。もう蹲るのは嫌だ。誰かに虐げられることなく、自分らしく生きたい。」  


「そのためには、何が必要?」 


「圧倒的な力だ。自分らしく生きるための力がほしい。」  


 前世の俺は、静かに微笑む。  


「分かった。じゃあ、なりたい姿を思い描くんだ。強く、強く、"それが現実になる"と信じて。」


 次の瞬間、前世の俺が俺の中に溶け込むように消えていった。  




 ──なりたい姿。  


 俺の頭の中に浮かんだのは、たった一つの"理想"。  


 炎と雷を纏い、刀の一太刀は天を割り、地を裂く。  


 圧倒的な"王"のような存在。  

 どんな敵にも屈せず、どんな状況にも立ち向かえる力。  


 ──そうだ。  


 俺は、こうなりたい。  

 こんなふうに、カッコよくなりたい。  


 その"想い"が、俺の全身に"熱"を宿す。  


 刹那、  


 "漆黒の闇"が、"光"に変わった。  


 ──目の前の暗闇が晴れたのだ。  




 その瞬間、世界が変化した。  


 俺の体が、熱を帯びる。  

 血液が沸騰するかのような感覚。  



 進化が、始まる。  


 『ゴブリンキングの進化を確認。進化を開始します。』  


 漆黒の迷宮核が、俺の体を包み込む。  


 ──俺は、生まれ変わる。  


 もう二度と、這いつくばることのない存在へと。もう二度と誰かに虐げられることない存在へと。


 俺は誰よりも自由だ――!!  


 『進化が完了しました。ゴブリンキングが焔雷鬼王ヴォルトフェルノに進化しました』



 ――――――




 漆黒が晴れ、戦場に静寂が訪れた。  


 冒険者たちの目の前には、新たな怪物が立っていた。  


 先ほどまでの筋骨隆々なゴブリンキングの姿はどこにもない。  

 代わりに現れたのは──少年のような背丈の魔物だった。  


 しかし、圧倒的な威圧感が場を支配する。  


 漆黒のマントがゆったりと揺れ、  

 肌は陶器のように白く透き通り、  

 額には一本の黒い角が生えていた。  


 何よりも、胸の中央に埋め込まれた黒き珠玉が異様な輝きを放っている。  


 それは、ただの魔物ではない。異質な存在。まるで迷宮そのものが一つの意思を持ち、形を成したかのような──そんな、不気味な何か。  


 そして、沈黙を破ったのは、  

 今までどんな状況にも動じなかった男だった。  


「──冒険者各位に通達する。今すぐダンジョンから離脱せよ!!」  


 クロウ・ヴァンガードの鋭い声が響く。  


 その表情には、今まで見せたことのない焦りが滲んでいた。  


 《猛斧の修羅》が、初めて見せた"焦り"。  


 その様子に、冒険者たちは悟った。  


 ──目の前の存在は、S級冒険者と同じ、"規格外"だと。





 静かに、新たなダンジョンボスが口を開いた。  


「人の家をめちゃくちゃにしたんだ。簡単に帰れると思うなよ?」  


 ──その声が響いた瞬間、ダンジョンが動き出した。  


 ズズズ……ゴゴゴゴゴ……!!  


 迷宮の壁が慄き、まるで意思を持つかのように形を変える。  


 そして、それは巨大な腕となり、冒険者たちに襲いかかった。  


 「っ……ぐぅッ!」  


 クロウが大斧を振るい、迫り来る迷宮の腕を受け止める。  


 しかし、今までの余裕はない。  

 彼ほどの男が踏み込めないほどの圧力。  


 ──ダンジョンそのものが敵になったのだ。


「ヤバいぞ、逃げないと……!!」


 冒険者たちは、本能的な恐怖に突き動かされるように穴へ向かって走り出した。  


 そう、先ほどクロウが開けた脱出口へ。  


 しかし──  


 ズズズ……ガコンッ!!  


 脱出口は、一瞬で閉じた。  


 「そんなあからさまな逃げ道、残しとくわけないだろ?」  


 不気味な笑みとともに、ダンジョンボスが呟く。  




「──蠢け。無限の兵団エターナル・レギオン


 その言葉とともに、迷宮が唸った。  


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!  


 壁が砕け、天井が裂け、ありとあらゆる場所から無数のゴーレムが現れる。  


 ゴーレムの大軍勢。  


 それは波のように冒険者たちへと押し寄せる。  


 「な、なんだこれ……ッ!!」  

 「数が……多すぎるッ!!」  

 「ひィ……!」  


 絶望が、冒険者たちを覆う。  


 波のようなゴーレムが、一人また一人と冒険者たちを飲み込んでいく。  


「迷宮が……襲ってきたァァァ!!」  


 誰かが、恐怖に耐えきれず叫んだ。  


 ──その通り。  


 今、この瞬間、迷宮そのものが生きている。  


 冒険者たちを駆逐するために。  


 迷宮が、牙を剥いた。  




 その光景を見下ろしながら、ダンジョンボスは、満足げに笑った。  


「これぞ正真正銘、ダンジョン VS 冒険者だろ?」 

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