新たな王となった俺は、確かに感じていた。
この迷宮核から溢れ出す途方もない力を。 全てを支配するかのような感覚を。
だけど──この力には限りがある。
漆黒の魔力は、このダンジョンで死んだ者たちの魂が蓄積されたもの。俺が迷宮を操れているのは、それらを一時的に解放しただけの話だ。
つまり──この魔力が尽きれば、俺の勝機はない。
最強の修羅を、この限られた時間で倒さなければならない。
轟く雷鳴。蠢く土の兵団。
迷宮の天井が軋み、壁が脈打つように震えている。まるで、この迷宮そのものが恐怖しているかのようだ。
"俺という王に"。
"クロウ・ヴァンガードという化け物に"。
静かに、クロウが口を開いた。
「冒険者各位につぐ。今から俺はダンジョンボスの相手をする。その隙に離脱しろ。」
その言葉が響いた瞬間、冒険者たちは驚愕の表情を浮かべた。
「それじゃあ、クロウ・ヴァンガード様はどうするのですか!? 私達のために一人残られるのですか!?」
悲痛な叫び。
彼は、それほどまでに慕われているのだろう。
だが──
「誰の心配をしているんだ」
クロウの声は揺るがない。
「お前らがおっては、全力を出せない。私はコイツを倒して、その後ゆっくりと凱旋する」
そういうと大斧を一振りし、射線上のゴーレムを消し飛ばし迷宮の壁を破壊した。
冒険者たちは、涙を流しながら、
崩れかけた迷宮の外へと這うようにして脱出し始めた。
そんな光景を見ながら、俺は鼻で笑う。
「アホだな」
誰かのために命を張るなんて、
自分が死んだら元も子もないのに。
だけど──
「……カッコいい死に様だ」
俺は、不敵に笑った。
「いいぜ。相手してやるよ」
クロウも笑う。
「誰に物言ってるんだ、クソガキ。元S級の実力、見せてやるよ」
──決戦の火蓋が、切られた。
ガキィィィンッ!!!
大太刀と大斧がぶつかる。
──火花が散る。
──風圧が渦巻く。
互いの武器が、衝突のたびに轟音を響かせる。
だが──違和感があった。
──クロウの攻撃が、先ほどより鋭い。
奴の体力はすでに限界に近いはず。あれだけ大技を連発していたんだ、老いて全盛期じゃないなら尚更だ。
なのに、その動きには迷いも鈍りもなかった。
それどころか、研ぎ澄まされている。
クロウ・ヴァンガードという男は──"極限"に追い込まれた時こそ、"最強"になる。
力ではこちらが押しているはずなのに傷が増えていく。
それでも、
「チッ……自然回復か!?」
斬られた箇所は血が滴る前に瞬時に回復する。俺はこの迷宮の力を取り込んだんだ。当然、ボス部屋の治癒力も使うことができる。
斬られた腕も瞬時に元通りになり、何事もなかったようにクロウを殴り飛ばす。
距離ができたことで俺は即座に強化術式を発動する。
『──滾れ 炎二重奏魔法・焔鎧』
『──疾走れ 雷二重奏魔法・紫電ノ見切』
俺の身体が、"燃え滾る炎"と"紫電の雷"に包まれる。
今の俺は炎と雷魔法なら瞬時に使うことができる。
"炎"が俺の肉体を加速し、
"雷"が俺の神経を研ぎ澄ます。
──落ちる岩がスローモーションに見える。
──視界の全てが、鮮明に捉えられる。
――落ちる岩より速く動き、スピードは秒速60mを越え神速の領域へと至る。
俺は、一気にクロウとの距離を詰める。
──ズバァンッ!!!
"大太刀"と"大斧"がぶつかる。
──ガンッ!!
"拳と拳"が打ち合う。
──ギィィィンッ!!
火花が飛び散る。
俺の炎雷の刃が、クロウの猛斧の一撃が、
迷宮の空間を焼き裂き、砕き、轟かせる。
そして──
『炎雷重式──四重奏』
さらに術式を加えていく。戦闘中に術式を重ねがけするなんて正気の沙汰ではないが今ならできる気がした。
俺の魔力が、限界を超えて加速する。
「誰よりも速く──誰よりも強くッ!!!」
クロウも、俺に合わせて全力の技を解放する。
「猛斧戦技──裂空連斧!!!」
空を裂く"猛速の斧撃"が乱舞する。
──ならば
「鬼王剣技──轟雷千刃!!!」
地を割り、雷の如き斬撃が降り注ぐ。
天を引き裂く猛撃と大地を打ち砕く斬撃がぶつかり合い、その衝撃は、迷宮そのものを揺るがした。
どちらもその攻撃で相手が死ぬはずないと、分かっているので即座に距離を詰めている。
そして、部屋の中央でまたお互いがぶつかり合う。
クロウの一撃をダンジョンの床を変形させ壁にして防ぎ、その影から炎槍を乱れ撃つ。
しかし、それも防がれる。
「だったらさらに、加速だ―――!!
『炎雷重式――五重奏』」
さらに速くなり、落ちる岩を足場に空中からクロウに襲いかかる。
もう目で追えるスピードをとっくに超えているはずなのに、勘で対応してくる。
今ならこの男の強さ正しくが分かる。
「はっ化け物だろコイツ」
老いてこれなら全盛期はどんなだったのか。
互いに命をかけているがそれでも笑みがこぼれる。楽しいんだ、自分の全力を相手にぶつけることができる。体が思うように動く。
あぁ、最高だ―――
――――
ぶつかり合いの果てに、
──互いの魔力と体力が、底を尽き始めていた。
クロウは肩で息をし、俺も魔力が枯渇しかけている。
「……決着といこうか」
クロウが、大斧を高く構える。
俺も、大太刀を鞘に納め構える。
『炎雷重式──"六重奏"』
俺の全魔力を込めた"究極の領域"。体中が術式の負荷に耐えきれず軋みだすが気にしない。
構えは居合、体を限界まで引き絞って放つ始りの技――
「炎雷纏い鬼王剣技──始ノ型 暁!!」
クロウも大斧にヒビが入りるほど力を込める。そして、ただ単純に全身全霊を込めて振り下ろす。全てを終わらす破壊の技――
「猛斧戦技・終奥──天変神覇!!!」
──"二つの極致"が、"交差する瞬間"。
全てを呑み込むほどの衝撃波が、迷宮を蹂躙する。
そして──迷宮が、崩壊し始めた。
瓦礫の舞う戦場。
煙の中から、どちらかの影が立ち上がる。
果たして──
勝者は、どちらなのか。
──"王"か。
──"修羅"か。
決着の時は、今、訪れようとしていた。