──立ち上がったのは、クロウ・ヴァンガードだった。
俺はもう、一歩も動けない。
大太刀を杖にしてでも立とうとしたが、力が入らない。全身が鉛のように重く、指一本さえも持ち上がらない。
だが、それはクロウも同じだった。
彼の体には無数の斬撃痕が刻まれ、呼吸は浅く、足元さえ覚束ない。それに袈裟斬りに切れた切り口から血が溢れてきている。
それでもなお、彼は最後まで戦士として立っていた。
「見事だった……ダンジョンのボスよ」
彼の声は、静かで、どこか誇らしげだった。
そして、その言葉を最後に──クロウ・ヴァンガードは、立ったままこと切れた。
彼の両手から大斧がすり落ち、地面に転がる──ことはなかった。
刹那、大斧は霧のように砕け、塵となって消えていった。
それはまるで、クロウの魂が空へと還っていくかのようだった。
勝ったはずなのに、胸の奥が妙に静かだった。
──俺は、全力を尽くした。
──クロウも、全力を尽くした。
そして、"勝者"としてこの場に残ったのは、俺だ。
だが──何だろう、この胸を締め付けるような感覚は。
クロウ・ヴァンガードという男は、"規格外"だった。
俺がどれだけ準備をしても、どれだけ罠を仕掛けても、彼はそれを乗り越え、立ち向かってきた。
「……最後まで、凄いヤツだったな」
呟いた声が、崩れゆく迷宮に吸い込まれていく。
その時、周囲の異変に気づく。
迷宮の壁が軋み、天井がひび割れ、
床が沈み込むように揺れ始めた。
崩壊が始まっている。
「……マズい、マズいぞ!」
今の俺は魔力が枯渇し、満身創痍の状態だ。
胸の珠玉──
もしこのままここに留まれば、勝利したというのに、
生き埋めという最悪の結末を迎えることになる。
──だが、逃げる術がない。
体が動かない。
魔力が残っていない。
迷宮の崩壊はすぐそこまで迫っている。
どうする?
どうすればいい?
「王よ! どこにおられますか!?」
「どこにいますか? 聞こえたら返事してください!」
「どこにいるのです?」
──聞き慣れた声がした。
遠くから、必死に俺を呼ぶ声。
鬼童丸、夜叉、温羅──あいつらだ。
「おおーい!! ここにいるぞー!!!」
俺が力を振り絞って叫ぶと、
すぐに3人の足音が近づいてきた。
「絶対にご無事だと信じておりましたぞ!」
鬼童丸が涙を浮かべながら駆け寄ってくる。その横で夜叉が安堵したように大きく息を吐き、温羅がこっそりと目元を拭っているのが見えた。
「……嘘つけ。めちゃくちゃ焦ってたくせに」
そう茶化すと、鬼童丸が"オロオロ"しながらしどろもどろになる。
──ああ、いいな、この空気。
何もかもが終わった後の、このくだらない会話が、こんなにも愛おしく感じるなんて、俺も変わったものだ。
俺は、生きているんだ。勝ったんだ。
鬼童丸たちに肩を支えられながら、迷宮の外へと足を進める。
扉を超えた瞬間──
美しい夜空が広がっていた。
満天の星々が、静かに瞬いている。
蒼白の月が、穏やかに俺たちを照らしている。
それは、まるで勝利を祝福する光のようだった。
「……綺麗だな」
思わず、そう呟いた。
鬼童丸たちも、俺と同じように夜空を見上げる。
戦いの激しさが嘘のような、穏やかな夜。
風が優しく肌を撫で、静寂が心を満たす。
──だが、ここまでだ。
俺の体は限界だった。
戦いの興奮が冷めると同時に、意識が急速に遠のいていく。
"勝った"という安堵。
"生きている"という実感。
"仲間の存在"が、心を満たしていく。
「ああ……眠い……」
最後に見えたのは、満天の星空だった。
──俺は、意識を手放した。
『育成システムの完了を確認しました。ステータスが消失します。新たに
神命・
これにより
『さぁ……私を愉しませてくれ!!』