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第32話 初依頼はクソガキのお守り

「よし、それじゃ手続きの方にいこうか。」  


 シルヴァリエンが机の引き出しを開け、小さな金属の板を取り出した。  

 それは手のひらに収まるほどのサイズで、鈍く光る銀色をしている。  


「これが"冒険者証ヒストリア"だ。君の身分を証明するものになる。基本的にこれさえあれば、どこの都市にも入ることができるし、ギルドで正式に依頼を受けることも可能だ。」  


「へぇ……意外とシンプルな作りなんですね。」  


「見た目はな。しかし、これは神代ノ遺失物アーク・レリックの一つとされている。試験で使った具現ノ宝玉オルビス・エクジステンティアと同じく、ギルドが管理している貴重な魔法具だよ。」  


 シルヴァリエンは金属の板を指で弾き、カンッと軽い音を鳴らす。  


「さて、手続きを進めようか。方法は簡単。君の血を一滴、この板に垂らすだけでいい。」  


「血を……ですか?」  


「そう。これによって、この冒険者証が"君専用"のものとなる。偽造や譲渡は不可能。盗まれても使い道はないから安心するといい。」  


 なるほど、魔法技術を利用した個人認証システムか。  

 確かにこれなら身分詐称はできないし、信用度は高い。  


「分かりました。」  


 俺は指を爪で軽くかき切り、滲んだ血を冒険者証の上に垂らした。  


 すると──  


 バチッと微かな音とともに、冒険者証が淡い光を放つ。  

 浮かび上がったのは──  


『B級冒険者  

 ラグナ・オラトリア 』


「……おぉ。」  


「よし、これで正式に登録完了だ。おめでとう、ラグナくん。今日から君は正式な冒険者だ。」  


 シルヴァリエンは満足げに頷きながら、俺に冒険者証を手渡す。  


「冒険者の合言葉は"民のために"。君が多くの民を救い、活躍することを祈っているよ。」  


 ──民のために、か。  


 俺の信念は"自分のために"だ。  

 それを曲げるつもりはない。  


 だが、手が届く範囲で助けられる人を助けるのは……悪くないかもしれない。  

 冒険者として生きるなら、それもまた"自分の選択"の一つだろう。  


「分かりました。今日からよろしくお願いします。」  


「うんうん、素直でいい子だ。」  


 ──ん?  


 シルヴァリエンの目がキラリと光った気がした。  


「そんな君に、ひとつお願いがあるんだけどね。」  


「……お願い、ですか?」  


 一気に嫌な予感が湧き上がる。  


「そう、お願いと言っても正式なギルド依頼だよ。」  


 シルヴァリエンは頬杖をつきながら、ふわりと微笑んだ。  

 その表情はどこか楽しげで……企んでいるように見えた。  


「君、確か"A級冒険者"になりたかったよね?」  


「あ……はい。それが目標ですが。」  


「それじゃあ、これは大きな実績になる。なんてたって"勇者の師"という肩書きが手に入るんだから。」  


「──は?」  


 俺の脳が、一瞬、思考停止する。  


「だから、君にお願いしたいんだ。この街にいる勇者、カイン・アスベルトの師になってあげてほしいんだよ。」





「勇者の……師?」  


 何言ってんだ、このギルド長。


 さっき冒険者になったばかりの俺が、いきなり勇者の師匠になる?  

 いやいや、意味がわからない。順番を間違えてないか?  


「えぇ、そうだよ。」  


 俺の混乱を楽しむように、シルヴァリエンはニコリと微笑んだ。  

 その飄々とした態度の裏に、"狡猾な意図"が隠れていることは明らかだった。  


「だ、大体、俺なんかが勇者の師なんて無理ですよ! 他に適任者がいるでしょう!?」  


「うーん、確かにそうだね。でも、今のところカインくんには適切な師がいないんだ。」  


「いないって……勇者を育てるのって王国の使命じゃないんですか?」  


「うん、もちろん王国も色々手を尽くしてるよ?けれど、勇者とは強力な切り札だ。どこか一つの陣営が肩入れしてしまうと 派閥争い繋がってしまう。だから、ギルドが頼まれたんだよ。それに、彼自身にも問題があるんだ。」  


 シルヴァリエンは軽く肩をすくめた。  


「カインくんは才能はあるけど、"勇者"という重圧に押し潰されかけてるんだよ。」  


「……重圧?」  


「そう。彼は勇者という肩書きのせいで、他の誰よりも強くならなきゃいけないと必死になってる。でも、勇者だからといって必ずしも最強になれるわけじゃない。そういう現実を受け入れられず、どこかで挫折する可能性があるんだ。」  


「それで、俺が師匠?」  


「うん。"君"なら、カインくんに必要なことを教えられると思う。」  


 シルヴァリエンの瞳が鋭くなる。  


「だって、君──"敗北を知っている"だろ?」  


 その言葉に、俺の心臓が跳ねた。  


 ──敗北を、知っている。  


 俺は、前世ではただの"弱者"だった。  

 何もできず、這いつくばり、殴られ、奪われ続けた"無力"な存在だった。  


 でも、だからこそ俺は強くなることを求め続けた。  

 あのダンジョンで、クロウ・ヴァンガードと命を削る死闘を繰り広げ、  

 最強の老戦士に打ち勝った──それこそが今の俺だ。  


「カインくんは勇者だからね。」  


 シルヴァリエンは続ける。  


「皆が彼を特別な存在として扱い、最強であることを求める。でも、それは呪いでもあるんだ。最強であるべき存在が敗北を許されると思う?」  


 ──否。  


 勇者は勝たなければならない。  

 負けることなど許されない。

 それが、周りの精神的柱となるのだから。  


「でもね、ラグナくん。」  


 シルヴァリエンは微笑む。  


「君は知っている。"敗北"を。"無力"を。そして──"這い上がる方法"を。」  


 俺は、ギルド長の言葉を黙って聞きながら、心の奥に湧き上がる感情に気づいた。  


 これは、単なる依頼じゃない。  

 これは──俺自身の過去との対峙でもある。  


「……考えさせてもらっていいですか?」  


「もちろん。ただ、なるべく早めに返事をくれると助かるよ。」  


「……分かりました。」  


 シルヴァリエンは満足そうに頷いた。  


「じゃあ、今日はもう遅いし、宿を取るといいよ。"例の件"の答えはまた明日聞かせてくれ。」  


 俺は深く息を吐きながら、ギルド長室を後にした。  


 ──"勇者の師"、か。




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