「お兄さん、宿をお探しですか?」
ギルドを出た途端、待ち構えていたかのような声が俺を迎えた。
振り向くと、そこにいたのは──あの宿屋の娘。
「……あぁ、ここでずっと待ってたのか?」
「そんなわけないじゃないですか!」
彼女はクスクスと笑いながら、俺の問いを軽く流す。
「お兄さんがこのくらいの時間に出てきそうだったので、ちょうど来たところです。」
──いや、それはそれで怖いんだが!?
俺がギルド長室で話している間、外で待っていたのか?
それとも、ギルド内に潜り込んで俺の動向を探っていた?
どちらにしても、宿の娘にしては行動が怪しすぎる。
「それで、宿を探してませんか? 安くしますよ!」
──うーん。
確かに宿の場所は他に知らないし、妙な詮索をされるよりは、ここで世話になったほうがいい。
「……それじゃあ、お願いするよ。」
「おぉ~! それじゃ、ついてきてください!」
彼女はスキップするように前を歩き出した。
どことなく"いたずら好きな小動物"のような雰囲気を感じる。
「そういえば、お兄さんは見ない格好をしてますけど、どこから来たんですか?」
「えぇ~と、東の方からかな。」
「東ですか? それじゃあ、帝国とかですか?」
……おっと?
わざとらしい"帝国"というワードに、一瞬だけ脳裏を警戒色がよぎる。 それでもなんとなくで答えてしまった。
「そうそう、帝国の方から来たんだよ。」
「へぇ~……でも帝国は今、王国と冷戦状態なので国境を越えるのが難しいはずなんですけどね?」
……なんだコイツ。
ニコニコしながら軽い口調で話しているが、明らかに"カマをかけて"きている。
俺の経歴を探るような発言。
俺の動向を読んでいたかのような立ち回り。
ギルドの動きを把握していたかのような的確なタイミング。
……まさか、"どこかの組織"の情報屋か?
俺の正体を探られるのはマズい。
適当に誤魔化さないと――そう焦っていたが、彼女が笑いながら話を変えた。
「まぁ、お兄さんがどこから来たっていいんですけどね!」
そして、彼女はまたしても笑いながら、突然、足を止めた。
「──着きました。ここですね!」
俺の目の前に現れたのは、思った以上に立派な宿だった。
看板には《天使の羽亭》と刻まれている。
木造の二階建てで、玄関の装飾も妙に洒落ている。
……え? なんか高そうじゃね?
「ここって、一泊銀貨一枚の宿なのか?」
「そうですよー!特別にお兄さんだけ!」
「"だけ"ってことは、通常料金は?」
「……銀貨五枚。」
「は!? お前、詐欺師か?」
「違いますよ~! でも、それだけの価値はある宿ってことです!それに安くしてるからいいじゃないですか」
そう言って彼女は、俺の腕をグイッと引っ張る。
「さ、さ、中に入ってください! お兄さんみたいな人が野宿なんてしたら、魔物や盗賊に襲われちゃいますよ?」
「お前が言うと説得力があるな……。」
彼女の底知れない笑みに、不安を覚えつつも、俺は観念して宿の扉を開けた。
宿の扉をくぐると、そこには信じられないほど立派な内装が広がっていた。
──高級感あふれる木製のカウンター、手入れの行き届いた床、壁には装飾されたランプが等間隔に並び、暖かな光を放っている。
「……おいおい、本当に銀貨一枚の宿なのか?」
思わず疑問を口にしたくなるほどの豪華さだった。
けれど、まぁ、住環境が良いに越したことはない。
ギルド長から貰った銀貨が10枚ある。
つまり、とりあえず10日間はここに滞在できるわけだ。
「お兄さんの部屋は2階の奥から3番目の部屋ね!」
軽やかに言い放つ宿屋の少女。
彼女は俺に小さな鍵を渡すと、さっと奥へ走り去っていった。
(……そういえば、名前聞いてなかったな。)
今度会ったときにでも聞いてみるか。
部屋に入ると、想像通りに綺麗だった。
そこまで広くはないが、十分にくつろげる空間が広がっている。
ベッドに身を投げ出し、天井を見上げながら、今日ギルド長から頼まれた"依頼"について考える。
──勇者の師を、俺がやる。
(……できればやりたくないな。)
"勇者"なんて肩書きを背負ったクソガキの面倒を見ろと言われても、気が進むはずがない。
どうせ、重圧に押し潰されそうになってる豆腐メンタルのガキなんだろう?
──知ったこっちゃない。
(でも……)
A級になるには"実績"が必要だ。
どういう基準でランクアップするのか分からない現状、勇者の師匠になるというのは悪くない選択肢だ。
メリットとしては、
・ギルドからの評価が上がる
・権力を持つ勇者とのコネができる
デメリットは、
・単純に面倒くさい
・俺の潜在的な敵を鍛えることになる
それでも、A級になるための実績になるのはでかい。
それに、実際に鍛えなくても適当にほったらかしとけばいいしな。
……とりあえず、やってみるか。
―――――
翌朝、俺はギルドへ向かった。
ミーアさんに案内され、ギルド長の部屋へと通される。
扉を開けると、そこにいたのは一人の少年だった。
銀髪に蒼い瞳。
服装は質素ながら、どこか品を感じさせる。
背丈は俺と同じくらいだが、その表情には幼さと、そして……
焦燥が滲んでいた。
──こいつが、"勇者"か。
少年──カイン・アスベルトは、俺を真っ直ぐに見つめながら言った。
「貴方が、僕の師をしてくれる方ですか?」
その声には、期待と不安が入り混じっていた。
(……なんだ、その目は。)
俺の顔を見て、"こんな奴が師匠になるのか"とでも言いたげな、不安そうな表情。
その様子に、俺は内心苦笑しながら肩をすくめた。
「そうだ。」
ゆっくりと歩み寄り、軽く笑いながら続ける。
「俺はラグナ・オラトリア。しょうがないから、お前の師をすることになった。よろしくな。」
俺の軽口に、カインは少し驚いたような顔をした後──
「……はい…よろしくお願いします」
真剣な表情で頷いた。
こうして──俺は"勇者の師"になることになった。