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第34話 クソガキ育成日記 「現実を知れ」

俺はカインと向かい合い、その青い瞳をじっと見つめた。  

 勇者──世界に選ばれた存在、カイン・アスベルト。  


 だが、その瞳に宿るのは覚悟ではなく迷いと不安ばかりだ。  


「それじゃあ、ラグナ君、カイン君を頼むよ。」  


 ギルド長シルヴァリエンが、飄々とした笑みを浮かべながら俺に言う。  


「分かりました。」  


 適当に返事をしながらギルド長室を後にする。  

 そんな俺を見て、カインが慌てたように後を追ってきた。  


「待ってくれ! 僕は君を認めていない!」  


 は?  


「だから、訓練は自分でする!」  


 おいおい、こいつ急に何を言い出すんだ?  


「君は僕と同じ年だろう? そんなに実力があるようには見えない。本当なら、僕の師は……」  


 ──あー、なるほどな。  

 察しはついたが、それを言葉にするのか。  


「おい、クソガキ。」  


「クソガキ⁈ 僕はカイン・アスベルトだ!」  


「黙れクソガキ。まず一つ、お前を鍛えるつもりなんて、俺にははなからない。」  


「な、何を……?」  


 カインの言葉が詰まる。  

 まさか勇者の師を引き受けた奴がそんなことを言うとは思わなかったんだろうな。  


「俺がこの依頼を受けた理由は、お前を強くするためじゃねぇ。俺の実績のためだ。」  


「そ、そんな……!」  


「それともう一つ、俺はお前を――瞬殺できるほど強い」  


 俺は万装珠玉ジョーカーズ・エッジに魔力を流し込み、目にも留まらぬ速さで刀を生成する。  

 その刃を、カインの首元へと突きつけた。 


 ──ヒュゥゥ……ン  


 空気を切り裂く音が響く。  


 カインは息を呑んだ。  

 その蒼い瞳が、大きく揺らぐ。  


「……いつの間に……?」  


 理解が追いつかないんだろうな。  

 ほんの一瞬前まで、何もなかったはずなのに、次の瞬間には首元に刃がある。  


「相手の力量も分からずに吠えるから、お前は弱いんだよ。」  


「……っ!」  


 カインが唇を噛みしめる。  


「だからって……僕は強くなるしかないんだ……だって、僕は──」  


「勇者だからか?」  


 カインの言葉を遮るように言う。  


 「勇者という称号が、お前を強くするわけじゃねぇ。勇者だから強くならなきゃいけない、そんな考えで本当の強者になれると思うな。」  


「……っ!」  


 カインの拳が震える。  


「いいぞ、ならお前に現実ってやつを見せてやる。」  


「……現実……?」  


「そうだ。お前には才能がないという現実をな。」  


 カインの表情が歪む。  


「俺と模擬戦をしよう。」  


「……っ!?」  


「お前が勝ったら、師を変えるようにギルド長に言ってやる。」  


 俺はニヤリと笑って見せる。  


「……分かった。訓練場で決着をつけよう。」  


 カインは拳を握りしめ、俺の目を真っ直ぐ見据えた。




 ――――




 俺とカインは訓練場の中心に立っていた。  

 広い闘技場の石畳は、これまで数え切れないほどの戦いを見てきたのだろう。  


 周囲には、訓練していた冒険者たちが興味深そうに集まってきている。  

「勇者様が模擬戦? 相手は……あのガキか?」  

「いや、でもB級認定されたばかりって噂だぞ?」  

「本気でやるのか?」  


 周りがざわつく。  


 だが、カインはそんな視線を気にも留めず、俺を睨みつけていた。  

 その蒼い瞳の奥にあるのは焦燥、迷い、そして……怒り。  


「行くぞ!!」  


 カインが地を蹴る。  


 ──ガンッッ!!  


 踏み込んだ衝撃で石畳が砕ける。  

 勇者の称号に相応しい膂力だ。  


 細身の剣が、鋭い閃光となって俺に迫る。  

 剣先は俺の喉元を正確に狙っている。  


 ……なるほど、悪くはない。  

 でも、遅い。  


「エッ……!!」  


 カインの表情が一瞬歪む。  

 なぜなら──  


 俺の姿が、消えたからだ。  


 ──ヒュンッ  


 風を切る音が、カインの耳を貫く。  


 俺は、踏み込みの初動を見た瞬間に、彼の懐へ瞬間移動するように滑り込んでいた。  

 いや、実際には単なる超高速の踏み込みだが、カインにはそう見えただろう。  


 カインの剣が空を切る。  


 俺は彼の背後に回り込み、その首筋へ指一本を突きつけた。  


「……はい、おしまい。」  


 静かに、俺は告げる。  


「…………え?」  


 カインの顔が呆然としたものに変わる。  


「俺が本気だったら、今のでお前の首は飛んでる。」  


「そ……んな……」  


 カインは震えながら、ゆっくりと剣を握り直す。  


「まだ終わりじゃない!!」  


 その瞬間、彼の全身から光の魔力が迸る。  


 ──聖属性。  

 勇者特有の聖なる加護が、カインを包む。  


「僕は勇者だ……! こんなところで負けるわけにはいかない……!!」  


 カインが猛然と突っ込んでくる。  


 彼の剣が光の刃となり、俺を切り裂こうとする。  


 でも──  


「それがどうした?」  


 俺はその剣の軌道を見切り、余裕の歩調で避ける。  


「っ……くそ……! なんで当たらない……!!」  


 カインが焦りの色を滲ませる。  


 ──遅い。  

 ──軽い。  

 ──浅い。  


 カインの攻撃には、"確信"がない。  


 勇者の加護があろうと、剣筋が甘ければ意味はない。  


「力があるからって、勝てると思うなよ。」  


 俺は、カインの剣を指一本で受け止めた。  


「なっ……!?」  


 カインの剣がぴたりと止まる。  


 俺は彼の目を見据えながら、無造作に指を弾く。  


 ──バキンッッ!!  


 乾いた音と共に、カインの剣が弾き飛ばされた。  


「ぐっ……!!」  


 カインは体勢を崩し、無防備に俺の前に立つ。  


「終わりだ、クソガキ。」  


 俺は、カインの腹部へ掌をかざす。  

 そこに魔力を込める──  


『炎雷二重奏魔法──焔雷衝』  


 ──ドゴォォォォンッ!!  


 加減したが、炎と雷の波動を直で腹にくらいカインの体が弾丸のように吹き飛んだ。  


 訓練場の壁に激突し、土煙が舞い上がる。  


「ぐ……あ……っ……」  


 壁にめり込んだカインが、力なく崩れ落ちた。  


 静寂。  


 周囲の冒険者たちが息を呑む。  


「お、おい……」  

「あの勇者様が……手も足も出ずに負けた……?」  

「ありえねぇ……一体、何者だ……?」  


 冒険者たちがどよめく。  


 俺は、煙の向こうで倒れたカインを見下ろし、言い放った。  


「お前は、勇者でもなんでもない。ただのクソガキだ。」  


「……ッ……」  


 カインの拳が、悔しさに震える。  


「勇者であることがお前の力じゃない。勇者だからって何でも出来ると思うなよ。」  


「僕は……僕は……!それでも戦わなければいけないんだ。それでも強くならなければならない。それが、僕がクロウ様にできる唯一の恩返しなんだ……!」  


 カインの蒼い瞳が揺れる。  


 ──クロウ・ヴァンガードか。  


 こいつの前の師は、俺が全力を尽くして打倒したあの"猛斧の修羅"だったのか。  

 確かに、クロウほどの男が鍛えたのなら、それなりに見込みがあってもおかしくはない……が。  


「それにクロウ様は言っていた。夢は願い続ければ絶対に叶うって……」  


「──おい、クソガキ。それは違う。」  


 俺は溜息交じりに言い放つ。  


「クロウも、頭の中はお花畑だったのか?」  


「なっ……クロウ様を馬鹿にするな!!」  


 カインが怒りを露わにするが、俺は冷めた目で続きを口にする。  


「クソガキ、お前に現実を教えてやる。」  


 俺は一歩、カインに歩み寄った。  


「夢は願い続ければ叶う──そんな言葉はな、夢を叶えることができた奴が語る戯れ言だ。」  


「…………」  


 カインの顔が、強張る。  


「願い続けて、どれだけ努力しようが、夢は叶わない。才能がなければな。」  


「そんな……」  


 ──今まで信じていたものが崩れたような絶望した顔をする。  


 自分には才能があると無根拠に信じていた子供が、初めて現実を突きつけられた時の、無様な顔だ。 


 けれど、至極当たり前のこの世の摂理だ。もし、それが本当なら夢が叶わなかった者は願い続けることもせず、努力もしなかったことになる。 


「現実を見ろ、クソガキ。お前の剣は、未熟すぎる。勇者なんて肩書きを持っていても、所詮は人間の域を抜けていない。」  


 俺の言葉がカインの心に鋭く突き刺さる。  


「そんな……僕には、才能がないっていうのか……?」  


 カインの拳が震える。  


 そうだ。確かに普通の人よりは才能があるがそれでもクロウなどの化け物と比べると、話にならない。それに、鬼童丸たちのほうが、よっぽど才能がある。  


 俺は鼻で笑った。  


 ──これだから"勇者"は嫌いなんだ。  


 理想主義の偽善者か、勘違いした英雄思想の持ち主か、あるいは悲劇の主人公気取り。  

 勇者と名のつく連中は、どいつもこいつも現実から目を逸らし育ったせいで、精神が成長していないだ。  

 特別な存在として扱われることに甘え、自分を過信し、都合のいい物語を信じ込んでいる。  


「……僕は、強くならなきゃならないのに……!」  


 カインの顔に絶望の色が浮かぶ。  


 ──ほらな?  


 自分より圧倒的に強い相手に現実を突きつけられると、簡単に揺らぐ。  

 勇者なんて肩書きを持ったところで、精神の弱さは変わらない。  


「僕はどうすれば……!」  


「お前がどうするかは、自分で決めろ。」  


 俺は冷たく言い放つ。  


「"勇者"の称号がどうとかじゃなく、自分が何をしたいのかを考えろ。誰かの言葉をただ信じてるだけなら、お前は一生偽物のままだ。」  


「…………」  


 カインは今にも泣き出してしまいそうな顔を隠すように下を向く。  


「けれど、走り続けなければ、壁にぶつかることもできないのも事実だ。」  


 俺はカインを見下ろす。夢を追い続けることは別に悪いことではないからな。ただ現実をみることなくそれをしてしまうと中途半端な結末になってしまう。  


「お前がここで歩みを止めるなら、それまでの男ってことだ。」  


 俺の言葉が響いたのか知らないがカインは何か思い悩むような顔で拳を固く握りしめる。けれどその顔は今までとは違い前を向こうとしている者の顔だった。


「自分で……決める……」  

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