僕には、かつて師匠がいた。
──クロウ・ヴァンガード様。
あの方は、僕を鍛えてくれた。
戦い方を教え、勇者としての道を示してくれた。
そして──
先の大遠征で、死んだ。
信じられなかった。いや、信じたくなかった。
僕は勇者なのに。
あの人を守れなかった。
何も、恩を返せなかった。
どれだけ悔やんでも、現実は変わらない。
だけど、クロウ様の死を受け止めるには、まだ時間が足りなかった。
──そんな時だった。
ギルド長に呼び出された。
最初は何の用か分からなかったが、言われたことは一つ。
「カイン君に新しい師匠をつける」
──新しい師匠。
それは、クロウ様の代わりということだろうか?
まだあの人の死を受け止めきれてもいないのに?
納得はできなかった。
だが、僕は自分の未熟さを知っている。
このままじゃ、また大切な人を失うかもしれない。
だから、受け入れるしかなかった。
「……分かりました」
そう答えた僕の前に、連れてこられたのは
──子供?
僕と、ほぼ同じ年くらいの少年だった。
「……は?」
一瞬、頭が真っ白になった。
新しい師匠? こいつが?
胡散臭さがすごかった。
なんせ、自分と同じくらいの年齢の奴が「師匠」だなんて。
僕はギルド長を見た。
「ギルド長、本気ですか?」
「ああ、本気だ」
「でも……この人、僕と年が変わらないですよね?」
「そうだな」
「じゃあ、なぜ──」
「今のカイン君に一番適している子だからだよ」
そう言われ、何も言い返せなくなった。
──納得はできない。
だけど、ギルド長の命令なら逆らえない。
(……いいさ。どうせ、形式上の師匠ってだけだと思う)
この子の弟子として適当に従いながら、自分で強くなればいい。
そう思っていた。
だが──
「僕は自分で強くなる」
僕がそう伝えた瞬間、その子は鼻で笑った。
そして、次の瞬間──
「俺はお前より強い」
──シュバッ!!
目にも留まらぬ速さで、剣が僕の首に突きつけられた。
「!?」
反応すらできなかった。
まるで、僕の動きを完全に見切っていたかのような速さ。
この子……何者だ?
「いいぜ、じゃあ勝負しようか」
「……え?」
「勝ったら、ギルド長に頼んで師匠を変えてやるよ」
静かな声。
だけど、その奥にあるのは圧倒的な自信と強者の気配。
──ヤバい。
この子、ただの者じゃない。
それは本能で分かった。
(……でも、だからって僕が負けるわけがない)
この子は実績稼ぎのために、ろくに教えもしないと明言してる奴だ。
それに、僕と同じ年くらいの子供に負けるなんてありえない。
「……いいだろう。その勝負、受ける」
そうして、僕たちは訓練場へと向かった。
―――――
訓練場に足を踏み入れた瞬間、周囲がざわついた。
──当然だ。
勇者である僕が、同い年の子供と戦うのだから。
冒険者たちの視線が突き刺さる。
信じられない、という顔をする者。
面白そうだと笑う者。
僕を心配そうに見つめる者。
だが、そんなのはどうでもいい。
この戦いに勝って、新しい師匠なんていう茶番を終わらせる。
僕は勇者なんだ。
"こんな奴"に負けるわけがない。
「それじゃ、始めるか? いつでもかかってきていいぞ」
偉そうに戦いの開始を告げる少年。
──ふざけるな。
「……後悔しても知らないぞ」
心の奥で苛立ちを抑えながら、剣を構える。
クロウ様に教わった通り、"本当の実力"を示すなら、相手が反応できない初撃を決めるべきだ。
だから──
最速の一撃を叩き込む。
地面を強く踏みしめ、視界スレスレまで体を沈める。
同時に、一直線に踏み込む。
──狙うは首。
一瞬で勝負を決める。
「これで決まりだ……!!」
そう確信した、その刹那──
「……え?」
視界から、相手の姿が消えた。
僕の剣は、虚しく空を切る。
──どこに……?
「はい、おしまい」
耳元で、声がした。
そして──
冷たい刃が、僕の首元に触れる。
「俺が本気だったら、今のでお前の首は飛んでるぞ?」
……何が、起こった?
理解が追いつかない。
信じられない。
だけど、否定できない。
──僕は、負けたのか?
こんな、同い年の子供に……?
「まだ終わりじゃない!!」
喉が枯れるほど叫んだ。
「僕は勇者だ……! こんなところで負けるわけにはいかない……!!」
恐怖を振り払うように、僕は全力を解放する。
神より授かりし"聖属性の魔力"──完全解放。
光が迸る。
僕の周囲に、神聖なオーラが渦巻く。
訓練場が"聖域"となるほどの威圧感。
剣を構え、全身に魔力を纏わせる。
──もう手加減はしない。
「これならどうだ……!!」
咆哮とともに、地面を蹴る。
神速の一撃。
岩をも断ち切る剣閃。
だが──
「なっ……?!」
──当たらない。
彼は、まるで未来を見ているかのように、僕の攻撃を避ける。
いや、それだけじゃない。
信じられない光景が、目の前に広がる。
僕の剣が──指一本で止められた。
「……嘘だろ……?」
力を込めても、微動だにしない。
全力の、勇者の一撃が──まるで無意味であるかのように。
そして──
『炎雷二重奏魔法――焔雷衝』
轟音。
全身が、灼熱と電撃に貫かれる。
──腹が、消し飛んだ。
そう錯覚するほどの衝撃。
視界が一瞬、真っ白になる。
次の瞬間、身体が宙を舞う。
小石のように弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「……ッ!!」
全身が悲鳴を上げる。
痛い。
立ち上がる気力すら奪われる。
喉元から、血の味がこみ上げる。
「……ぁ……」
顔を上げる。
──"それ"が、歩いてくるのが見えた。
さっきまでの"少年"とは違う。
もはや、人間ですらない。
そこにいたのは──
"化け物"だった。