目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第39話 クソガキ育成日記「圧倒的敗北」

僕には、かつて師匠がいた。  


 ──クロウ・ヴァンガード様。  


 あの方は、僕を鍛えてくれた。  

 戦い方を教え、勇者としての道を示してくれた。  


 そして──  


 先の大遠征で、死んだ。


 信じられなかった。いや、信じたくなかった。  


 僕は勇者なのに。  

 あの人を守れなかった。  

 何も、恩を返せなかった。  


 どれだけ悔やんでも、現実は変わらない。  

 だけど、クロウ様の死を受け止めるには、まだ時間が足りなかった。  


 ──そんな時だった。  


 ギルド長に呼び出された。  


 最初は何の用か分からなかったが、言われたことは一つ。  


「カイン君に新しい師匠をつける」


 ──新しい師匠。  


 それは、クロウ様の代わりということだろうか?  

 まだあの人の死を受け止めきれてもいないのに?  


 納得はできなかった。  


 だが、僕は自分の未熟さを知っている。  

 このままじゃ、また大切な人を失うかもしれない。  


 だから、受け入れるしかなかった。  


「……分かりました」  


 そう答えた僕の前に、連れてこられたのは  


 ──子供?  


 僕と、ほぼ同じ年くらいの少年だった。  


「……は?」  


 一瞬、頭が真っ白になった。  


 新しい師匠? こいつが?  


 胡散臭さがすごかった。  

 なんせ、自分と同じくらいの年齢の奴が「師匠」だなんて。  


 僕はギルド長を見た。  


「ギルド長、本気ですか?」  


「ああ、本気だ」  


「でも……この人、僕と年が変わらないですよね?」  


「そうだな」  


「じゃあ、なぜ──」  


「今のカイン君に一番適している子だからだよ」  


 そう言われ、何も言い返せなくなった。  


 ──納得はできない。


 だけど、ギルド長の命令なら逆らえない。  


(……いいさ。どうせ、形式上の師匠ってだけだと思う)  


 この子の弟子として適当に従いながら、自分で強くなればいい。  


 そう思っていた。  


 だが──  


「僕は自分で強くなる」  


 僕がそう伝えた瞬間、その子は鼻で笑った。 


 そして、次の瞬間──  


「俺はお前より強い」 


 ──シュバッ!!  


 目にも留まらぬ速さで、剣が僕の首に突きつけられた。  


「!?」  


 反応すらできなかった。  


 まるで、僕の動きを完全に見切っていたかのような速さ。  


 この子……何者だ?  


「いいぜ、じゃあ勝負しようか」  


「……え?」  


「勝ったら、ギルド長に頼んで師匠を変えてやるよ」  


 静かな声。  

 だけど、その奥にあるのは圧倒的な自信と強者の気配。  


 ──ヤバい。  


 この子、ただの者じゃない。  


 それは本能で分かった。  


(……でも、だからって僕が負けるわけがない)  


 この子は実績稼ぎのために、ろくに教えもしないと明言してる奴だ。  

 それに、僕と同じ年くらいの子供に負けるなんてありえない。  


「……いいだろう。その勝負、受ける」  


 そうして、僕たちは訓練場へと向かった。



 ―――――




 訓練場に足を踏み入れた瞬間、周囲がざわついた。  


 ──当然だ。  


 勇者である僕が、同い年の子供と戦うのだから。


 冒険者たちの視線が突き刺さる。  

 信じられない、という顔をする者。  

 面白そうだと笑う者。  

 僕を心配そうに見つめる者。  


 だが、そんなのはどうでもいい。  


 この戦いに勝って、新しい師匠なんていう茶番を終わらせる。  


 僕は勇者なんだ。  

 "こんな奴"に負けるわけがない。  


「それじゃ、始めるか? いつでもかかってきていいぞ」  


 偉そうに戦いの開始を告げる少年。


 ──ふざけるな。  


「……後悔しても知らないぞ」  


 心の奥で苛立ちを抑えながら、剣を構える。  


 クロウ様に教わった通り、"本当の実力"を示すなら、相手が反応できない初撃を決めるべきだ。  


 だから──  


 最速の一撃を叩き込む。  


 地面を強く踏みしめ、視界スレスレまで体を沈める。

 同時に、一直線に踏み込む。  


 ──狙うは首。  


 一瞬で勝負を決める。  


「これで決まりだ……!!」  


 そう確信した、その刹那──  


「……え?」 


 視界から、相手の姿が消えた。  


 僕の剣は、虚しく空を切る。  


 ──どこに……?  


「はい、おしまい」  


 耳元で、声がした。  


 そして──  


 冷たい刃が、僕の首元に触れる。  


「俺が本気だったら、今のでお前の首は飛んでるぞ?」  


 ……何が、起こった?  


 理解が追いつかない。  

 信じられない。  


 だけど、否定できない。  


 ──僕は、負けたのか?  


 こんな、同い年の子供に……?  


「まだ終わりじゃない!!」


 喉が枯れるほど叫んだ。  


「僕は勇者だ……! こんなところで負けるわけにはいかない……!!」  


 恐怖を振り払うように、僕は全力を解放する。  


 神より授かりし"聖属性の魔力"──完全解放。  


 光が迸る。  

 僕の周囲に、神聖なオーラが渦巻く。  

 訓練場が"聖域"となるほどの威圧感。  


 剣を構え、全身に魔力を纏わせる。  


 ──もう手加減はしない。  


「これならどうだ……!!」  


 咆哮とともに、地面を蹴る。  

 神速の一撃。  

 岩をも断ち切る剣閃。  


 だが──  


「なっ……?!」  


 ──当たらない。  


 彼は、まるで未来を見ているかのように、僕の攻撃を避ける。  


 いや、それだけじゃない。  


 信じられない光景が、目の前に広がる。  


 僕の剣が──指一本で止められた。  


「……嘘だろ……?」  


 力を込めても、微動だにしない。  


 全力の、勇者の一撃が──まるで無意味であるかのように。  


 そして──  


『炎雷二重奏魔法――焔雷衝』


 轟音。  


 全身が、灼熱と電撃に貫かれる。  


 ──腹が、消し飛んだ。 


 そう錯覚するほどの衝撃。  


 視界が一瞬、真っ白になる。  


 次の瞬間、身体が宙を舞う。  


 小石のように弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。  


「……ッ!!」  


 全身が悲鳴を上げる。  


 痛い。  


 立ち上がる気力すら奪われる。  


 喉元から、血の味がこみ上げる。  


「……ぁ……」  


 顔を上げる。  


 ──"それ"が、歩いてくるのが見えた。  


 さっきまでの"少年"とは違う。  


 もはや、人間ですらない。  


 そこにいたのは──  


 "化け物"だった。  





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?