目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第40話 クソガキ育成日記「挫折」

――これは、絶対的な敗北だった。


 それも、自分と同じ年の、ただの少年に。


 全身に突き刺さる屈辱と、息苦しくなるほどの無力感。  

 この胸を抉る現実から、逃げ出したいほどだった。


「お前は、勇者でもなんでもない。ただのクソガキだ。」


 突きつけられた言葉は、鋭い刃のように心を切り裂く。  

 勇者であるはずの自分が、まるで裸にされたかのような錯覚。  

 言葉を返さなければ、自分が崩れてしまいそうで、必死に言い返す。


「僕は……僕は……! それでも戦わなければいけないんだ……!」


 声が震える。  

 だが、想いだけは、真実だった。


「それでも強くならなければならない。それが……クロウ様にできる、唯一の恩返しなんだ……!」


 脳裏に浮かぶのは、あの人の背中。  

 何もできなかったあの日。  

 守れなかった後悔。  


 クロウ様に褒められた日々。  

 その一言が、どれほど自分を支えていたのか。


「クロウ様は言っていたんだ……。  

 夢は、願い続ければ絶対に叶うって……!」


 小さな祈りのように、言葉を紡いだその時―


「……おい、クソガキ。それは違う。  

 クロウも、頭の中はお花畑だったのか?」


 その一言に、頭が真っ白になる。  


「なっ……クロウ様を馬鹿にするな!!」


 怒鳴り返す。だが、その激情すら、彼は冷たく流し斬る。


「夢は願い続ければ叶う? 笑わせるな。それは、夢を叶えた奴が後から語る戯れ言だ。」


 淡々とした口調。  

 まるで世界の真理でも語るように。


「どれだけ努力しても、願い続けても……夢は叶わない。才能がなければな。」


「そんな……」


 崩れる。  

 心の支えだった言葉が、音を立てて崩れていく。


 願い続ければ叶うと信じていた。

 だから努力することができた。  

 それが、嘘だと――告げられた。


「現実を見ろ、クソガキ。お前の剣は未熟すぎる。勇者なんて肩書きがあっても、所詮は人間の域を出ていない。」


 才能がない。  

 そう断じられた一言が、心臓を握り潰すように響く。


「僕は……どうすれば……!」  

 震える手で、涙をこらえながら、問いかける。


 彼は、それでも静かに言った。


「お前がどうするかは、自分で決めろ。“勇者”の称号なんてどうでもいい。お前自身が、何を信じ、何を望むのかだ。」


 突き放すようでいて、確かにその声には、何かが込められていた。


「誰かの言葉を信じてるだけじゃ、お前は一生“偽物”のままだ。」


“偽物”。  

 その言葉が、心に深く刺さる。  

 今の自分には、何もない。  


“勇者”じゃないなら、自分は何者なんだ?


「だがな……」  

 彼の声が、少しだけ柔らかくなる。


「走り続けなければ、壁にすらぶつかれない。お前がここで止まるなら、それまでの男ってことだ」


 ただ否定されたのではなかった。  

 諦めるなと、走れと、伝えてくれていたのだ。


 自分で選べ。  

 誰かのためでも、肩書きのためでもなく―


「……自分で、決める……!」


 目を閉じる。深く、呼吸をする。  

 自分の中の、か細い炎を見つめる。




 彼は、訓練場に背を向けて、言葉もなく去っていった。  

 まるで「もう用はない」と言うように、冷たく、淡々と。


 残された僕は、地面に座り込んだまま、ただ呆然と見上げていた。 


(僕は……これから、どうすればいいんだろう)


 剣も通らない。  

 魔法も届かない。  

“才能がない”と、真正面から突きつけられて。  

 その事実は、僕の中にあった薄々の不安を、確信へと変えてしまった。


(僕は、勇者に……向いていない?)


 足元に落ちた影が揺れる。  

 それは、まるで「期待されていた何か」が崩れ落ちた証のようで――  

 けれど、それでも、胸の奥に残った“想い”が消えなかった。


 ――僕は、勇者だ。  

 才能がなかったとしても。  

 誰かに否定されたとしても。  

 この“称号”に誓って、戦わなければならない。


 クロウ様が命を懸けて繋いだ未来を、ここで僕が投げ出していいはずがない。


(……だったら、やるしかない)


 これまでの自分に終止符を打つように、強く、拳を握った。


 震えていた。怖かった。  

 けれど、その震えを、言い訳にはしなかった。


「強く、なる。俺は、絶対に強くなるんだ……!」


 覚悟は、口にした瞬間から、心を押し出す力になる。  

 立ち上がったその足取りは、まだぎこちなく、  

 けれど確かに前へ進もうとしていた。


 向かった先は、冒険者ギルドの受付――  

 ミーアさんがいつも微笑んで迎えてくれる場所だ。


 けれど今日は、違った。  

 僕は、決意を持ってここに来た。


「……ミーアさん。お願いがあります。あの人に、正式に――弟子にしてくださいって、伝えてもらえませんか!」


 息を切らせながらそう言うと、ミーアさんは少しだけ目を見開き、  

 それから、ふっと優しく笑った。


 「もちろんです。というか、それがあの方が受けた依頼なんですから!!」

 ちょっと怒ったような口調で戯けて言う。


 あの言葉も、あの一撃も。

 痛みも、敗北も、全部僕が成長する為の糧にしてやる。


 今、ようやく僕は、“本当の一歩”を踏み出せる。


「伝えておきます。……でもね、勇者様」


 ミーアさんが、真剣な顔で僕に告げた。


「ここから先は、本当に地獄ですよ。彼についていくということは、死と隣り合わせになるということ。覚悟は、できてますか?」


(……うん、分かってる)


「はい。僕は、偽物で終わりたくない。だから……その地獄ごと、乗り越えます」


 その瞬間、ミーアさんは静かに頷いた。


 その姿はまるで、これから始まる“本当の冒険”への扉が、静かに開かれたようだった。


 そして、その先にあるのは――


 まだ知らない自分自身の、可能性。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?