――これは、絶対的な敗北だった。
それも、自分と同じ年の、ただの少年に。
全身に突き刺さる屈辱と、息苦しくなるほどの無力感。
この胸を抉る現実から、逃げ出したいほどだった。
「お前は、勇者でもなんでもない。ただのクソガキだ。」
突きつけられた言葉は、鋭い刃のように心を切り裂く。
勇者であるはずの自分が、まるで裸にされたかのような錯覚。
言葉を返さなければ、自分が崩れてしまいそうで、必死に言い返す。
「僕は……僕は……! それでも戦わなければいけないんだ……!」
声が震える。
だが、想いだけは、真実だった。
「それでも強くならなければならない。それが……クロウ様にできる、唯一の恩返しなんだ……!」
脳裏に浮かぶのは、あの人の背中。
何もできなかったあの日。
守れなかった後悔。
クロウ様に褒められた日々。
その一言が、どれほど自分を支えていたのか。
「クロウ様は言っていたんだ……。
夢は、願い続ければ絶対に叶うって……!」
小さな祈りのように、言葉を紡いだその時―
「……おい、クソガキ。それは違う。
クロウも、頭の中はお花畑だったのか?」
その一言に、頭が真っ白になる。
「なっ……クロウ様を馬鹿にするな!!」
怒鳴り返す。だが、その激情すら、彼は冷たく流し斬る。
「夢は願い続ければ叶う? 笑わせるな。それは、夢を叶えた奴が後から語る戯れ言だ。」
淡々とした口調。
まるで世界の真理でも語るように。
「どれだけ努力しても、願い続けても……夢は叶わない。才能がなければな。」
「そんな……」
崩れる。
心の支えだった言葉が、音を立てて崩れていく。
願い続ければ叶うと信じていた。
だから努力することができた。
それが、嘘だと――告げられた。
「現実を見ろ、クソガキ。お前の剣は未熟すぎる。勇者なんて肩書きがあっても、所詮は人間の域を出ていない。」
才能がない。
そう断じられた一言が、心臓を握り潰すように響く。
「僕は……どうすれば……!」
震える手で、涙をこらえながら、問いかける。
彼は、それでも静かに言った。
「お前がどうするかは、自分で決めろ。“勇者”の称号なんてどうでもいい。お前自身が、何を信じ、何を望むのかだ。」
突き放すようでいて、確かにその声には、何かが込められていた。
「誰かの言葉を信じてるだけじゃ、お前は一生“偽物”のままだ。」
“偽物”。
その言葉が、心に深く刺さる。
今の自分には、何もない。
“勇者”じゃないなら、自分は何者なんだ?
「だがな……」
彼の声が、少しだけ柔らかくなる。
「走り続けなければ、壁にすらぶつかれない。お前がここで止まるなら、それまでの男ってことだ」
ただ否定されたのではなかった。
諦めるなと、走れと、伝えてくれていたのだ。
自分で選べ。
誰かのためでも、肩書きのためでもなく―
「……自分で、決める……!」
目を閉じる。深く、呼吸をする。
自分の中の、か細い炎を見つめる。
彼は、訓練場に背を向けて、言葉もなく去っていった。
まるで「もう用はない」と言うように、冷たく、淡々と。
残された僕は、地面に座り込んだまま、ただ呆然と見上げていた。
(僕は……これから、どうすればいいんだろう)
剣も通らない。
魔法も届かない。
“才能がない”と、真正面から突きつけられて。
その事実は、僕の中にあった薄々の不安を、確信へと変えてしまった。
(僕は、勇者に……向いていない?)
足元に落ちた影が揺れる。
それは、まるで「期待されていた何か」が崩れ落ちた証のようで――
けれど、それでも、胸の奥に残った“想い”が消えなかった。
――僕は、勇者だ。
才能がなかったとしても。
誰かに否定されたとしても。
この“称号”に誓って、戦わなければならない。
クロウ様が命を懸けて繋いだ未来を、ここで僕が投げ出していいはずがない。
(……だったら、やるしかない)
これまでの自分に終止符を打つように、強く、拳を握った。
震えていた。怖かった。
けれど、その震えを、言い訳にはしなかった。
「強く、なる。俺は、絶対に強くなるんだ……!」
覚悟は、口にした瞬間から、心を押し出す力になる。
立ち上がったその足取りは、まだぎこちなく、
けれど確かに前へ進もうとしていた。
向かった先は、冒険者ギルドの受付――
ミーアさんがいつも微笑んで迎えてくれる場所だ。
けれど今日は、違った。
僕は、決意を持ってここに来た。
「……ミーアさん。お願いがあります。あの人に、正式に――弟子にしてくださいって、伝えてもらえませんか!」
息を切らせながらそう言うと、ミーアさんは少しだけ目を見開き、
それから、ふっと優しく笑った。
「もちろんです。というか、それがあの方が受けた依頼なんですから!!」
ちょっと怒ったような口調で戯けて言う。
あの言葉も、あの一撃も。
痛みも、敗北も、全部僕が成長する為の糧にしてやる。
今、ようやく僕は、“本当の一歩”を踏み出せる。
「伝えておきます。……でもね、勇者様」
ミーアさんが、真剣な顔で僕に告げた。
「ここから先は、本当に地獄ですよ。彼についていくということは、死と隣り合わせになるということ。覚悟は、できてますか?」
(……うん、分かってる)
「はい。僕は、偽物で終わりたくない。だから……その地獄ごと、乗り越えます」
その瞬間、ミーアさんは静かに頷いた。
その姿はまるで、これから始まる“本当の冒険”への扉が、静かに開かれたようだった。
そして、その先にあるのは――
まだ知らない自分自身の、可能性。