目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第44話 嫌な予感は確実に当たる

「幽鬼?」


 ギルドの奥で聞こえた騒ぎを聞きつけて駆け寄ると、俺の横でクソガキがミーアさんに問いかけていた。


「ミーアさん、幽鬼ってなんですか?」


「……そうですね。皆さんの中にも知らない人が多いと思うので説明しますね」


 ミーアは深呼吸ひとつ、周囲の冒険者たち全員に聞こえるように堂々と答えた。


「幽鬼とは、死者の魔力が特殊な力場に引き寄せられて偶発的に発生する魔物です。危険度は最大でもC級程度。ですが、物理攻撃が効きません。倒すには魔法によって魔力構造を崩す必要があります」


 ふむ、なるほど。まるで幽霊みてぇなもんだな。  

 お約束の物理無効まで備えてやがるってのが、また厄介だ。


「それと、幽鬼の主な攻撃手段は精神汚染です。特に聖属性を持たない冒険者は要注意ですね。近づかず、遠距離から攻撃するのが理想です」


 つまり――  

 聖属性持ちのクソガキと、魔法火力の高い俺の出番ってわけか。


「おい、クソガキ。倒しに行くぞ」


「は、はい!」


 クソガキを連れてギルドの扉を勢いよく開けると、背後から怒声が飛んできた。


「クソガキ? ラグナさん、誰に向かってそんな無礼な呼び方してるんですか!?」


 ……やっべ。ミーアさんの存在、完全に忘れてた。


 振り返る余裕もなく、俺は全力で叫ぶ。


「すみませ~ん! 言い間違えましたぁぁぁ!!」


 とにかく謝りながらも、街の西――幽鬼が現れたという現場へと向かっていく。




「歪な魔力反応があるのは、あっちの方か?」


 建物の屋根を伝って疾走しながら、俺は周囲を観察した。


「はい。街の人たちもそっちから避難してきてます」


 夜の帳が降り始める中、俺たちは人混みを避けて屋根伝いに前進する。  

 見えてきたのは、ゼラストラ西部の居住区。


 そこに――いた。


「……見えた、あれか」


 空気が明らかに重い。地面から立ち上るような陰気、視界を歪ませる黒い塊。


 あれが幽鬼――人の形を保ちつつも、まるで墨汁が垂れ流されたような存在。  

 輪郭がぼやけ、白っぽい肌には生気のカケラもなく、黒く窪んだ目が不気味な光を宿している。


 その異形が、数体。


「クソガキ。援護頼んだぞ」


「任せてください」


 俺たちが到着する頃には、先に来ていた冒険者たちが避難誘導に回っていた。  

 なら、こっちは――殲滅だ。


『炎雷支配――炎魔法 炎球』


 掌から放たれた火球が唸りを上げて飛ぶ。  

 直撃した幽鬼は、一瞬で燃え上がり、形を失いながら黒い灰となって地に落ちた。


「なるほど、脆いな。見た目ほどでもねぇか?」


 気を抜くのは早い。数こそ多いが、個体の耐久力は大したことはない。  

 問題は、触れられる前に倒すってことだ。


「クソガキ、そっちはどうだ?」


「はい! 全部斬りました!」


 聖属性を纏った剣が閃き、幽鬼を切り裂く。  

 刀身が通った軌跡を境に、幽鬼たちが一刀両断になりバタバタと倒れる。


 また、動き出すかも知れないから念の為にクソガキが斬り倒した幽鬼は後で焼くことにしよう。


 数十分後、最後の一体が灰になると、ようやく街に静けさが戻った。


「逃げ遅れた人はいないか?」


「はい、彼女で最後です。腕を噛まれてましたが、冒険者が保護してくれました」


 俺はその女性の無事を確認し、軽く息を吐いた。


「……一件落着ってとこか?」


「ですね。重傷者もいなかったのは不幸中の幸いです」


 妙にあっけない。 


 けれど、あの嫌な予感。ずっと心に引っかかってた、あのざらつく感覚が消えない。


「……何か、見落としてるか?」


 そんなモヤモヤを抱えながら、ギルドに戻ることにした。



 ――――




「無事、討伐完了しました」


 ギルドに戻り、報告を済ませる。  

 出迎えてくれたのは、ギルド長。穏やかな笑みは変わらないが、その目は、何かを見通している気配だった。


「ありがとうね、ラグナ君」


「じゃあ、俺はこれで――」


 そう言って立ち去ろうとした時、ギルド長が俺を呼び止めた。


「ちょっと待ってね。この幽鬼騒ぎで、何か気づいたことはなかった?」


「気づいたこと……?」


 その声に、ふと引っかかる。


 俺と同じようにギルド長も違和感を感じているのか?


「ギルド長、何か違和感を感じ……」


 ギルド長の問いに答えようとした、次の瞬間


「ラグナ」


 リシェルの声が、背後から静かに響いた。


「ミーアさんが呼んでるよ。“クソガキ”って呼んだ件で、まだ怒ってるみたい」


「うわ、やべっ!」


 冗談抜きで幽鬼より怖ぇ。ミーアさんの怒りは蓄積型だ。早急に謝罪が必要だ。


「ギルド長、すみません。話はまた今度!」


 俺がそそくさと奥へ向かおうとした時、ギルド長がぽつりと呟いた。


「……いいよ。行っておいで。僕の……勘違いだったみたいだしね」


 その声は、何かを呑み込むようなそんな話し方だった。

 けれど、俺はそんなことに気をかける余裕もなく、ミーアさんにどう謝ろうと考えながらギルドの奥に駆けていった。



 ――――



「貴方は毎回、毎回……勇者様をなんだと思ってるんですかあーーーーーー?!!!」


 ミーアの怒声がギルド内に響き渡った瞬間、ギルド内の冒険者たちが一斉に背筋を伸ばし自分も怒られないようにとそそくさと家に帰ろうとする。  


 そんな中でギルド長は誰にも見られぬよう、静かに窓の外を見つめながら、こう呟いた。


「それが……世界の為だというのなら――」


 夜の帳が深く落ちたゼラストラの街を見下ろしながら、彼の言葉は消えていく。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?