「……おい、なんかお前ら、成長しすぎじゃね?」
森の血の匂いを吸い込んだ空気の中、俺は目前に並ぶ三人の姿をまじまじと見上げていた。
明らかに“格”が違う。
ただの戦闘狂の集団だったはずの三人が――
今は、風格すら纏った“存在”へと進化しているのが分かる。
「ふむ、王。ご無沙汰しております」
まず静かに一歩前へ出たのは、鬼童丸。
凛とした立ち姿、背筋をまっすぐに伸ばし、腰には研ぎ澄まされた一振りの刀を差している。
以前よりも身長は伸び、今や俺の三倍はあろうかという巨体だ。
だがその巨躯には無駄がなく、しなやかな“武”の力を感じさせる。
額には二本の角。
精悍な顔つきと落ち着いた瞳は、もはや人間にすら見えない。
「我ら三名、修行の果てに進化を果たし、
堅苦しいまでに律儀な口調と礼に、俺は思わず苦笑した。
「いや、別にそこまでかしこまらなくてもいいけどな……」
「なにを仰います。我らが忠誠を捧げたのは、他ならぬラグナ様。そんなラグナ様に砕けた口調で会話などできませぬ」
頑なに主従関係を守るあたり、相変わらず真面目すぎる。
けど、こういう奴がいるから俺は何とか立っていられるのかもしれない。
「……報告の続きは私が」
横に立つ温羅が一歩進み出る。
その姿は以前と比べて、明らかに美しさを増していた。
スラリとした肢体、整った顔立ち、そしてなにより――
その背に担がれた、常識外れな巨大な大斧。
細身の体に似合わぬ武器が、不気味なほど調和している。
「私も同じく
冷静沈着で、無駄のない言葉。
けれどその口調の裏には、王に対する絶対の忠誠があった。
彼女がその気になれば、ゼラストラの城壁くらいなら一撃で粉砕できるだろう。
「頼りにしてるぜ。だけど、ゼラストラ壊すなよ?」
「ええ、王のご命令とあらば、いかなる抑制もいたします」
すげぇ物騒なことを冷静に言うんじゃねぇ。
そして――最後に姿を見せたのは、金棒を肩に乗せて歩いてくる、華奢な影。
「ふふーん、夜叉なのです!」
夜叉は他の二人とは対照的に、なぜか縮んでいた。
身長は俺と同じくらい……いや、ちょっと低いか?
外見だけ見れば幼女と勘違いされてもおかしくない。
だが、その小さな体の中に秘められた力は、まさに異形。
口元から覗く獰猛な牙、額に生えた立派な二本角、そして何より――
「進化した夜叉は、今までより、もっともっと強いのです!!」
嬉しそうに跳ねながら、彼女は金棒を振るう素振りをしてみせた。
それだけで、森の空気がビリビリと震える。
「わたし、最近はね~、森の魔物たちが一撃で潰れるのが楽しくてしょうがなかったのです!」
「そりゃあ……C級どころか、暗黒狼まで消し飛ばしてるの見りゃ納得だわ」
「また王と一緒にいっぱい戦えるって聞いて、すごくうれしいのです!わたし、頑張るのです!」
はしゃぎながら距離を詰めてくる夜叉。
思わず少しだけ後ずさった。
見た目が可愛くなった分、殺意のギャップが怖いんだよ、こいつは。
三人――いや、三柱の大鬼は、それぞれが明確に“進化”していた。
気配、魔力、存在感。
何もかもが、ひとつ上の次元に達している。
「……お前ら、マジでとんでもないとこまで来たんだな」
「王の導きがあったからこそ。感謝しております」
「これまで以上に王の力になれることに喜びを感じています」
「えへへ~! 王が誇れるように頑張ったのですっ!」
三人の姿を前にして、心の奥がじんわりと熱くなる。
あのとき、手を差し伸べてよかった。
一緒に戦って、一緒に笑って、一緒に……生き延びてきた。
こいつらは俺の誇りだ。
―――――
「みなさーん! 順番に並んでくださーい!」
陽の光が眩しい昼下がり。ゼラストラの街角、にぎわう通りの一角で、僕――カイン・アスベルトは声を張り上げていた。
ラグナさんと別れ、今日は僕一人で依頼をこなしている。
といっても、剣を振るうようなものじゃない。
今回の依頼は、今街で話題沸騰中の相談屋――シャルノバさんのサポートだ。
街の不安が広がる中、人々の悩みに耳を傾け、願いを聞き入れる彼(彼女?)の屋台は、連日長蛇の列。
「……勇者様が整理をしてくださるとは、本当に感謝の言葉もありません」
列が少し落ち着いた頃、休憩に出たシャルノバさんが微笑みながら僕に声をかけてくれた。
その笑顔は、どこか不思議な安心感をくれる。
見た目は派手で、道化のような衣装なのに……言葉の一つ一つが優しく、深い。
「いいえ。感謝したいのは僕の方です」
僕は自然と頭を下げていた。
「ゼラストラの人たちの悩みに寄り添い、希望を与えてくれるなんて……本来は、僕がしなきゃいけないことなんです。勇者として」
「勇者様は、もう十分すぎるほど頑張っておられますよ」
「それでも、僕は……」
言葉に詰まる。
胸の奥に渦巻く情けなさが、どろりとにじみ出てくる気がした。
「では、ひとつご提案があります」
シャルノバさんは手を胸に当てて、丁寧に言った。
「よければ、貴方の悩みを私に話していただけませんか? 願いごとでも構いません。少しでも、勇者様の力になれたらと思います」
「えっ、僕がですか……? でも、皆さんが並んでるのに、僕だけ相談するなんて……」
「いえいえ、今日は手伝ってくださっているお礼です。それに、もし後ろめたさがあるなら――」
言いながら、彼はにこりと笑う。
「今後、私の相談屋をゼラストラの皆さんに宣伝してくださるだけで十分です。勇者様が信じてくださっていると知れば、それだけで多くの人が足を運んでくれます。それはきっと、ゼラストラを救う一歩になりますよ」
「……はい、分かりました。そこまで言っていただいて、ありがとうございます」
この人は――本当にすごい人だ。
まるで何もかも見透かしてるようで、それでいて、押しつけがましくない。
僕は、椅子に腰かけて、深く息を吸った。
「……最近、自分の力不足に悩まされていて……」
シャルノバさんは、黙ってうなずく。
まるで、言葉が出るまでずっと待っていてくれるように。
「……この前、僕と同い年の子に、完敗したんです。剣も魔法も、何もかもが敵わなかった。訓練しても、修行しても、助けられてばかりで……こんなんで、勇者なんて名乗ってていいのかなって……」
情けなかった。
思い出すだけで、喉の奥が痛くなる。
でも、胸の奥で疼くのは、それだけじゃない。
――クロウ様に、何も返せなかった自分。
「……そんな自分が、本当にみんなを救えるのかなって。最近は、そればっかりです」
少し俯いて、唇を噛みしめたそのとき。
「勇者様らしい悩みですね」
柔らかく、包むような声だった。
「でも、貴方は強い。心が折れていない。それに、誠実で、まっすぐ。……あとは、貴方を正しく導いてくれる者さえ、そばにいれば」
「導いてくれる……人……」
その言葉に、自然と浮かんできたのは、あの人の顔だった。
穏やかに、だけど鋭く導いてくれた――クロウ様。
もう、戻ってこないと分かっているのに。
「……クロウ様に、もう一度……会いたい……」
気づけば、言葉と一緒に涙がこぼれていた。
今でも、ずっと心の中にいる。
どれだけ追いつこうとしても、届かない背中。
それでも僕は、もう一度、あの人の姿を見たい――
『インフェルナル・バインド』
ふいに、耳元で不思議な響きが聞こえた。
シャルノバさんが静かに唱えた、それは呪文のような、祈りのような――不気味に、美しい言葉だった。
「インフェルナル・バインド……?」
「願いを叶える、おまじないですよ。――貴方の本当の願い、きっと叶います」
その言葉に、僕は一瞬だけ息をのんだ。
不思議と、何かが繋がったような感覚が胸を貫く。
「……ありがとう、ございます」
きっと、気を使ってくれたんだ。
叶わないって分かっている願いだ。
だけど、言葉にすることで、少しだけ心が軽くなった気がした。
シャルノバさんは、何も言わず、ただ微笑んでいた。