「――で、原因は
ギルドカウンターに報告に戻ると、ミーアさんが硬直した。
「……
「そうですね。3体の
「えっ、三体も!? ラグナさん、無事で本当に良かったです……!」
その表情は心底ホッとしたというより、胃を押さえてる苦労人みたいな感じだった。
「一応、こっちで追い払っておいたので、もう黒狼の森には出てこないはずです」
「追い払った……? え、ラグナさん……まさか、戦ったんですか? あれほど戦うなと――」
「えーと、はい……その……いきなり襲われたから、防衛本能で……」
「はぁあああ……もう、ラグナさんは本当に、私の言うことを聞かない……!」
ミーアさんが頭を抱えた。血相を変えている。
本当は戦っていないんだがそれを言うと色々バレてしまいそうだから追い払ったことにするしかない。
「まぁ、今回はゼラストラを救ってくれたということで、不問にします。……ただし!」
「は、はいっ」
「次は本当に気をつけてください。あなたはゼラストラ・ギルドの期待のエースなんですから」
「……もちろん、気をつけます。今後は慎重に……慎重に張り切ります!」
「張り切れとは言ってません!?」
そんなこんなで、説教未遂の報告は終了した。
さて――
「このあと、どうすっかな……」
空を見上げると、まだ太陽は空の高みにある。
樹海の渓谷に行くには、微妙に時間が足りない。
中途半端に空いた時間、どうするか悩んだ末――
「……たまには街を歩いてみるか」
そういえばゼラストラに来てから、まともに観光ってしてなかったな。
門を背にして、街の中心へ歩いていく。
通りには活気があり、屋台からは香ばしい匂い。魔法具の露店、手品を披露する子ども、吟遊詩人の竪琴――どれもが穏やかで、温かい。
「兄ちゃん、えらいなぁ~! おつかいか? これ持ってけ」
「え、あ……ああ、ありがと」
屋台の親父さんが、俺に焼き団子を一串くれた。
……多分、子供と間違えられた。まぁいい。
「……うまっ」
少し焦げたタレが香ばしく、モチモチした団子に染み込んでる。
甘さと塩味のバランスが絶妙で、思わずもう一本欲しくなる出来。
(……これはリピート確定だな)
満足げに歩きながら、街の中心――魔法研究区画へと足を運ぶ。
ゼラストラは魔法都市とも呼ばれていて、中央には国家直属の魔法研究施設がそびえている。
白亜の塔がいくつも並び、街のどこからでも見えるその光景は、まるで都市そのものが魔力で成り立っているかのようだ。
(……ま、入ろうとしたら門前払いされたけどな)
研究施設は関係者以外立ち入り禁止。つまり、俺のような冒険者はお呼びじゃないらしい。ちぇっ。
そのときだった。
路地の向こうから、聞き覚えのある元気な声が飛び込んできた。
「みなさーん、シャルノバさんの相談屋へ行けば、悩みが解決されますよー!」
(……は?)
思わず足を止めて、声のした方向に顔を向ける。
いた。
あのクソガキ――カイン・アスベルトが、いつも通り小便臭い笑顔で人々に話しかけていた。
「シャルノバさんは本当に素晴らしい方です! どんな悩みにも耳を傾けてくださいます! 僕自身も、すごく救われました。だから皆さんも……ぜひ!」
通りかかった人々に頭を下げ、熱意を込めて語り続けるその姿は――
(おいおいおい……まさかマルチ詐欺始めたのか?)
勇者がマルチ詐欺してるとか、もう末期すぎるだろ。
完全にシャルなんちゃら信者になってる。
いや、たしかにカインは真面目で純粋だ。人の心を救いたいって願う勇者らしさは分かる。
でも、それにしても熱が入りすぎてる。なんか危ない匂いがする。
(けれど……絡まれると面倒だな)
俺は気配を抑え、そっと路地裏を通ってその場を離れることにした。
シャルなんちゃらだったか?
誰か知らないが善意を謳って人助けをしてるやつなんか、詐欺師だと十中八九決まっている。
警戒しておく必要がありそうだ。
――――
あれから――数日が経った。
僕、カイン・アスベルトは、勇者としての剣を置き、ひたすらシャルノバさんの依頼を受け続けていた。
本来なら、ラグナさんとの訓練を怠るなんていけないことだ。
けれど、それでも後悔はしていない。
なぜなら、シャルノバさんの相談屋から出てくる人は、皆が笑顔だったからだ。
貧困に苦しむ母親。
行き場を失った老兵。
家族を喪った少女。
心の闇を抱えた冒険者。
その誰もが、シャルノバさんのもとから立ち去るときには、晴れやかな顔で歩き出していた。
彼は、希望を与えてくれていた。
ゼラストラという不安定な街に、少しずつ、確かな明るさを取り戻していた。
「本当に、すごい人だよ……シャルノバさんは」
そう思わずにはいられなかった。
最近では、魔法学院の高位術師や研究員たちもこぞって相談屋を訪れていた。
その求心力はまさしく聖者――いや、神託を授ける者のようにすら見えた。
「今、自分にできることをやろう。ゼラストラのために。人々のために」
その気持ちに、一点の曇りもなかった。
「カインくん、本当にありがとうね」
いつものように整理作業を終え、小屋の扉がきぃと開いた。
中から現れたのは、シャルノバさん。
道化の仮面を思わせるメイクと、ひらひらした衣装。
それでも僕には、彼が善意の塊にしか見えなかった。
「こっちこそ、シャルノバさんのおかげで、ゼラストラの皆が笑顔を取り戻せました。
本当にありがとうございます……!」
僕は、心からの感謝を口にした。
けれど――次の瞬間。
「いやぁ、本当に感謝してるよ。君のおかげで――私の計画はついに完成したんだから」
「……けい、かく……?」
シャルノバさんの口元が、カチリと歪んだ。
その表情は、今までのどの笑顔とも違った。
優しさの欠片もない。
慈愛も温もりも感じられない。
まるで――人の顔をした、何か別のものだった。
『
シャルノバさんが低く詠唱を囁いた瞬間、
僕の背筋に、悪寒が走った。
『―――
その言葉と共に、空間がねじれる感覚に襲われる。
「な、なに……?」
『願いよ顕現し我が力となれ――〈強欲〉〈無謀〉〈傲慢〉〈嫉妬〉〈怠惰〉〈虚栄〉〈恐怖〉』
シャルノバの声が、魔力に染まり変質していく。
そして――
ゼラストラの空が割れた。
都市の各地で、光の柱が天から降り注いだ。
魔法でも、神聖術でもない、禍々しい光。
僕のすぐ傍でも、人々の体に光柱が立ち昇っていた。
それは、かつて相談屋から笑顔で出てきた人々――彼らの体から。
「な、何が……起きて……る……!?」
苦しい。
胸が焼けるように痛い。
身体の奥から、何かが抜き出されていくような感覚。
そのとき、シャルノバが懐から取り出したのは、漆黒の箱だった。
蛇の文様が彫られたその箱が、まるで生きているかのように蠢き――
「さぁ、箱は開いた」
箱が、口を開けた。
その瞬間、僕の身体は見えない力に引き寄せられるように浮き上がり――
「や……め……ッ……!」
必死に手を伸ばす。叫ぶ。もがく。
けれど、身体はまるで選ばれたように、抗えず――
吸い込まれていく。
意識が遠のく寸前、街の中でも同じように六人の男女が光に包まれ、次々と箱へと引き込まれていくのが見えた。
(これって、僕が……やったのか……?)
最後に胸を締めつけたのは――
悔しさでも、恐怖でもなく。
罪悪感だった。
そして、カインが飲み込まれた箱の前に、
ひとりの道化が静かに立っていた。
「さぁ――これで舞台は整った」
かつて人々を癒やしていた笑顔は、今や嗜虐と歓喜の混じるものへと変貌していた。
「無垢で、未熟で、哀れで、愚かな七つの願い……選りすぐりの
空が鳴った。風が止んだ。
道化、否――黒き傀儡師シャルノバは、箱を抱えてくるくると回る。
「神よ、見ていてください。この私、神命・
与えられた啓示は『世界に混沌を』
今、