ギルドの掲示板で依頼を探していたその瞬間――
「……なんだ?」
空気が変わった。
重い。焼けた鉄のような、どす黒く濁った何かが街全体に広がっていく。
俺は掲示板を見るのもそこそこに、ギルドの扉を蹴破る勢いで飛び出した。
「……は?」
視界に広がるのは、ゼラストラの空を裂く無数の光の柱だった。
しかもその柱は、空から差しているわけじゃない。
人間の身体から立ち上っている。
あの日の――幽鬼騒動がフラッシュバックする。
だけど、これはあの時より明らかに異常だ。
禍々しい光に包まれた人々は、もがき苦しみ……やがて、崩れた。
皮膚が、骨が、形が……人間の輪郭を保てなくなっていく。墨汁が滲むように輪郭がかすれていく。その姿はあの夜の幽鬼とそっくりだった。
「幽鬼、なのか……? いや、違う……違うぞ」
すぐにミーアさんの言葉が脳裏によぎった。
――幽鬼とは、死者の魔力の残滓が偶然の力場に引き寄せられて生まれる魔物。
――実体はない。だから、物理は効かず、魔法で消し去るしかない。
けれど、今目の前で起こっているのは人間の身体が光に呑み込まれて姿を変えている現象だ。魔力が形を成したのとは根本的に違う。
それに、今考えると俺があの夜戦った幽鬼たちもどこか違和感があった。
幽鬼達は俺の炎で燃えて灰になった。
クソガキ……いや、カインに斬られた後も実体が残っていた。
そして、襲われた人達は噛まれたり引っかかれて怪我をしていた。
「……違う。あれは、“幽鬼”なんかじゃなかったんだ」
ようやく気づく。
――あの時から、すでに始まっていたのだ。
「くそっ、あの時ちゃんと……もっと聞いておけば!」
悔しさが噴き出す。
でも、もう過去は変わらない。
現実から目を逸らすな――今がすべてだ。
「……逃げるか?」
ぽつりと、自分の本音が漏れた。
別に、ゼラストラに特別な思い入れがあるわけじゃない。
ここでゼラストラの人が襲われて死のうが、生き延びようが、俺の日常には影響はない。
命が大事。それが俺の信条だ。
「――冒険者の皆さん!!」
そのとき。
ギルドの上階から、ミーアさんの声が響いた。
「非常事態緊急依頼です! 報酬はすべてゼラストラギルドが負担します!……どうか、どうか、ゼラストラの人々を救ってください!お願いします……!!」
その声は震えていた。
けれど、それでも――必死で叫んでいた。
「任せろ!」
「当たり前だぜ、ミーアさん!」
冒険者たちが立ち上がる。
恐怖に負けず、剣を構え、仲間と声を掛け合っていた。
俺は――どうする?
選択肢はふたつ。
逃げるか。
残るか。
本能は言う。逃げろと。
けど……心のどこかが、静かに逆を告げていた。
(また……あの団子、食いてぇな)
ただ、それだけだ。
くだらない、理由にもならないくらいの想い。
だけど、それが――俺の決意になった。
「……俺は、俺のために戦う」
気持ちが定まったその瞬間、魔力が全身に駆け巡る。
『炎雷支配―――炎魔法 炎鎧 雷魔法 紫電ノ見切り』
心臓が鼓動を強める。
神経が研ぎ澄まされ、皮膚の一枚一枚が魔力に染まっていく。
「ラグナさん……」
振り返ると、ミーアがこちらを見ていた。
その目には不安と、希望と、信頼と……そして、懇願が宿っていた。
「まだ若い貴方に、こんなこと頼むのは心苦しいですが……それでも、お願いです。どうか、ゼラストラを救ってください……!」
「――了解です」
短く答えたその瞬間、俺はギルドの壁を駆け上がった。
そのまま、建物の最上階へと跳躍。
ゼラストラの街全体が見渡せるその場所に立ち――戦場を睥睨する。
「ひでぇな……」
街の至るところで、あの幽鬼もどきが溢れかえっていた。
それにこれだけで終わるわけないと俺の直感が告げている。
これはもっと根深くて、もっと悪意に満ちたものだ。
(俺ひとりじゃ……全域を守りきれない)
その事実が、牙のように胸に刺さる。
俺は攻めに特化している。誰かを守ることは苦手だし今までやったことがない。
俺よりも強い奴の助けがいる。
そう感じたとき――背後から声がした。
「手伝えないよ、私は」
「うおっ!? ……って、リシェルかよ!」
振り向くと、そこにはギルドの壁を同じく登ってきたらしい、あのSS級冒険者――夢幻の深淵リシェルがいた。
「……手伝えないていうのはどういうことだ?今は駆け出し冒険者の力でさえ借りたい程だ。SS級冒険者だったらなおさらだ」
「ごめん。私、手加減ができないの。本気で戦えば――ゼラストラごと、吹き飛んじゃうよ?」
あっけらかんと、そんな恐ろしいことを言いやがった。
「まじかよ……それは本末転倒だ。」
頼みのリシェルの力が借りることができなくなった。次の案を考えるが出てこない。
下では人が、街が、崩れ落ちていくのに、俺は一人で手を打てずにいる。
(このままじゃ、間に合わねぇ……!)
でも――そのとき。
「……大丈夫だよ、ラグナ。君ならできる」
「……は?」
「想像して、創造するの」
風に乗って、彼女の声が優しく響いた。
「――想像して、創造する……?」
リシェルの言葉は、まるで謎かけのようだった。
けれどその言葉が電流のように頭を走る。
――想像して、創造する。
(そうだ!!想像しろ。必要な力を、必要な術を、必要な武器を――)
風がざわめく。
雷が唸り、炎が踊り、雷炎の魔力が俺の周囲を巻き上げた。
――創れ。
俺にしかできない何かを。
胸の
『