ゼラストラは、今まさに喰われていた。
無数にうごめく幽鬼もどきが街路を埋め尽くし、建物を引き裂き、人々を引きずり出し、声を上げて泣き叫ぶ者たちの心をへし折っていく。
「くそっ、こいつら……しぶとすぎる!」
「どこ狙っても止まらねぇ! 急所がねぇのか!?」
冒険者たちが叫ぶ。
剣で斬り裂いても、槍で貫いても、焼いても凍らせても――止まらない。
それが、“あの夜”の幽鬼とは根本から違っていた。
彼らは人の形をしていた。
けれど、それは人だったものの肉と魔力を再構築した――まるで屍人のような存在。
アンデットのようにしぶとく、けれどそれ以上に速く、獰猛で、意志があるような存在。
「やるしかねぇ……消し飛ばすしかねぇんだ!!」
とある冒険者が叫ぶ。
目の前の敵に斧を叩き込む。だが、その勢いごと抱きつかれ、血飛沫と共に引きずり込まれていく。
その瞬間――
「……なにか来るッ!!」
誰かが、空を見上げて叫んだ。
空に現れたのは、異形の影。
細長い金属柱のようなものが、空中に一つ、また一つと浮かび上がっていく。
それはまるで、立方体の骨組みを幾重にも束ねたような奇怪な構造。
最初は十数本。
次の瞬間には数十本――
そして、数百、数千。
もはや数える事が出来ないほどの物量にまで膨れ上がっていた。
それらすべてが、不気味な静寂とともに空を覆い、街全体に影を落とす。
「な……なんだ、あれ……?」
誰かが息を呑む。
誰もが戦いの手を止め、ただただその異常な光景に圧倒されていた。
――――
「やるしかねぇ――!」
俺は
全身の魔力回路が焼けるように軋む。
炎と雷、二重奏の魔法を核に、頭の中でイメージを構築する。
(創れ――破壊するための装置を)
魔力に反応して、
一本、また一本――
金属の塊が蠢き、組み上がっていく。
「――
最初は、わずか二本の金属棒。
それらを平行に並べ、さらにその周囲を魔力伝導素材の装甲が覆い始める。
中空には、装填された弾丸が浮かび――
まるで砲身のような構造が浮かび上がっていく。
だが、それはまだ始まりにすぎなかった。
「複製――開始」
万装珠玉の特性をフル稼働させ、生成された“砲身”を魔力で同時複製。
2本が4本に、4本が8本に――
倍々で増殖し続ける銃身が、空中を埋め尽くすように並ぶ。
16、32、64、128――
その数、最終的には1024本。
俺が針鼠になったかのように長く無数の砲身が取り囲む。
『炎雷支配・雷魔法――紫電ノ螺旋』
雷魔法を媒介に、砲身の内部に超高圧の電流を走らせる。
同時に、炎魔法を重ねる。
『炎雷支配・炎魔法――赫熱ノ環』
砲身と弾丸の間を灼熱のプラズマ層が包み込んだ瞬間――
電流と熱によるプラズマ爆縮が起きる。
「撃てッ!!」
――ズドン!
音を置き去りにした。
砲身から発射された弾丸は、音速を遥かに超える加速を受け、空間を裂くように飛び出す。
プラズマの膨張圧と、雷によるローレンツ力が融合した超重圧砲撃。
白銀の閃光は、幽鬼もどきの群れを貫いた。
一発、また一発――
そのすべてが、千を超える命を穿つ。
幽鬼もどきの身体が、断末魔もなく蒸発していく。
まるで“存在ごと塗り潰された”かのように。
1024本の銃身が、ゼラストラの空で輝いた。
それはまさしく――
雷炎の
一瞬の連射で、街の広域から幽鬼もどきの姿が消えた。
「――もう一度……!」
弾丸の再充填が完了したら空に浮かぶの金属体が煌々と輝き始める。
轟音
そして――
2度目の雷光が落ちた。
いや、降り注いだ――その表現が最も近いのかもしれない。
音を超えて放たれた弾丸の群れ。
その一発一発が雷と炎を纏い、空を裂いて大気ごと焼き払う弾雨となって降り注いだ。
視界が、白に塗り潰される。
耳が、爆音で割れる。
皮膚が、熱と魔力の震動でビリビリと揺らぐ。
一発、また一発。
雷炎が降り注ぎ、幽鬼もどきが――綺麗に、消えた。
ただの爆発でも、斬撃でもない。
構造そのものを分解するような、高密度の魔力による破壊。
「こ、こんな……」
「一撃で、あんなにいたのに……」
冒険者たちが唖然とする。
戦場だった街路が、一瞬で浄化されたように静かになる。
そこに立っていた幽鬼もどきたちは、すべて跡形もなく吹き飛ばされていた。
そして、空にたたずむひとりの少年――ラグナ。
その背中を、誰もが見上げていた。
――――
ゼラストラ中心部――
儀式を進めているシャルノバが気配が変わったことを感じとり儀式を一旦中断する。
そして静寂を切り裂くように、シャルノバの片口がにやりと歪んだ。
「……ほう」
空気の微かな変化から大量の贋零屍人が一斉に消滅したことに気づいたようだ。
「これはまた……随分と派手にやってくれますね」
シャルノバはゆるやかに、しかしひどく優雅に両手を広げ、新しく術式を展開する。
その動きは、観客に新たな幕開けを告げているようだった。
「まさか、ゼラストラにこれほど戦える強者が残っていたとは。……フフ、これは予想外、いや――面白いですね」
静かに笑いながら、懐から一つの黒い箱を取り出す。
それは彼にとっての神装。
願いを弄ぶための開錠装置。名を――
『――
箱がカチリと音を立てて開き、
内部から現れたのは――黒紫に濁った禍々しい宝玉だった。
まるで怨念そのものを結晶化したような、不気味な輝きを放つ珠。
「この宝玉はね……」
シャルノバの手のひらで、それはゆっくりと浮かび上がる。
「“使い切れないほどの金が欲しい”と、そう願った哀れな男の魂から抽出・具現化された
その宝玉の魔力が、空気を震わせる。
地面に染み付いた血が、宝玉の魔力に引かれるように集まり――
「この強欲ノ宝玉がある限り……贋零屍人は、何度でも再生する」
その宣言と同時に、ゼラストラの各地に散っていた贋零屍人たちの肉片が、脈打ち始める。
どくん。どくん。
黒い血肉が集まり始め、砕かれた骨が形を取り戻し、ラグナが倒したはずの屍人たちが――何事もなかったかのように復活する。
「う、うそだろ!? 今倒したばっかだぞ!?」
「また動いてる!? あいつら、不死なのかよ……!」
広がるのは混乱と、絶望。
そのすべてを劇場の観客のように楽しみながら、シャルノバは両手を広げて、まるで舞台の幕を再び上げるように――
「さぁ、第二幕の始まりです!!」
甲高い声が響いた瞬間、空気が震え、
街の中央部――かつて噴水広場だった場所に、巨大な魔法陣が浮かび上がる。
そこから無数の贋零屍人が這い出し、腐り落ちた手を広げて、再び街へと進軍を開始した。
「ゼラストラよ、苦しみなさい。お前たちの願いがどれほどの歪みを生んだか――その目で見届けるのです」
シャルノバの笑い声が街中に木霊し、
屍人たちの呻き声が、それに重なるように響き渡る。
そして、再び戦場は地獄へと逆戻りした。