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第50話 混沌なる狂宴 その3

「……は?」


 目の前で、粉々にしたはずの幽鬼もどきが再生していた。


 ドス黒い粘液のような血肉が、まるで磁石に引かれるように集まり、  

 骨の構造を再構築し、皮膚を貼り、歪な人の形に戻っていく。


「……再生、してやがる」


 一度でも倒せば終わり。  

 そんな常識が通じない、終わりの見えないマラソンのような地獄がここにある。


 しかも、悪いのはそれだけじゃない。


 ゼラストラの中心部から新たな幽鬼もどきたちが溢れ出てきていた。


「くそっ……っ!」


 電磁加速砲――レールガン。


 あの広範囲殲滅魔法なら確実に幽鬼もどきを消し飛ばすことができる。


 だが、再生する。  

 魔力を削って削って削って、結果が変わらないなら意味がねぇ。


(……まだ魔力には余裕がある。だが、無限じゃない。撃ち続ければジリ貧だ)


 地形、敵の性質、自分の限界。  

 それらを瞬時に思考のテーブルに並べ、ラグナは頭をフル回転させる。


(大元を断たなきゃ終わらない。あの中心部に何かがある。けど、そこまで行くには足止めが必要だ)


 幽鬼もどきは止まらない。  

 ひとりじゃ抑えきれない。ならば――


「想像しろ。俺にしかできない戦い方を」


 脳裏に浮かんだのは、あの迷宮での戦い。


 待ち伏せ、罠、奇襲、攪乱。  

 正面からじゃなく、横から裏から後ろから、相手の脇腹をぶっ刺すような――卑怯上等の勝ち筋。


(罠だ。俺の得意な戦い方は狩り場を整えてそこに獲物をおびき寄せるものだった)


 発想を逆転させろ。  

 攻めていても、罠は張れる。むしろその方が俺らしい。


「よし――やるか」


 ラグナは自分の胸元ではなく、地面を見た。  

 そこには、さっきの電磁加速砲レールガンの弾丸が、あちこちに無数に突き刺さっていた。


万装珠玉ジョーカーズ・エッジ 変型アクス――針千本』


 ビィン――と低く唸る音。


 だが、今起動させたのは胸の核ではない。  

 さっき撒き散らした無数の弾丸――それらこそ、次の一手の起点。


 万装珠玉ジョーカーズ・エッジの恐ろしさは、質量保存の概念を無視できることだ。


 つまり、あの小さな弾丸の破片からでも巨大な針や装置を生成できる。


 そして、起動。


「やれ」


 ズバッ――ズババッ!!


 地面から、鋼鉄の細針が縦横無尽に突き出した。


 その場にいた幽鬼もどきたちが、串刺しにされる。


 針はただの刺突では終わらない。  

 突き刺した瞬間、枝分かれして内部で広がり、食い破るように絡みつく。


「逃がさねぇぞ。俺の狩場から出られると思うなよ」


 呻きながらのたうつ幽鬼もどきたちが、徐々に動きを止めていく。


 だが、それだけじゃ終わらない。


 ラグナはさらなる一手を放った。


万装珠玉ジョーカーズ 展開マヌス――珠玉法陣』


 全ゼラストラに枝を伸ばすように、万装珠玉ジョーカーズ・エッジを地中から張り巡らせていく。


 広がる、広がる、広がる――まるで魔力の蜘蛛の巣。


「地雷でもあり、術式でもあり、攻撃手段でもある。――最悪、ゼラストラごと爆破もできるぞ。マジでやる気ならな」


 代償は、魔力。


 だが、まだある。  

 あの樹海の渓谷で一人きりで修行していたとき、休む暇なく貯めれるだけ貯め込んだ魔力が。


「……あのクソガキが、マルチ詐欺ごっこしてる間にな」


 ふと脳裏に浮かぶのは、ギルド前で宗教じみた相談屋の宣伝をしていたクソガキ――カイン・アスベルト。


「そういや……あいつ、今なにしてんだ? まさか、またどっかで野垂れ死んでんじゃねーだろうな」


 だが、すぐに思い直す。


「あの生命力ゴキブリ並のクソガキが、死んでるわけねぇか」


 むしろ都合よく、一番欲しいときにいない、あの役立たず。


「この騒ぎが終わったら、ぶっ飛ばす。マジで一回、ブチのめす」


 クソガキへの怒り八つ当たりを行動エネルギーに変換しながら、ラグナは術式の中心部を睨む。


 幽鬼もどきたちを封じた今、向かうべきはただ一つ。


 ――ゼラストラ中心部。  

 ――儀式の本陣。


「待ってろよ。誰だか知らねぇが今から、何もかもぶっ壊してやる」


 雷と炎が、彼の足元を駆け抜けた。


 そしてラグナは、ゼラストラを切り裂くように、駆け出した。



 街を駆け抜ける。


 走るたびに、風を裂くたびに、眼前に広がる光景が、喉を詰まらせ、心臓を締め付ける。


「……ッ」


 空からでは見えなかった、ゼラストラの悲惨な光景。


 ゼラストラの石畳は、赤黒い液体に濡れていた。道端には無数の死体が転がっている。


 悲鳴の残滓。血の臭い。絶え間ない破壊音。


 中心部では俺の攻撃から逃れた幽鬼もどきが、まだ息のある者を探して街を彷徨っていた。 

 壁を突き破り、倒れた家屋の瓦礫を漁り、人の姿をしたものを見つけては、貪っていた。


 そいつらを針で串刺しにして動けなくする。


 そのすぐ近くで――


「……!」


 ラグナは、立ち止まった。


 視界に入ったのは、見知った顔。


 ゼラストラで宿を営んでいた、あの不思議な少女――


「……ソルフィー」


 その声が、喉から漏れ出た瞬間、視線がそれかに引きつけられる。


 彼女の身体は、首から下が見る影もなく潰れていた。


 骨も肉も、内臓も――人間だったものの原型を留めていない。  

 目は開いたまま、天を見上げていた。


「……ッ、」


 今まで――数え切れない命を、この手で奪ってきた。


 この世界に転生してから、戦いの中で人を、魔物を、斬り、燃やし、砕いてきた。


 自分が生き残るために元の世界にいた時の倫理感など捨てていたはずだった。


 だが。


「知ってる奴が、死ぬってのは……」


 こんなにも、胸に穴が開くもんなんだな。


 風が止まったように思えた。  

 音が消え、ただ視界にあるのは壊れたゼラストラと、死んだ知人の少女。


(守れなかった)


 その事実が、のしかかる。


(救えなかった)


 それが、心を焼く。


「ちっ……」


 舌打ちがこぼれた。


 怒りだろうか。悔しさだろうか。後悔か、無力感か。


 自分でもわからない。  

 けれど、今にも溢れ出しそうな熱が、胸の内に渦巻いている。


 電気が肌を走り、炎が脈打ち、体内に渦巻く激情が魔力を強大に練り上げ身体強化へと転換されていく。


 そして、彼女の亡骸に背を向け、もう一度走り出す。


 これ以上不快な気分にならないように、これ以上平静を失わないようにただ、無心で駆け抜けた。


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