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第51話 混沌なる狂宴 その4


 ゼラストラ中心部――。


 空から見れば、ただの石造りの広場にすぎなかった場所。  

 けれど、そこには今、禍が渦巻いていた。


 広場の中央、禍々しい魔法陣が幾重にも重なり、発光を繰り返している。  

 その中心に、まるで舞台の主役かのように佇むのは――道化の仮面を被った人物。


「……いたか」


 俺は気配を殺すこともせず、堂々と魔力をまといながら歩を進める。


 コイツを見つけたとき、驚きはなかった。  

 むしろ、やっぱりかという確信に近い感情が湧いた。


 街で見かけたことがあるやつだった。

 確か、クソガキが手伝っていた相談屋をやっていたやつだ。


 魔法陣の周りには気を失った人々が倒れており、魔法陣をこのままにしとけば何が起こるか分からない。


 でも今はそんなことどうでもよかった。 



 コイツをぶっ殺せれば。



 別にソルフィーの死に怒っているわけではない。ソルフィーは俺の友達でもなければ恋人でもないからだ。


 けれども、無性に腹が立つのだ。

 俺の日常を邪魔するコイツに、

 俺の明日の目覚めを穢すゴミに。


「随分、好き勝手やってくれたみたいだな」


 その声に、仮面の道化――相談屋をしていたあの詐欺師紛いがこちらにゆっくりと振り返った。


「……おや、これはこれは。私が生み出した贋零屍人をかいくぐり、ここまで辿り着いたとは。貴方がここに現れたのは、神の導きなのかもしれませんね。だとしたら歓迎しなければ」


 その声は中性的で、滑らかで、どこか胡散臭い笑みを含んでいた。


「……お前、街で相談屋やってた奴だな。」


「そうですね。あれは私の計画のひとつです。世界に混沌を齎すための第一歩です。そのためにゼラストラの人々には犠牲になってもらいました。」


 その言葉に、不快感が増す。  

 だが、感情で動くのは危険すぎる。

 冷静になれるように気を静めながら俺は一歩ずつ、確実に間合いを詰める。


「……お前は誰だ? 贋零屍人ってのは、何だ?」


「好奇心旺盛ですね。ですが、いいでしょう。私はシャルノバ。この世界に混沌をもたらす神に選ばれし者ですよ。」


 広場を包む魔法陣が、彼の言葉に反応するように淡く光を強めた。


「贋零屍人とは、私の権能 強制契約インヘェリア・バインドによって生み出された操り人形です。強制契約インヘェリア・バインドは相手の願いを聞き、契約を結ぶことで相手にどんな代償でも背負わせることができる神からの素晴らしい贈り物なのでぇぇす。」


 シャルノバが恍惚とした表情で空をあおり見ながら神を讃える言葉を紡ぐ。




「愚かな願いは、簡単に叶えられる。だがその果てには必ず代償がある。どんな代償があるかも知らずに望んだのは彼ら。私はただ、それを叶えてあげただけなのです。」


「……計画がうまくいってご機嫌のようだな」


「当然でしょう。全ては神の意志によるもの。大遠征の失敗が生み出した不安は、私の養分だった。人間は、ほんとうに、素晴らしく愚かだ」


「――ああ、もういい。黙れ」


 言い終えるよりも早く、地面から針が突き上がる。


万装珠玉ジョーカーズ・エッジ 変型アクス――針千本』


 だがシャルノバは軽やかに後方宙返りし、隣の建物の屋上へと跳び移った。


「ほう、そう来ますか」


「逃げられると思ってんじゃねぇよ」


 俺はすでに次の一手を打っていた。


万装珠玉ジョーカーズ・エッジ 変型オース―――土竜ノ顎』


 バゴォォォォォッ!!!


 シャルノバがいた屋上――その建物が、一瞬で地面ごと沈む。


 万装珠玉ジョーカーズ・エッジが生み出す地中破壊型の罠。  

 咆哮する土竜ノ顎が、シャルノバが飛び乗った建物ごと飲み込んだのだ。


 ……だが。


「甘いですよ。私を一発で仕留められると思いましたか?」


 シャルノバはその顎からも、またもヌルっとした動きで滑り出すように脱出していた。


 まるで夏に飛び交う蚊のようだ。


 けれど、俺の攻撃はそんなに甘くない。


「追撃だ」


『土竜ノ顎』


 ――ズガアアアアアアン!!


 着地の瞬間を狙って、真下から第二の顎”突き上がる。


 シャルノバが反応する間もなく呑み込まれた。




 ……と思われた。


『――贋零屍人、展開』


 黒煙の中から湧き上がるように、贋零屍人たちが吐き出され、顎の中を埋め尽くしていく。


 あらゆる方向にねじ切れた手足が土竜ノ顎をの中を圧迫して空間を掻き乱す。


 贋零屍人によって閉じれなくなった土竜ノ顎の隙間から逃げ出す気なのだろう。


「だが無駄だ」


万装珠玉ジョーカーズ・エッジ 変型アクス―――頂門一針』


 万装珠玉ジョーカーズ・エッジが鋭く枝分かれし、無数の強靭で靭やかにしなる針となって空中のシャルノバを貫いた。


 そのまま、肉を食い破った針によって空間に磔にされる。


「やれやれ。やはり私は戦闘に向かないようですね」


 血を吐きながらも、シャルノバは――笑っていた。


「笑ってる場合かよ。終わりだ」


 俺は魔力を凝縮させ、留めの一撃の詠唱を放とうとした。


 その時だった。


具現ノ玉手箱デモニック・パンドラ 起動 開封対象――嫉妬ノ腕輪』


 シャルノバの懐から、黒い箱が飛び出した。


 開かれる箱。  

 そこから姿を現したのは――


 茨と蔦が絡まるような異形の腕輪だ。


「これは……他人を羨み、妬み、奪おうとした女の願いから生まれた顕願武装オプタティオ・ソムニウス。――人気者になりたいという願いで、友すら売り、周りを蹴落とした愚かな女の魂から抽出・具現化したものです。この腕輪は、相手の姿と力を完全に模倣することができるのですよ。」


 腕輪から闇の靄が吹き出し、シャルノバの身体を包み込む。


 そして――靄が晴れた。


 そこに立っていたのは、


 俺だった。


 俺と同じ髪、同じ目、同じ服、同じ魔力の流れ――


「さぁ、自分自身に勝てますか?」


 俺の声で、俺の顔で――シャルノバは、嗤った。


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