「……これで一件落着、か?」
俺の足元に、仮面の道化の首が転がっている。
体は地面に崩れ、血も魔力も散り果て、もう動く気配はない。
燃え盛る大地、瓦礫と化した広場、吹き荒れる熱風。
確かに、戦いは終わった――はずだった。
「まぁ……街の被害は、うん。しょうがねぇな」
周囲の建物は俺とシャルノバの戦いでボロボロだ。
だが、犠牲にせず勝てなかった。これは必要経費だ。割り切るしかない。
「とりあえず、逃げ遅れたヤツがいねぇか……」
踵を返し、歩き出したそのとき――
「……素晴らしいですね。貴方は、私の想像すら超えていく……」
「――ッ!?」
首を落としたはずのシャルノバの、声がした。
振り返ると、地面に転がっていた“仮面の首”が、ゆっくりと笑っていた。
「……おい、マジかよ」
俺は即座に魔力を練る。
完全燃焼で焼き尽くす、炎魔法二重詠唱。
『炎雷支配・炎魔法―――紅蓮螺旋+陽炎幻刃』
ドォオオオオオオオン!!!
轟音とともに、首も胴も焦げ焦げの灰と化す……はずだった。
だが。
「そんな攻撃では、私の命には届きませんよ」
――聞こえてきたのは、焼け焦げた死体とは違う場所から。
音もなく、再び立ち現れるシャルノバの姿。
「この体は、本体ではありませんから」
シャルノバが懐から、いつものように漆黒の箱を取り出した。
『
ピシィィ……ン!
空中に、鏡が出現する。
その鏡は、魔法陣のような幾何学模様に縁取られ、中心には、シャルノバの姿が、くっきりと映し出されていた。
「この
シャルノバが手をかざすと、鏡が光だしガラスの破片が吹き出す。それが人の形に変わり――
「《虚栄ノ大鏡》が映したものは、何度でも複製される」
ドゴォォッ!!
破片の中から、新たなシャルノバが再構築される。
まるで――初めから死ぬことが前提の仕掛けのように。
「さて……出し惜しみは、ここまでにしましょう。私の全力でお相手します。」
彼はもう一度、玉手箱を開く。
『
ギィィィ――――イイィッ!!
耳をつんざくような金属音。
その瞬間、大気が震え、上空が黒く染まる。
「これは、龍に遭遇して戦意を喪失し、仲間を置いて逃げ出した冒険者の願いから生まれたものです。」
笛の音に呼応するように、空から轟音が鳴り響いた。
――ゴオオオオオ……!!!
「なっ……!!」
見上げた空に、黒い影が現れる。ひとつ、ふたつ、みっつ……いや、数え切れない。
そこにいたのは――
《炎龍》《風龍》《水龍》《雷龍》《地龍》――
危険度S~C級までの龍種が、群れを成して飛来していた。
目が合っただけで、胃の奥が締めつけられるような威圧感。
空から降るのは奇跡ではなく災厄。
「これで終わりませんよ」
シャルノバは、さらに箱に手を伸ばす。
『
現れたのは、金属でできた複雑に絡み合う首輪。
「これは、“恩人”を失ったことで自分を見失った勇者の末路。ああ、カインくんの願いは見事にこの首輪になり世界の大きな礎と成りましたよ」
「クソガキの願いか?!それはマズイ」
俺は思わず、奥歯を噛みしめる。
クソガキがする願いなんて2つだ。もし前を見ているのなら皆を守る勇者になりたい、しかしまだ過去を引きずっているのなら――
シャルノバはその首輪を、近くにいた贋零屍人の首に嵌めていく。
「さあ、ここからが本当の混沌。虚栄ノ大鏡でこの首輪を複製し、同時に発動させる」
パァァァア―――ッ!!
贋零屍人たちの身体が、眩い光を放ち――
「姿が……変わっていく……!」
光が晴れたあと、そこにいたのは。
――一本角の片目鬼。巨大な右腕に禍々しい大斧。
それは、クソガキの愚かな願いから生まれた最悪にして最凶の
"クロウ様にもう一度会いたい"その願いが抽出・具現化されたもの。
カインの記憶に基づいた恩人、かつての
「勇者の憧憬が、最も恐ろしい怪物を生む。 さあ、希望と憧れがゼラストラを、いや勇者が守ると息巻いたこの世界を破壊する時です。」
シャルノバが、最高の娯楽だとでもいうかのように仮面の奥が愉悦に染まる。
「ここからが、本当の戦いですよ。ラグナ=オラトリア。今度こそ、この世界に混沌をまき散らすとしましょう。」
ゼラストラが、地獄に変わった。
上空では龍が咆哮し、下では猛斧の修羅の偽者が大斧を引きずりながら歩き出す。
そしてシャルノバの魔力が再び波紋のように広がっていき儀式が再開された。