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第54話 混沌なる狂宴 その7

「──マズイとかの次元じゃねぇ……!」


 そんな言葉が脳裏を過ぎる間もなく、空が咆哮に震えた。


 視界の彼方、蒼穹を裂いて迫るは、龍の群れ。  

 その数、五十、百、いや、もはや数える意味すら失う程。  

 それぞれが炎を、雷を、大地を、風を喚び、都市ごと飲み込まんとする龍撃の軍勢。


 そして地上では――


 広場の中心、大鏡から這い出るは、  

 一本角の鬼のような男。  

 片目しかない顔に浮かぶのは、狂気か、哀しみか。  

 大斧を携えたその姿は、まさしくかつての英雄・クロウ=ヴァンガードそのもの。


 だが、あれは模倣だ。魂なき偶像。にもかかわらず、その威圧感は本物だった。


(ヤバい……マジで……)


 このままじゃ、ゼラストラは滅びる。


 考えるよりも先に、俺の体は動いていた。


 ――『万装珠玉ジョーカーズ・エッジ・展開』


 ドォオォォォンッ!


 足元から一斉に立ち上がる無数の魔力装甲。  

 この瞬間、俺は魔力の蛇口を全開にした。


 まるで生命線を開きっぱなしにしたように、魔力が流れ出す。  

 痛みすら感じるほど、魔力が体外へと引きずられていく。


 だが、それでいい。


 今だけは、ゼラストラを守るために限界なんて言葉は捨ててやる。


変型ゲオメトリア――フラクタル・シェル』


 万装珠玉ジョーカーズ・エッジが組み合わさり、幾何学模様を描いて天を覆う。


 ジグザグと繋がる細かな構造体が光を反射し、瞬く間に、ゼラストラ上空に光の天井を作り上げた。


 バァァァァン!!!!


 龍たちの炎がその天井に叩きつけられるが、貫通できない。


 フラクタル構造の特性、どれだけ拡大しようがその複雑さを維持して広がり、ゼラストラを包み込む。


「……これで、空のヤツらは封じた……問題は……下だ」


 地面が軋む音とともに、偽クロウが動く。


 一歩。  

 また一歩。


 その足音が、まるで地鳴りのように響く。


(止てやる……!)


万装珠玉ジョーカーズ・エッジ 変型アクス――針千本』


 ドシュゥゥゥゥッ!!


 地面から生えた無数の針が、偽クロウの両足を貫く。  

 だが――


 ブゥン!!


「がっ――!」


 たった一振りの大斧が、それらを全て断ち切った。


(強さが……贋零屍人とはレベルが違ぇ……!)


「なら、こっちはどうだ!!」


変型マジカルギア――電磁加速砲レールガン×十基』


変型グランツ――鬼刀・紅燈+刀身複製×十五本』


変型ピュロボロス――地雷式万装珠玉ジョーカーズボム爆舞起動』


 ドォォン! ズガァァン! ガガガガガッ!!


 撃ち抜き、切り裂き、爆破し、削る。  

 とにかく、数と威力で押し潰す。


 偽クロウの体には何十という攻撃が命中している。


 それでも、倒し尽くせない。


 それどころか――


「グォォ……オアアアアアア!!」


 猛獣のような咆哮と共に、数をどんどん増やし続けている。


「――っ、ああクソ、マジで化け物じゃねぇか……!」


 魔力が、底の抜けたバケツのように抜けていく。  

 普段なら一撃で街を吹き飛ばせるレベルの出力を、何発も連発してるんだ。  

 そりゃ持つわけがない。


 だが――ここで止まれば、“全て”が終わる。


(止まれねぇ……止まってたまるか……)


「オラァァァアアアアア!!」


 魔力を強制循環。  

 過負荷オーバーヒートなんて言葉も無視して、俺は創造し続ける。


 火花が散り、血が吹き出し、体が軋む音すら聞こえる。


 だけど、止まらない。止めない。


 それが――俺の選んだ戦い方だ。


(模倣だろうがなんだろうが……俺の創った武装で沈められないはずがねぇ!)


 このままだと埒が明かない。狙うは偽クロウが溢れ出している源となる虚栄ノ大鏡。


「次で決める……!!」


 俺はすべての残魔力を一点に集中した。


万装珠玉ジョーカーズ・エッジ 変型グランツ――咎刃ノ塔』


 それは、天に向かって伸びる一本の刃の塔。


「消し飛べ、偽クロウ――これが俺の叡智と想像だ!!」


 塔の中心から放たれた斬撃は、光すら裂き、空を割った。


 偽クロウの大群ごと呑み込み虚栄ノ大鏡を叩き割る――


 ギィィィィィィイイイイイン!!!


 世界が軋み、魔力の爆風がゼラストラを震わせる。


 やがて――


 ――ズズン……


 音もなく、虚栄ノ大鏡が崩れ落ちた。


(……やった、か……?)


 俺はよろめきながら、崩れ落ちた地面の縁に手をつく。


 目の前には、燃え残る偽クロウの残骸だけが転がっていた。


「ッハ……終わった……」


 地面に膝をつき、ひとつ、深く息をつく。


 傷だらけの両腕は鉛のように重く、呼吸ひとつですら肺が軋んだ。  

 魔力は枯れ果て、残っているのは痛みと、わずかな熱だけ。


 さっきの一撃――  

 全力の創造、全開の魔力、すべてを込めた咎刃ノ塔は、確かにあの大鏡ごと偽クロウを仕留めた。  

 もう動く気配はない。二度と立ち上がらない。そう、信じたかった。


(……これで、終わったんだろ……?)


 だが――


「言っていませんでしたが、私が生きている限り、顕願武装オプタティオ・ソムニウスは何度でも開封可能ですよ」


 その声は、上空から降る雨音のように、ひどく穏やかに聞こえた。


「っ……!」


 顔を上げる。そこに立っていたのは――  

 まるでさっきまでの死闘などなかったかのような、綺麗に整ったシャルノバの姿だった。


 仮面の奥で笑うその表情は見えない。  

 だけど、全身から滲み出る優雅な狂気が、空気ごと凍りつかせる。


「不思議ですよね? 願いって、形を与えてしまえば―― それはもう呪いに近いものなのに、人はずぅと手を伸ばし続ける」


 そして、静かに手をかざす。


「ですから、何度でも。貴方が何度砕いても、私の顕願武装オプタティオ・ソムニウスは蘇ります」


 ギィィィィ……


 嫌な音がした。


 俺の前に、再び――  

 先ほど破壊したはずの虚栄ノ大鏡が、寸分たがわぬ姿で出現する。


 まるで最初から何も起きていなかったかのように。


 ひび一つ入っていない鏡面には、今の俺の姿が、疲弊しきった体ごと写っていた。


 その姿は――あまりにも滑稽だった。  

 必死で抗って、命を削って、それでも何も終わっていなかったのだから。


「……ふざけんなよ」


 俺は、ただ呟いた。


「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな……ッ!」


 拳を握る。だが、震える指はもう魔力すら練れない。


 顎が震える。怒りか、恐怖か、絶望か、自分でももうわからない。


(あぁ、くそ……)


 なんで、だ。  

 どうして、あれだけの攻撃で……あれだけの決意で……


 なんで、リセットみたいにやり直されてんだよ。


「やりがいがあるでしょう?」


 シャルノバが、心から嬉しそうに笑う。


「世界を壊すために、幾月も、幾年も準備し続けていた。だってそれが人の願いであり、神の戯れなのですから。ぽっとでの貴方がどうこうできるものではないのですよ」


 ――最悪だ。


 こいつは倒しても、倒しても、終わらない。  

 終わりが来ない。絶望の足音が聞こえた。


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