「──マズイとかの次元じゃねぇ……!」
そんな言葉が脳裏を過ぎる間もなく、空が咆哮に震えた。
視界の彼方、蒼穹を裂いて迫るは、龍の群れ。
その数、五十、百、いや、もはや数える意味すら失う程。
それぞれが炎を、雷を、大地を、風を喚び、都市ごと飲み込まんとする龍撃の軍勢。
そして地上では――
広場の中心、大鏡から這い出るは、
一本角の鬼のような男。
片目しかない顔に浮かぶのは、狂気か、哀しみか。
大斧を携えたその姿は、まさしくかつての英雄・クロウ=ヴァンガードそのもの。
だが、あれは模倣だ。魂なき偶像。にもかかわらず、その威圧感は本物だった。
(ヤバい……マジで……)
このままじゃ、ゼラストラは滅びる。
考えるよりも先に、俺の体は動いていた。
――『
ドォオォォォンッ!
足元から一斉に立ち上がる無数の魔力装甲。
この瞬間、俺は魔力の蛇口を全開にした。
まるで生命線を開きっぱなしにしたように、魔力が流れ出す。
痛みすら感じるほど、魔力が体外へと引きずられていく。
だが、それでいい。
今だけは、ゼラストラを守るために限界なんて言葉は捨ててやる。
『
ジグザグと繋がる細かな構造体が光を反射し、瞬く間に、ゼラストラ上空に光の天井を作り上げた。
バァァァァン!!!!
龍たちの炎がその天井に叩きつけられるが、貫通できない。
フラクタル構造の特性、どれだけ拡大しようがその複雑さを維持して広がり、ゼラストラを包み込む。
「……これで、空のヤツらは封じた……問題は……下だ」
地面が軋む音とともに、偽クロウが動く。
一歩。
また一歩。
その足音が、まるで地鳴りのように響く。
(止てやる……!)
『
ドシュゥゥゥゥッ!!
地面から生えた無数の針が、偽クロウの両足を貫く。
だが――
ブゥン!!
「がっ――!」
たった一振りの大斧が、それらを全て断ち切った。
(強さが……贋零屍人とはレベルが違ぇ……!)
「なら、こっちはどうだ!!」
『
『
『
ドォォン! ズガァァン! ガガガガガッ!!
撃ち抜き、切り裂き、爆破し、削る。
とにかく、数と威力で押し潰す。
偽クロウの体には何十という攻撃が命中している。
それでも、倒し尽くせない。
それどころか――
「グォォ……オアアアアアア!!」
猛獣のような咆哮と共に、数をどんどん増やし続けている。
「――っ、ああクソ、マジで化け物じゃねぇか……!」
魔力が、底の抜けたバケツのように抜けていく。
普段なら一撃で街を吹き飛ばせるレベルの出力を、何発も連発してるんだ。
そりゃ持つわけがない。
だが――ここで止まれば、“全て”が終わる。
(止まれねぇ……止まってたまるか……)
「オラァァァアアアアア!!」
魔力を強制循環。
火花が散り、血が吹き出し、体が軋む音すら聞こえる。
だけど、止まらない。止めない。
それが――俺の選んだ戦い方だ。
(模倣だろうがなんだろうが……俺の創った武装で沈められないはずがねぇ!)
このままだと埒が明かない。狙うは偽クロウが溢れ出している源となる虚栄ノ大鏡。
「次で決める……!!」
俺はすべての残魔力を一点に集中した。
『
それは、天に向かって伸びる一本の刃の塔。
「消し飛べ、偽クロウ――これが俺の叡智と想像だ!!」
塔の中心から放たれた斬撃は、光すら裂き、空を割った。
偽クロウの大群ごと呑み込み虚栄ノ大鏡を叩き割る――
ギィィィィィィイイイイイン!!!
世界が軋み、魔力の爆風がゼラストラを震わせる。
やがて――
――ズズン……
音もなく、虚栄ノ大鏡が崩れ落ちた。
(……やった、か……?)
俺はよろめきながら、崩れ落ちた地面の縁に手をつく。
目の前には、燃え残る偽クロウの残骸だけが転がっていた。
「ッハ……終わった……」
地面に膝をつき、ひとつ、深く息をつく。
傷だらけの両腕は鉛のように重く、呼吸ひとつですら肺が軋んだ。
魔力は枯れ果て、残っているのは痛みと、わずかな熱だけ。
さっきの一撃――
全力の創造、全開の魔力、すべてを込めた咎刃ノ塔は、確かにあの大鏡ごと偽クロウを仕留めた。
もう動く気配はない。二度と立ち上がらない。そう、信じたかった。
(……これで、終わったんだろ……?)
だが――
「言っていませんでしたが、私が生きている限り、
その声は、上空から降る雨音のように、ひどく穏やかに聞こえた。
「っ……!」
顔を上げる。そこに立っていたのは――
まるでさっきまでの死闘などなかったかのような、綺麗に整ったシャルノバの姿だった。
仮面の奥で笑うその表情は見えない。
だけど、全身から滲み出る優雅な狂気が、空気ごと凍りつかせる。
「不思議ですよね? 願いって、形を与えてしまえば―― それはもう呪いに近いものなのに、人はずぅと手を伸ばし続ける」
そして、静かに手をかざす。
「ですから、何度でも。貴方が何度砕いても、私の
ギィィィィ……
嫌な音がした。
俺の前に、再び――
先ほど破壊したはずの虚栄ノ大鏡が、寸分たがわぬ姿で出現する。
まるで最初から何も起きていなかったかのように。
ひび一つ入っていない鏡面には、今の俺の姿が、疲弊しきった体ごと写っていた。
その姿は――あまりにも滑稽だった。
必死で抗って、命を削って、それでも何も終わっていなかったのだから。
「……ふざけんなよ」
俺は、ただ呟いた。
「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな……ッ!」
拳を握る。だが、震える指はもう魔力すら練れない。
顎が震える。怒りか、恐怖か、絶望か、自分でももうわからない。
(あぁ、くそ……)
なんで、だ。
どうして、あれだけの攻撃で……あれだけの決意で……
なんで、リセットみたいにやり直されてんだよ。
「やりがいがあるでしょう?」
シャルノバが、心から嬉しそうに笑う。
「世界を壊すために、幾月も、幾年も準備し続けていた。だってそれが人の願いであり、神の戯れなのですから。ぽっとでの貴方がどうこうできるものではないのですよ」
――最悪だ。
こいつは倒しても、倒しても、終わらない。
終わりが来ない。絶望の足音が聞こえた。