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第56話 混沌なる狂宴 その9

 『SS級冒険者夢幻ノ深淵リシェル・アルテミシアが冒険者各員に通達します。非常事態のためこの場で一番ランクが高い私が指揮をします。上空の龍種は私が討伐します。他の冒険者は逃げ遅れた人々をゼラストラ外まで誘導してそのまま避難して下さい。ゼラストラの幽鬼はラグナ・オラトリアが討伐します。彼が好きに動けるように早めの避難をお願いします。』


 どこからか響く、透き通った威厳ある声。その一言一言が、周囲を包む混沌を突き破って命令として突き刺さる。


 だが――


 「……普通に無理なんだが」


 呟いた声は、自嘲と諦観の混じった音だった。


 目の前で唸りを上げるのは、あの男――いや、偽クロウ。まるでクロウ・ヴォンガードの力をトレースするかのように、圧倒的な迫力と精密な技で斧を振るうその姿は、まさしくあの時感じた死そのもの。


 俺は、今再びその死と向かい合っていた。


 呼吸が荒い。心拍が速すぎる。鼓膜の奥で自分の血流音が聞こえる。


 魔力は、もう底を突いていた。


 魔法はおろか、万装珠玉ジョーカーズ・エッジを操る余力も、身体強化のための微細な魔力すら、残っていない。


 それでも――俺は逃げなかった。


 いや、逃げられなかった。


(逃げたら……ゼラストラが終わる。俺はゼラストラを守ると決めた。誰かの為じゃなく俺の為に)


 ――だから、踏みとどまる。


 目の前の偽クロウの斧撃に、限界を超えて刀を振るって受け止める。


 が、全く歯が立たない。


 圧倒的な質量に、骨ごと砕かれそうな衝撃が走る。


「くっ……!」


 吹き飛ばされた体が瓦礫に激突し、肺から空気が一気に抜ける。


 視界が一瞬白く飛んだ。


 だが、止まるわけにはいかない。


(止まったら、死ぬ)


 咄嗟に瓦礫を蹴って跳ね起き、地面を転がりながら追撃をかわす。


 間一髪。


 偽クロウの斧が、さっきまで俺の頭があった空間を薙ぎ払った。


(ちくしょう……数が多すぎる)


 虚栄ノ大鏡から、次々に偽クロウが生まれ出てくる。


 一体一体がクロウの全盛期の戦闘データを完璧に模倣している。常識的に考えれば、勝てるはずがない。


「……それでも、俺は引かない!」


 ゼラストラの空の下で、誰かが命を懸けている。


 リシェルは上空の龍種に挑み、他の冒険者は地上の市民を救おうとしている。


 なら、俺も、俺のやるべきことをやるだけだ。


(俺一人じゃ、勝てない。でも、相手の力を使えば――!)


 俺は、覚悟を決めて偽クロウたちの群れへと飛び込んだ。


 死の香りが濃密に漂うその中心で、俺は動いた。


 偽クロウの斧撃が振り下ろされる――その予備動作を読み切る。ギリギリで身を翻して回避。


 斧は、後ろにいた別の偽クロウを直撃した。


 硬質な骨が砕け、筋肉が裂け、斧がめり込む音。


「やっぱり、攻撃力の方が防御力より高い」


 この再現体たちは、戦闘力だけなら本物と見紛うほどだ。しかし、彼らには戦術がない。戦闘の中での判断力が欠けている。


 ならば、誘導すればいい。


 俺は半身で構え、常に複数の偽クロウを視界に捉え続けながら、戦場を攪乱するように動いた。


 一自分に向けさせた一撃を他の偽クロウに当てる。


 反射神経と、経験と、命のやり取りで培った読みで、俺は死の海の中を舞った。


(クロウ……お前の模倣を、お前の力で壊させてもらう)


 一体、また一体と、偽クロウたちが仲間割れのように斃れていく。


 だが、それでも湧き出るように次の偽クロウが現れる。


(時間が稼げればいい。ゼラストラの人々が逃げる時間さえ、稼げれば――!)


 俺は、刀を強く握り直した。


 両腕が悲鳴を上げている。足もふらついている。


 それでも、俺は止まらない。


 俺がこの場で倒れれば、すべてが終わる。


 偽クロウの咆哮が響く。


 だが、恐くはない、覚悟がある。


 恐怖を力に、絶望を戦術に変えて――俺は、命を燃やす。



 ―――――




 ラグナが下で奮闘している中、空に立つのは一人の少女だった。


 黒に淡い朱を纏った美しきローブ。その裾が、風に乗って静かに揺れる。仄かに紅を滲ませるようなその姿は、まるで夜明け前の闇に咲いた一輪の火花。  

 ゼラストラの上空、死を纏って飛来する無数の龍を前に、その少女――SS級冒険者、《夢幻ノ深淵》リシェル・アルテミシアは、ただ静かに呟いた。


「……あの子、頑張っているみたい」


 目を細め、唇に小さな微笑を宿しながら、リシェルは見下ろす。  

 視線の先、地上では、魔力が枯渇した少年が、偽クロウの群れの中で、決死の立ち回りを見せていた。  

 彼女が選び、彼女が導いた少年。

 ラグナ・オラトリア。

 運命を捻じ曲げ、幾多の死線を越えて、なお足を止めぬ意志を持つ者。


「やっぱり……私の目に狂いはなかった。あの子には、この世界を変える力がある」


 囁くように、愛しさを滲ませたその声は、凛とした高貴さと可憐さを併せ持っていた。まるで鈴の音を紡ぐような優しい音色で、けれどその中には深く濃い決意が隠されていた。


「――なら、ちょっとだけ。手助け、してあげる」


 次の瞬間だった。


 空が、震えた。


 龍たちが、一斉にリシェルの存在に気づく。圧倒的な魔力の奔流が、空の支配者たちの本能に訴えかけた。彼女は獲物ではない、脅威だと。


 咆哮と共に、幾重にも折り重なった龍たちが牙を剥く。空が黒く塗り潰されるほどの密度で、死を乗せて襲いかかる。


 しかし。


 リシェルは、微笑んだまま、指先をゆるやかに動かした。


因果律操作コズミック・オーダー 空間歪曲 断空』


 低く、静かに。けれど確かにこの世界へと刻まれた言霊が放たれる。


 次の瞬間、世界が歪んだ。


 空そのものが裂けた。  

 視界の中で、龍が飛翔していた空間が――音もなく、真っ二つに断たれる。  

 存在していたはずの空間そのものが欠落し、その内部にいた龍たちが、まるで存在を許されなかったかのように霧散した。


 断絶。


 そこにあったはずの命も、存在も、空も、すべてがなかったことにされた。


 それはまるで、神の意志による再定義。  

 リシェルという少女が、世界のルールに指先一つで書き直しを施したかのような光景だった。


 ざわついていた空が、静まり返る。  

 怯えを抱いた龍たちが、徐々に距離を取り始めるのがわかる。圧倒的強者の登場に、空すら息を潜める。


 そして、リシェルは空の真ん中で、楽しそうに笑った。


「ふふっ……さぁ、ここから――反撃の時間だよ」


 その声はまるで、誰かに語りかける子守唄のように甘く、優しく、けれど抗い難い力を孕んで響く。  


 その声が響いた瞬間、

 ゼラストラの空が、

 万装珠玉ジョーカーズ・エッジに覆われた空が、


 目眩がするほどの妖艶な紅色に輝いた。


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設定を褒められたのが嬉しすぎたので調子にのって新しい設定を放出します。この世に魔法が放たれる原理としましては魔力に意志を乗せることで魔力が具現化して魔法となるという感じです。これがめちゃくちゃ難しいので術式や詠唱を通して魔法を発動するというのがこの世界の一般的な魔法発動方法です。術式や詠唱を使うと開発者のイメージ通りに魔法が発動するので魔法書グリモアに載っている魔法は規模、威力、発動時間が均一になります。ただ、魔法の発動に長けた一部の者は魔力に直接意志を乗せて発動することができます。これがラグナの炎雷魔法です。ちなみに高ランク冒険者は皆、身体強化を出来ますがこれも魔法です。ただ自分の体なので外に具現化するより圧倒的にイメージしやすく意志を魔力にのっけやすいので詠唱や術式なしで発動することが容易であるという感じです。魔法を発動すると魔力を消費するのは魔法とは魔力によって形作られているからです。そして発動された魔法は魔素となりこの世に漂います。これで魔素保存の法則が崩れません。魔素を直接扱える者は今の所、登場していません。一般的な人はこれを経口吸収や肌での接触吸収を通して体に魔素を取り入れ、心臓でそれを魔力として練り上げ使用しているという感じです。体から出る魔素より取り入れる魔素の方が多いので魔力が回復するという感じです。人体の不思議ですね。


長文失礼しました。


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