……広場が、地獄と化していた。
さっきまで偽クロウの群れで溢れかえっていた光景は、今や跡形もない。
――
圧倒的な質量と速度をもって叩きつけた一撃は、大地を抉り、敵もろとも消し飛ばしていた。
「……これほどまで、とは……」
シャルノバの、思わず漏らした驚嘆の声が耳に入る。
だが、そんな感想に興味はない。
俺はゆっくりと、しかし確実に歩みを進める。
「次は、お前の首だ」
シャルノバは、ため息を吐き、肩をすくめる。
「何度言ったらわかるのですか? 私が死ぬまで、
そう言いながら、悠然と箱を開くシャルノバ――
しかし。
「させると思うか?」
刹那。
俺の姿が掻き消えた。
そして、次の瞬間には――
ザシュッ!!
シャルノバの首が宙を舞っていた。
手応えは、確かにあった。
だが、直後。
どこからともなく、もう一体のシャルノバが現れる。
「……」
違和感が、胸を刺す。
「今の復活、虚栄ノ大鏡によるものじゃないよな」
虚栄ノ大鏡による復活ならあの大鏡から現れるはずだ。
目の前のシャルノバの顔が、僅かに歪む。
――何かが、おかしい。
俺は思考を巡らせながら、
ゼラストラ上空に、ひときわ巨大な魔力の存在。
……リシェル・アルテミシア。空を飛んでいる。あれどうなってんだ、普通に気になる。
地上にも、固まった存在感があった。
あれは冒険者たちと一緒に避難しているゼラストラの人々だろう。
――だが、問題は、ここ。
広場に漂う複数のシャルノバの気配。
どれもこれも、まったく同じだ。個体差がない。
……いや、違う。
全ての気配は、目の前のシャルノバが抱える箱に、繋がっている。
(そうか――!)
気づく。
さっきから、シャルノバも、武装も、再生している。
けれど、あの箱だけは、一度も壊れたことがない。
つまり、本体は――
「……あの中だな」
確信と共に、俺は飛び込んだ。
刹那、魔力を込めた踏み込みで間合いを詰め、シャルノバの両腕を斬り落とす。
苦悶の悲鳴すら上げる間もなく、箱を奪い取った。
一拍遅れて、シャルノバが何が起きたかを理解する。
「待ちなさいッ! その箱は、神からの贈り物です! 貴方ごときが触れていいものではないッ!!」
叫びながら、シャルノバが縋りついてくる。
だが、無視だ。
俺は箱に刀を振り下ろした。
ゴギィン――!
鋭い音と共に、俺の刀の方が傷ついた。
手に痺れが走る。
「……ハ、ハハハハッ! 無駄だ、無駄だ、無駄だッ!! 貴方では、その箱に、傷ひとつつけられないでしょうッ!」
シャルノバが狂ったように笑う。
箱は異様なまでに頑丈だった。
このままでは破壊できない。
――なら。
(力で押し切るだけだろ……!)
脳裏に浮かんだのは、あまりに脳筋じみた、けれど、唯一の答えだった。
魔力を。
込める。
ひたすらに。
限界まで。
狂ったように。
溢れる魔力を、無理やり箱に叩きつける。
もはや正常な思考すらできない。
ただ、破壊衝動のままに。
――ゴォォォォッ!!
箱が、黒く濁った淀みから、紅蓮に染まり始める。
箱そのものが、異様な脈動を始めた。
――――
――気がつくと、僕の目の前には。
そこに、クロウ様がいた。
懐かしい顔。
優しく、そして力強く微笑む、あの勇ましい姿。
まるで、昔と同じだ。
昔の……?
(……昔?)
胸の奥に、ひっかかりが生まれる。
おかしい。
「昔」も何も、師匠は、僕の側にいてくれたはずだ。
今も、これからも、変わらずに。
ずっと、ずっと、僕を守ってくれる存在のはずで――
「師匠、今日も修行をつけてください。僕……皆を守れる勇者になりたいんです!」
懇願するように、僕は声を張り上げた。
クロウ様は微笑む。
慈愛に満ちた目で、僕を見つめて。
「――そうですね。なら、今日も基礎の反復から、始めましょう」
ああ、これだ。
これが、僕の日常だ。
親に捨てられた僕を拾ってくれた、たった一人の家族。
親代わりであり、師であり、目指すべき英雄。
この温かい日々を、僕は――
心の底から、願っていた。
永遠に。
この瞬間が、終わらないでほしいと。
「……おい」
その時だった。
耳を裂くような、耳障りな声が飛び込んできた。
「おい、クソガキ……目を覚ませ!!」
ズンッ――と。
何かが、脳髄を殴りつけるような衝撃と共に、世界が歪んだ。
視界の端が、黒く染まる。
クロウ様の優しい顔が、にじむ。
(……どうして?)
さっきまで確かに触れられそうだった師匠の姿が、遠ざかる。
まるで幻だったかのように。
嫌だ。
置いていかないで。
僕は、ここにいたいんだ。
ずっと、ずっと……。
「――目を、覚ませ!!!」
怒声と共に、現実が牙を剥いた。
温かかったはずの景色が、バリバリと音を立てて崩れ落ちる。
クロウ様の姿も。
あの微笑みも。
全部、全部――
砕け散っていった。