目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第58話 混沌なる狂宴 その11

……広場が、地獄と化していた。


 さっきまで偽クロウの群れで溢れかえっていた光景は、今や跡形もない。  

 ――龍星群ドラグ・ストリーム。  

 圧倒的な質量と速度をもって叩きつけた一撃は、大地を抉り、敵もろとも消し飛ばしていた。


「……これほどまで、とは……」


 シャルノバの、思わず漏らした驚嘆の声が耳に入る。


 だが、そんな感想に興味はない。  

 俺はゆっくりと、しかし確実に歩みを進める。


「次は、お前の首だ」


 シャルノバは、ため息を吐き、肩をすくめる。


「何度言ったらわかるのですか? 私が死ぬまで、顕願武装オプタティオ・ソムニウスは再生します」


 そう言いながら、悠然と箱を開くシャルノバ――  

 しかし。


「させると思うか?」


 刹那。


 俺の姿が掻き消えた。


 そして、次の瞬間には――


 ザシュッ!!


 シャルノバの首が宙を舞っていた。


 手応えは、確かにあった。  

 だが、直後。  

 どこからともなく、もう一体のシャルノバが現れる。


「……」


 違和感が、胸を刺す。


 「今の復活、虚栄ノ大鏡によるものじゃないよな」


 虚栄ノ大鏡による復活ならあの大鏡から現れるはずだ。


 目の前のシャルノバの顔が、僅かに歪む。


 ――何かが、おかしい。


 俺は思考を巡らせながら、万装珠玉ジョーカーズ・エッジを介して電気探知と魔力探知を発動した。


 ゼラストラ上空に、ひときわ巨大な魔力の存在。  

 ……リシェル・アルテミシア。空を飛んでいる。あれどうなってんだ、普通に気になる。


 地上にも、固まった存在感があった。  

 あれは冒険者たちと一緒に避難しているゼラストラの人々だろう。


 ――だが、問題は、ここ。


 広場に漂う複数のシャルノバの気配。  

 どれもこれも、まったく同じだ。個体差がない。


 ……いや、違う。


 全ての気配は、目の前のシャルノバが抱える箱に、繋がっている。


(そうか――!)


 気づく。  

 さっきから、シャルノバも、武装も、再生している。  

 けれど、あの箱だけは、一度も壊れたことがない。


 つまり、本体は――


「……あの中だな」


 確信と共に、俺は飛び込んだ。


 刹那、魔力を込めた踏み込みで間合いを詰め、シャルノバの両腕を斬り落とす。  

 苦悶の悲鳴すら上げる間もなく、箱を奪い取った。


 一拍遅れて、シャルノバが何が起きたかを理解する。


「待ちなさいッ! その箱は、神からの贈り物です! 貴方ごときが触れていいものではないッ!!」


 叫びながら、シャルノバが縋りついてくる。


 だが、無視だ。


 俺は箱に刀を振り下ろした。


 ゴギィン――!


 鋭い音と共に、俺の刀の方が傷ついた。  

 手に痺れが走る。


「……ハ、ハハハハッ! 無駄だ、無駄だ、無駄だッ!! 貴方では、その箱に、傷ひとつつけられないでしょうッ!」


 シャルノバが狂ったように笑う。


 箱は異様なまでに頑丈だった。  

 このままでは破壊できない。


 ――なら。


(力で押し切るだけだろ……!)


 脳裏に浮かんだのは、あまりに脳筋じみた、けれど、唯一の答えだった。


 魔力を。  

 込める。  

 ひたすらに。


 限界まで。  

 狂ったように。


 溢れる魔力を、無理やり箱に叩きつける。


 万装珠玉ジョーカーズ・エッジを通して供給される魔力は、制御不能なレベルで俺を侵食していた。  

 もはや正常な思考すらできない。  

 ただ、破壊衝動のままに。


 ――ゴォォォォッ!!


 箱が、黒く濁った淀みから、紅蓮に染まり始める。


 箱そのものが、異様な脈動を始めた。




 ――――




 ――気がつくと、僕の目の前には。


 そこに、クロウ様がいた。


 懐かしい顔。  

 優しく、そして力強く微笑む、あの勇ましい姿。  

 まるで、昔と同じだ。  

 昔の……?


(……昔?)


 胸の奥に、ひっかかりが生まれる。


 おかしい。  

 「昔」も何も、師匠は、僕の側にいてくれたはずだ。  

 今も、これからも、変わらずに。  

 ずっと、ずっと、僕を守ってくれる存在のはずで――


「師匠、今日も修行をつけてください。僕……皆を守れる勇者になりたいんです!」


 懇願するように、僕は声を張り上げた。


 クロウ様は微笑む。  

 慈愛に満ちた目で、僕を見つめて。


「――そうですね。なら、今日も基礎の反復から、始めましょう」


 ああ、これだ。  

 これが、僕の日常だ。


 親に捨てられた僕を拾ってくれた、たった一人の家族。  

 親代わりであり、師であり、目指すべき英雄。  

 この温かい日々を、僕は――  

 心の底から、願っていた。


 永遠に。  

 この瞬間が、終わらないでほしいと。


「……おい」


 その時だった。


 耳を裂くような、耳障りな声が飛び込んできた。


「おい、クソガキ……目を覚ませ!!」


 ズンッ――と。  

 何かが、脳髄を殴りつけるような衝撃と共に、世界が歪んだ。


 視界の端が、黒く染まる。


 クロウ様の優しい顔が、にじむ。


(……どうして?)


 さっきまで確かに触れられそうだった師匠の姿が、遠ざかる。  

 まるで幻だったかのように。


 嫌だ。  

 置いていかないで。  

 僕は、ここにいたいんだ。


 ずっと、ずっと……。


「――目を、覚ませ!!!」


 怒声と共に、現実が牙を剥いた。


 温かかったはずの景色が、バリバリと音を立てて崩れ落ちる。  

 クロウ様の姿も。  

 あの微笑みも。  

 全部、全部――


 砕け散っていった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?