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第60話 混沌なる狂宴 その13

……まったく。どうして俺がこんな面倒ごとに首突っ込んでるんだか。


 気づけば、白く閉ざされた箱のような空間に、自分の意識をぶち込んでいた。  

 なんかよくわからんが、とりあえず魔力を全力で流し込んでいたら、内部の構造がぼんやりと見えるようになってきた。  

 なんつーか……スケスケってわけじゃねぇが、まぁ、うっすら気配と位置がわかる感じだ。


 んで、その中にいたのが――  


「……いたな。クソガキ」


 他にもいた。シャルノバの武装に封じられてた連中だ。  

 つまり、こいつらがシャルノバの力の燃料ってわけか。なかなか悪趣味な発電システムだな。


 ……なら話は早い。  


 とりあえず、真っ先に目に入ったクソガキに――思念、フルスロットルでブチ込んだ。  

 そのまま洗脳……いや違うな、調教……いや違うな……教育、だな、うん。教育を施した。


 マジで、クソガキ。  

 ウジウジ、ネチネチ、陰キャ根性丸出しのどうしようもないメンタルクソ雑魚ナメクジ野郎。


 だが――


 それでも。


 クソガキは、ギリギリで立ち上がった。


 過去に縋って、甘い幻想に溺れかけていたクソガキが、自分の中にある“本当の望み”に気づいて、前を向いた。  


 それによってクソガキの願いが途切れ、クロウに成り代わっていた贋物の零屍人も、元の姿に戻った。


 ……ま、上出来だ。


 で、肝心の問題はここからだ。


 シャルノバの力の源。  

 それは、あの空間で眠る人間たち――つまり、クソガキ以外に封じられていた連中の存在そのもの。


 だから――


「クソガキ、そこに倒れてるやつら、全員始末しろ」


 ――シンプルで、実に合理的な答えだった。


『……いや、できません』


 はぁ?


 けれど、クソガキの答えは実に甘っちょろいものだった。


『僕は、これ以上、誰かを犠牲にしたくないんです』


 ……甘ったれんな。


「おい、いいか?そいつらを殺さなきゃ、シャルノバの力は削れねぇんだよ。それに、目覚めさせる方法もねぇ。お前ができたからって、他の奴も起きるとは限らねぇ。だから、ぶっ殺せ」


 どんなに俺が言ってもクソガキの答えは変わらなかった。


『ラグナさんの言ってることが、合理的なのは分かります。でも――それでも譲れません』


 ……ったく、コイツはほんとに……


「甘ったれで、弱っちくて、理想ばっか追ってて、しかも無駄に頑固で……マジで、どうしようもねぇ奴だな」


『うぐっ……』


 ……ん? 図星か?  

 遠くでクソガキが渋い顔してるのが、こっちにもビンビン伝わってくるぞ?


 だが――


「けどな、今回だけは……お前のワガママを、聞いてやる」


『……えっ? 本当ですか?』


 ここで、クソガキと押し問答している時間が勿体ない。それなら、切り替えて次に移るまでだ。


「あぁ。ただし、やるべきことはちゃんとやれ」


 こっちを真っ直ぐ見るような、澄んだ目。


 ……さっきまでのグズグズした表情が嘘みたいだ。本当に、扱いやすいやつ。


「シャルノバの本体があの空間のどこかにいるはずだ。そいつを――見つけて、殺せ」


『……わかりました』


 即答だった。


 どうやら、シャルノバも助けると言い出すほど手遅れではなかったらしい。  

 いや、クソガキの中で、何かが変わったのかもしれないなぁ。  

 さっきまでの“勇者様”じゃない。“カイン・アスベルト”として――


 前よりも成長したクソガキの姿に少し安心感を覚える。


「……それじゃあ、任せたぞ」


 そう言って、思念の接続を切り、俺は現実の戦場へと意識を引き戻す。


 さあ、舞台は整った。  

 残すは――このクソみたいな三文芝居の幕を降ろすだけだ。



―――――



 思念が――ぷつりと、途切れた。


 ラグナさんの声が、静かに消えていく。  

 最後に投げられたのは、信頼か、それとも単なる放任か。  

 ……どちらでもいい。いや、どちらでもよくないけど、今はその判断を後回しにしよう。


 問題は、ここからだ。


 胸の内に残るのは、妙な高揚感と、ゾクリとした緊張の糸。  

 ……たぶん、今この瞬間、僕は生まれて初めて――自分の“意志”で、自分の“行動”を選ぼうとしている。


 今までだって戦ってきた。  

 けれど、相手はいつだって魔物だった。人間じゃない、心を通わせることもない敵だった。  

 だから、自分の手が汚れることなんてなかった。  

 誰かに言われた通りに動いて、誰かを守って、誰かに「勇者様」と呼ばれて――  

 それが当たり前だと思っていた。


 だけど、今は違う。


 今、僕は“わかってる”。  

 やらなきゃいけない理由を。引いてはいけない意味を。  

 ――この世界を、ゼラストラを、そして、自分自身を、救うために。


 汚れる覚悟もなく、誰かを救えると思うな。  

 甘ったるい理想だけを掲げて、手を汚すことから目を逸らすのは――ただの、逃げだ。


 「……行くよ」


 呟くように言ってから、僕は片手を胸元へ伸ばす。  

 呼吸を整え、精神を研ぎ澄まし、イメージを一点に集中する。


 ――僕の祈りに応えろ。


 『聖剣召喚――集え 聖剣デュランダル』


 その名を呼んだ瞬間、世界が震える。  

 空間のひび割れから差し込む光が、僕の掌に流れ込み――


 光の奔流が形を取り、いつもの、馴染み深い銀の剣がそこに現れた。


 けれど――それは、どこか違って見えた。


 今まで幾度となく手にしてきたはずの聖剣が、今日だけは……  

 まるで人を殺すための、残酷な道具に見えた。


 ――怖い。


 怖い、怖い、怖い。  

 聖剣を握る手が、ほんの少し震えてるのが自分でも分かる。


 でも、それでも――やるしかない。


 僕はもう引かない。


 誰かに決められた“勇者”じゃない。  

 僕は、“カイン・アスベルト”として――僕自身の“理想”を押し通すために、ここに立ってるんだ。


「行こう、デュランダル」


 剣を強く握りしめ、心に決意を刻む。  

 誰かに頼らず、自分の足で立つ。自分の意思で、未来を掴む。


 それが、僕の戦いだ

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