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第3話

一方その頃、意味深に目覚めたオートマタはと言えば。




絶賛迷子であった。




時は少し遡る。


彼女が覚醒したのは、アレクセイ・ズヴェズダノフ・ヴォルコフがいくつか所有していた研究所の中のひとつ、魔法都市アルカトラの副都のひとつであるザハラムトラ=アルディア内に置かれたそれであった。


彼女はアレクセイの下に向かおうと準備をし、休眠モードに入る前と何ひとつ変わらない室内から必要なものを揃えた。




この研究室には彼女を始めとした前世アレクセイの遺産が多く残されている。


その内のひとつが『綺麗好きなネズミたち』である。


前世アレクセイがこのオートマタの少女を生み出すときの副産物として誕生した、自動洗浄機能の付いた小さなネズミの人形である。


彼らは周囲から魔力を取り込みつつ体内に内蔵された浄化の魔法を発動しながら研究室内を駆け回る。


これによって室内は清潔に保たれるというわけである。


そして表面的な汚れや侵食がなければそれだけでも保存期間は長くなるが、加えて研究室全体に現状保存の魔法もかけられているため、研究室内は一千年の時を超えてなおその姿を保っているのであった。


ここまでが内部の話とすれば、当然外部の影響もある。


世紀の大魔導師アレクセイ・ズヴェズダノフ・ヴォルコフの研究室を、彼の死後、そのまま放置するわけはない。


多くの研究者や権力者たちがその遺産を得ようと手を伸ばした。


その内のいくつかは彼が輪廻に旅立つときにそばに居た高弟たちによって弾かれたが、そもそもこの研究室に配備されたセキュリティを突破することができなかった。


この辺りの話は長くなるのでまたの機会を伺うとして、ともかく彼女は代わり映えのしない研究所を出た。




そしてこちらは右も左も見覚えのない景色であることに困惑した。


彼女が眠りについたのは概ね一千年前、前世アレクセイの死とほぼ同じタイミングであったので、当然のことながら一千年の時が流れている。


であれば見慣れた風景も様変わりしていて当然であった。


さらにいえば、現在彼女の記憶は一部損傷していることもあり、輪をかけて戸惑わせることとなった。


ともあれ彼女がやることは変わらない。


かつての──否、現在も変わらず忠誠を捧げる主の下へと馳せ参じるのみと言わんばかりに颯爽と歩きだした。




道順すら変わってしまったことに、悪戦苦闘しつつもなんとか街を抜ける門までたどり着いた。


そこには門番がおり、出入りする人間を管理している。


門番といっても、一千年前のいわゆる金属の鎧に身を包んだ兵士ではなく、近代風の軍服といった装いである。


さらにいうと軍人ではあっても武張った雰囲気はなく、後方勤務といった風情の──どちらかといえば空港職員のような雰囲気の人間である。


そんな人間が出入り管理用の建屋の中、受付カウンターを挟んで何人も並んでいる姿はその印象をより強くさせる。


彼女はよくわからないまま案内され、よくわからないまま列に並び、よくわからないまま順番が来た。




「身分証を」




日々多くの人間を相手にする仕事特有の、冷たくすら感じるほどの事務的な態度で、彼女に視線をやることもなく淡々と告げる職員。


それに対し特に思うこともないように、彼女もまた冷静にそれを取り出した。




「これは……?」




「冒険者証です。昔作ったものですが、個人を識別する機能は失われていないので、身分証として使えるかと」




彼女が取り出したのはいわゆるドッグタグのような金属のプレートで、個人の魔力反応を識別する機能を持つものである。


彼女はそれに微量の魔力を流し、ほのかに光らせることで本人証明となると考えたわけだ。


その判断は間違ってなどいない。


その冒険者証が一千年前のものでなければ、というただし書きがつくわけだが。


職員も、まさか一千年前を生きた人物がちょっとそこまでみたいな感覚でふらっと訪れるとは思っていないし、彼女からしてもまさか一千年も時が経過していようとは想像もしていなかったため起きた不幸なすれ違いと言えよう。




その後、職員によって裏へと連れて行かれ、色々と聴取を受けたわけだが、彼女の『主の下へと駆けつけなければならない』というわけのわからない主張と、どうやら現代の身分証を持っていない長命種であろうという判断から、簡易な身分証を発行し、旅先で冒険者証を更新するようにという注意だけして解放する流れになった。


彼女はそれに納得のいかなそうな顔をしているが、職員には非はない。


彼はただ職務に忠実であっただけである。


ともあれそうして発行された簡易的な身分証には、エリザヴェータという名前が刻まれていた。


そんなドタバタがありつつようやく門の外に出て、エリザヴェータは地平線へと続く街道を眺めながら呟く。




「余計な時間が取られましたが、気を取り直してマスターの下に向かうとしましょう。かの龍滅の英雄のように、東に向かう旅路の果てに、我が望みはあるのでしょう」




エリザヴェータは、アレクセイの魂魄反応を確認することを条件に目覚めたわけであるが、となればその魂魄反応を感じ取る機構が存在するというわけである。


それによって、アレクセイは東の方向にいることを把握しているのだ。




この独り言を聞いていた、本来の意味での門番は思った。




(ここ西門なんだけどな……)




声をかけなかった彼の判断を、責めることはできない。


容姿はまるで人形のように整っているが、明らかに普段遣いではない服装で、わけのわからない独り言を呟く。

そんな様子のおかしい美人に声をかける勇気は、彼の職務規定に含まれていなかったのだから。

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