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第4話

場面は変わってゴルラヴェツの麓にあるストリェチェヴォ村。


アレクセイは7歳になっていた。


覚醒してから約2年の間、彼は魔力回路の再構築と、畑の手伝い、両親による冒険者としての教育というルーティンを変わらずに続けていた。


とはいっても、そこまで急成長しているわけではない。


いわゆる転生モノでは、幼い頃から取り組んでいたおかげでありえない強さになってオレツエーハーレムウハウハーというバカみたいな展開があるが、幼い頃から英才教育を受ける人間などいくらでもいるし、魔法など初めて触れる転生者が独学で10年20年取り組むよりも、正式な教育を受けたエリートの5年の方が効果を見込めることなどいくらでもある。




そういった意味では、アレクセイは正しい知識を持ち、弛まぬ努力を続けているが、それでも魔力回路の構築は遅々として進まない、正確に言うならば遅々として進まないし、肉体は成長してきているが未だに基礎体力向上訓練が主で武器は握らせて貰っていない。


それでも腐らずに続けているのは、ひとえに前世の知識ゆえであろう。


先に述べたとおり、なにも精神や人格が入れ替わったわけではない。


あくまでも見た目通りの少年の人格が、一千年前の大魔導師の知識を持っている状態である。


しかし、訓練を続ければ技術を習得できるということを、それこそ魂に刻まれて知っているのである。


感情は理性によって制御され、理性は知識によって補強される。


だからこそ頭の悪い人間ほど理性が弱く感情的なのである。


閑話休題。


これにより、アレクセイはこの年ごろの子どもにしては我慢強く、熱心に訓練に取り組んでいるように見えた。


そんなアレクセイであるので肉体の成長はともかく、座学の方面に関しては既に両親の教えられる範囲は超えつつあった。


そもそもカリヤもナジェージダも誰かに何かを教えるのは本職でもないし、そのためのカリキュラムや教科書があるわけでもない。


単に自分の知識を順番に──思いついた順に教えていっているだけなので、抜けも漏れもあるわけだが。


ともあれ彼らからすれば勉強熱心な我が子に何を教えるべきかと頭を悩ませていたわけである。




「そろそろ実践に入るか?」




「そうねえ……始めの小川までなら行かせても良いんじゃない?」




というわけで、待ちに待った実践編である。


我慢強く、熱心に訓練に取り組んでいようとも、机に向かってお勉強ばかりをしたいと思う子どもはいない。


アレクセイは内心の喜びを噛み締めていた。




「実践ってなにするの? 薬草とかとってこようか? ズヴェリカとか? スネジョカはもうないだろうしミラヴァとか?」




勢い込んで質問してくる我が子に微笑ましい気持ちになりつつ、隣に座ったカリヤがその小さな肩を抱いてなだめる。




「採取には計画があるから、自由にやらせるわけにはいかないよ。ただ、今言った薬草類の実物を見てくるのは良い案だね」




そういって彼が語ったことをまとめると、村とゴルラヴェツ山脈を隔てる森の中、いくつもある小川の支流の内、村から一番近い川までを行動範囲として自由に出入りして良いとのことであった。


そこまでであれば大きな獣が来ることもないし、今まで教えた知識を実践する場としてちょうど良いだろうという。




「わかった!」




そういって今にも飛び出しそうな勢いのアレクセイを捕まえ、自らの膝の上に乗せつつカリヤが言う。




「僕たちが教えたことを忘れちゃったかな。冒険者にとって一番大切なことはなんだい、アリョーシュカ?」




「うーん……準備が八割!」




「そう、そのとおりだ! じゃあ森に向かう前にやるべきことはわかるね?」




「背嚢作らなきゃ!」




アレクセイが十分に理解したと察したカリヤは、温かい拘束を解き自室へ走るその背中を眺める。




ちなみに『背嚢を作る』というのは、冒険者間でよく言われる職人言葉のようなものだ。


まず背嚢というのはいわゆるバックパック、皮革や布製の背負子の一種だ。


内容量がそれなりにあり、各種ベルトを調整することで長時間背負い歩いても負担が少ない作りになっている。


徒歩行軍をしている軍人が背負っているでかいリュックサックを想像してもらえば間違いはない。


そんな背嚢を『作る』というのは当然今から縫製するという意味ではなく、バッグに入れる内容物を決め、配置を決め、重心に偏りはないか、いざという時に取り出しやすいかなどを調整することを指している。




自室に戻ったアレクセイはその背嚢の中身についてあれこれと頭を悩ませている。


前世ではいわゆるアイテムボックスである『収納の魔法』を使っていたため手荷物を持つことなど稀であったため、初めてといって良い作業である。




(タオルと着替えは要るよね。あとは、今回は採取しちゃダメってことだけど、採取用の籠類は持っておこう。お昼ごはんはお弁当かな、戻って来るのかな。どっちにしろ潰れないように上の方を開けておこう。小川までなら野営装備は要らないよね……あれ、泊まったらダメとは言われてない?)




「パパ~! 野営は~!?」




「ダメー!」




「はーい!」




(となると使いはしない野営道具は置いていくか。いや、籠も持って行くしどうせなら本番と同じ構成にしようかな)




そんなことを考えながら子ども用の小さめな背嚢にあれこれと詰めていく姿は、どう見ても大魔導師ではなく遠足前の子どもそのものであった。

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