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第6話

魔法都市アルカトラの副都ザハラムトラ=アルディアを旅立ったオートマタ──エリザヴェータは一路西していた。


改めて確認するまでもなく、彼女の目標は大陸に現れたマスター、つまりは現世のアレクセイと接触することである。


そもそも彼女のシステムの一部は経年劣化によって十全に機能を発揮していない状態であるのだが、それに加えて一千年のギャップがあるため詳しい経路は調べても無駄であろうという判断もあり、東門から出てずっと進めば良かろうという考えであった。


百歩譲ってそれは良いにしても、西門から出発しているのでその計画はすでに破綻しているのであった。


天体の運行などと小難しいことを考えるまでもなく、太陽を追う旅路になにも疑問を抱かないものかねこのポンコツオートマタは。


ともあれ、そうして旅を始めたエリザヴェータはとある街に辿り着いた。


そこはザハラムトラ=アルディアとの交易により栄えている都市である。


仮の身分証を見せて、事情を察した職員によって冒険者ギルドに向かうよう案内された。


一千年前と比べ、大分文明的になった街並みを横目に、冒険者ギルドを目指す。




ここで一度この世界の文明について説明しよう。


まずアレクセイの転生前、一千年の世界はいわゆるなろう風中世ヨーロッパ的な世界であった。


中世もヨーロッパも広いのに随分と雑なカテゴライズではあるが、要するに剣と魔法の世界であり、外敵であるモンスターなどから街を守るため、人々は頑丈な石組みの壁に囲まれた街に生活していた。


それが、一千年の間に『魔術』という魔法体系が発明され、現在は概ね産業革命前後といった風情である。


様々なものが大量生産されるようになり、一千年前と比べると人々の生活は目に見えて豊かになっていった。


モンスター対策も魔術具──誰でも魔法的な効果を得られる道具──の発明によって大分進み、それに併せて流通もスムーズになったため、田舎であってもその恩恵にあやかっている。


アレクセイの住むストリェチェヴォもそのひとつだ。


そもそも一千年前の農村などは、モンスターに怯えつつ田畑を耕すしかない開拓民という側面が強く、国家は常に開拓団を編成して国内のあちこちに派遣していた。


しかし現在では、モンスターの脅威は遠のき、農業の研究も進んだことで生産量は上がり、開拓民という側面は減って牧歌的な生活を送っている。


一方で、都市部は工場の機械に合わせた長時間労働が主流になりつつあり、一部の層からはスローライフなどという概念が生まれつつある。


ただし、有効なモンスター対策が誕生したとはいえ、未だにその被害は少なくはないし、工場での生産が進む分、資源の価値は上昇し続けている。


そんなモンスター対策や、資源の回収を含めた雑多な業務を一括して受諾するのが冒険者ギルドであり、ギルドから下請けに出されるのが冒険者であった。


依頼には様々なものがあり、大きく分ければ街の中の雑多な業務・街の外のモンスターを相手にする業務・モンスターを相手にするわけではないが肉体的にきつい業務などである。


この街でいえば、ザハラムトラ=アルディアとの交易が主たる収入であるため、その商人の護衛が多い。


他にも木材の伐採に伴う木こりの護衛など、各種職業の護衛業務を冒険者ギルドに委託している形である。




そんな冒険者の集まる冒険者ギルドに、エリザヴェータが入っていく。


中は清潔な役場といった印象で、いくつものカウンターの向こうに職員が座っている。


雰囲気はザハラムトラ=アルディアの出入国管理局に近い。


当然、施設内に飲み屋などは設置されておらず、さらにいえば掲示板にクエストが貼られていたりもしない。


文字の読めない人間相手に、そんなものを出しても無駄だからである。


基本的に冒険者は受付でギルドが斡旋するいくつかの候補の中から依頼を選び、それに従事する形だ。


なのでいわゆるむくつけき男たちが、昼間っから酒を飲んで管を巻いているような状況ではなかったが、それでもエリザヴェータの美しいかんばせは人目を引くには十分であった。




「冒険者証の更新を」




「……あ、はい」




エリザヴェータはとりあえず目についたカウンターに並び、要件を告げつつ冒険者証と簡易身分証を提示する。


彼女の顔からようやく視線を逸らしてそれを受け取った職員は、先ほどまでの惚けた顔から呆けた顔へと変わった。




「えーと、これはいつ頃作成されたものでしょうか?」




「はて。いつ頃でしょうか。そもそも今はいつですか?」




「えっと、ザハラムトラ=アルディアから来られたのですよね? ですと、教会暦一八二〇年なのでアルカトラ歴一七〇〇年というところ? になると思いますが」




「なんと。ではわたくしは一千年の時を眠っていたというわけですか……」




「え?」




「いえ。教会暦七五〇年頃に作成したと記憶しております」




「な、七五〇年ですか……?」




「ええ」




手元から視線を上げた職員は、先ほどとは別の意味でエリザヴェータの顔を凝視している。


どう見ても一〇代後半といった見た目の彼女ではあるが、一千年生きる長命種もいないことはない世界だ。


そんな個体は滅多に人前に現れないとはいえ、どちらにせよ職員は自分の判断できる範疇ではないということだけがわかった。




「確認してまいりますので、少々お待ちください」

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