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第9話

エリザヴェータがヴェインサーブルに仮加入し、一路目的地に向かって(いるつもりで)旅立ってから早数年。


出発地点である魔法都市アルカトラの北副都、ザハラムトラ=アルディアから数えて12カ国目の国家に入った。


ここまでの旅路はそれなりに紆余曲折あり、血沸き肉踊る大活劇として売り出せばそこそこ人気を博すのではないかと思われるが割愛しよう。


基本的に彼女の旅路はクラン員によって街から街へと運ばれ、到着した先で高難易度のクエストをクリアし、また別の街へと運ばれるという形だ。


まるきり便利使いされていると言っても過言ではないのだが、本人が納得しているので良いとしよう。


かといってヴェインサーブルというクランが悪辣かといえばそうではないのも事実だ。




各国の入国審査はそれなりに厳しく、冒険者としての身分を得たとはいえあの時点ではスッポンポンの無職のようなものである。


それだけではいどうぞというわけにはいかない。


基本的に対魔物用ではあるが、その身に武力を宿した人間をホイホイと入国させるわけにはいかないのは当たり前である。


当然ながら冒険者は行き来自由であるとか、税などを優遇されるといったよくわからないご都合設定などあるはずもなく──複数国家の承認を得たEXランクともなれば話は変わるが──冒険者という職業の地位はそれほど高くはない。


それなら国家という人類の生存域には近付かず、ひたすら無人の野をまっすぐに突き進むというのも彼女の身体の構造上、そして戦闘力からいえば可能ではあるが、このポンコツアンドロイドもといポンコツオートマタが目的地に向かってまっすぐに突き進めるかは別である。


まっすぐ行けば着くとは言ったが、まっすぐ行けば着くとは言っていないのだ。




閑話休題。




そんなわけでエリザヴェータとヴェインサーブルは持ちつ持たれつ、このオートマタがそこまで考えているかは別として、お互いに補い合う良好な関係であるといえた。


国家を跨ぐ大規模クランとしての信用は、女性一人、オートマタ一体の就労ビザ程度は簡単に発行させることができたのだった。


ともあれ、そうして辿り着いたのは大陸西端に近い大国、レグレア帝国の玄関口であるル・クレストンという都市であった。


遠くの工業地帯からは巨大な煙突がいくつも伸び、そこから無限とも思える煙が吐き出されている。


ここまでの旅路にも大きな都市はあれどここまでの規模のものはなく、エリザヴェータも興味深げに眺めている。


見た目上はまっすぐに前を向いて凛とした立ち姿なのが、若干腹立たしいが。


そうして案内されるままル・クレストンのクランハウスへと到着した。


そこに待っていたのは眼鏡をかけた柔和そうな顔の男であった。


首から下のみっしりと筋肉の詰まった身体を見ればまた別ではあるが、顔つきだけでいえば裕福な商人か優秀な役人かといった雰囲気である。




「あなたがエリザヴェータですね。はじめまして、私はこのクラン・ヴェインサーブルの副クランマスターであるマクシム・ヴァルネーです」




そう言って差し出された手をお義理で握りつつエリザヴェータも答える。




「よろしくお願いします」




「着いて早速で申し訳ありませんが、明日から仕事です。旅塵を落としたら打ち合わせをしましょう」




「わかりました。では少々お待ちください……『旅の汚れを落とす魔法』」




エリザヴェータが浄化の魔法によって汚れを落とす。


ちなみに浄化の魔法は別に、汚れを消滅させるわけではなく、火水土風の属性を広く浅く使った魔法であり、身体や服の表面上の汚れをまとめてだけなので、使用者の足元等にはザザッとその汚れが落ちることになる。


それをクランハウス付きのメイドが手早く掃き清めて、何食わぬ顔で去っていく。


エリザヴェータのここまでの旅路の情報は、周囲のメンバーが変わる度に申し送られてきた。


その中には彼女の浄化の魔法に関する情報も含まれていたというわけである。




「おお。本当に魔法を使うのですね」




「見様見真似です」








「では改めまして今回のクエストについて情報共有いたしましょう。まずこの街ル・クレストンはレグレア帝国の端とでも言うべき場所に位置しています」




マクシムが机の上に広げられた地図を指しながら説明する。


その大まかな地図にはル・クレストンに大きなコマが置かれており、そこから西の方向に線が引かれている。


ちなみに線を直接書き込んでいるわけではなく、色のついた細いひもと針によってルートを示している。


その先にはこれまた大きな龍のコマが置かれており、位置的にはル・クレストンと別の街との中間地点といえる場所であった。




「このコマは?」




「見てのとおり龍ですね。今回のターゲットは龍種となります」




「龍種、ですか」




「ええ。いくらEX級といっても、一筋縄ではいかない相手といえるでしょう」




割愛した間の冒険活劇の結果として、エリザヴェータはEX級になっていた。


各地で塩漬けされていた高難易度依頼──多くは強大なモンスターの討伐──をこなした結果であるが、その多くは常態的に被害を出しているわけではなく、時折甚大な被害をもたらすものの、普段は存在も忘れられていることすらあるヌシ的な存在であり、だからこそその討伐によって沽券が保たれた国家によって、彼女の昇格は承認されたともいえる。




閑話休題。




そんなEXランクといえども二つ返事で答えることができないのが、龍種の討伐である。


龍種というのは、この世界においてはヒト種のひとつとして数えられている。


普人族──一般的なホモ・サピエンス的な人種──を含んだ二足歩行の種だけがヒトと呼ばれるわけではない。


この世界におけるヒト種の定義は『一定以上の知性を持ち、言語によって意思伝達が可能な種』となっており、普人・森人・山人などの、多少の差異を含みつつもヒトと呼びやすい種に限らず、いわゆるオーク・ゴブリン・コボルトなどの中でも上記の条件を満たすのであればヒトとして認めるというのが常識といって間違いではない。


差別主義者が非常識なのはいつの世も同じである。


現に、マクシムもオークの血を引く混血である。


その前提で先ほどの話を聞けば、ヒト種であるはずの龍種の討伐が目的のクエストということになる。




「やっこさんは若い個体でしてね。多くの被害を出したために討伐依頼が出ているというわけです。まあ、若い龍種にありがちなことではあります」




「なるほど」




向こう見ずな若者が無茶をしがち程度の温度感で話すマクシム。


そして同じヒト種(に彼からは見えている)の討伐依頼に対しなんの感慨も見せないエリザヴェータに、マクシムもまたなんら問題はないかのごとく続ける。


たとえ同種であろうとも、他人に迷惑をかける──例えば野盗など──のであれば討伐対象たり得るというのが当たり前の考え方だろうと納得しているようだ。


別にこのポンコツはそこまで深く考えていないだろうと指摘する人物は、この場にはいなかったようだ。




「あなたご希望のテル=エメシュに向かうルート上に、彼のテリトリーは存在しています。まあ簡単に言えば、そこが最短ルートなのでそれを邪魔する者を取り除こうというだけの話です。これまでどおり、必要な手配はこちらで進めておきます。あなたには身体だけ現地に向かって貰うだけです。と言いたいところなのですが、流石に今回はそういうわけにもいきません。こちらからも戦闘のための人員を出します」




「(要らないと言うのはよろしくないでしょうね)わかりました」




「顔合わせは明日ということで、その後そのまま目的地に向かって出発します」




しかし、精神的にはともかく、物理的に龍種の討伐難易度が低いわけではない。


いくら長命種で底知れぬ戦闘力を保有していることがわかっているとはいえ、彼女ひとりに任せることは、大クランとしての沽券に関わる。

周辺からも精鋭と呼ぶに足るメンバーを集めてことに当たるつもりのようだ。

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