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第10話

「いやあああああああああ、やだああああああああああ!!!!!!!」




普段の『❤︎』もかなぐり捨てて泣き叫ぶメスガキことリュドミーラである。


場所はアレクセイの部屋、アレクセイのベッドの上である。


そろそろ旅立つということで、近所に挨拶してきなさいと両親に言われあちこち回っていたところ、リュドミーラ宅にてこの騒音引っ付き虫状態になった彼女を引っ掛けて、離れないので仕方なくそのまま帰宅したところだ。


彼女の両親には落ち着いたら送ってきますと告げ、苦笑いで見送られ、帰宅後は自分の両親から微笑ましげに見られ、今に至る。




「一生会えないわけじゃないんだから」




「やだああああああああああ!!!!!!! 一緒にいるのおおおおおおお!!!!!!」




ベッドに腰掛けたアレクセイの腰に離すもんかとばかりに抱きつき、お腹に顔を埋めて大絶叫しているリュドミーラである。


涙やら何やらで濡れた服の感触が気持ち悪く、声による振動がこそばゆい。




(弱ったな。こうならないように振る舞って来たつもりだったんだけどな)




アレクセイは鈍感主人公ではない。


それはもう何らかの障害があるのではと疑うような、異常なほど他人の感情を察知できないキャラクターとは違う。


前世でいえば研究、現世でいえば鍛錬を優先していたのでわかりづらいところはあるが、きちんと理解した上で対応しているのだ。


価値を見出しているかは別として。




アレクセイはリュドミーラが本気で彼を愛し、彼を婿にとってこの村で暮らさせようと考えていることも察していた。


実際に前世の知識がなければ、それは有力な未来予想図ではあった。


しかし、それは選ばなかった未来である。


だからこそアレクセイはリュドミーラに冷たく、とまでは言わないものの期待させるようなことは言わないように気をつけていたのであった。




引っ付き虫の頭を撫でながらどうしたものかと考えていると、そこにスライムが近付いてきた。


以前アレクセイが従魔契約を結んだ個体である。


それがアレクセイとリュドミーラの間に身体を滑り込ませる。


服とその先に染みた涙を吸収し、リュドミーラの顔も直接キレイにしてくれる。


その様子になんとなくおかしく感じて、ふと笑いが漏れる。




「なに笑ってんのよ」




「ごめんごめん」




アレクセイからスライムに対象を変更した引っ付き虫がジト目で文句を言ってくる。


出会った当初は手のひらサイズだったスライムも、現在はそれなりに大きくなり、リュドミーラが両手で抱きしめつつ顔を埋められる程度に、大きなクッションほどの大きさになっている。




「その子、置いていくから。面倒見てあげてね」




「…………❤︎」




スライムとの契約後、アレクセイのところに遊びに来る度にスライムをぽよぽよしていたリュドミーラであったからか、そんな提案をするアレクセイ。




「君も、リュドミーラを守ってあげてね」




従魔契約の繋がりを意識してスライムにも声をかける。


それがわかってるのかなんなのか、呑気にぽよぽよ揺れているスライムであった。








────








そしてアレクセイが旅立つ当日。


村の入口には彼の両親を始め、近所の住人や親交のあった人々が集まっている。


中には適当な理由にかこつけて昼間っから酒を飲んでいる者もいた。




「今さら言うまでもないが、十分に気をつけていきなさい」




「変なもの見つけても、それにばかり気を取られていたらだめよ?」




「うん。わかってるよ」




両親を始めとした大人たちに順番に声をかけられる。


最後に、リュドミーラがアレクセイの前に立つ。




「早く帰ってきてね。リューカも待ちくたびれちゃうから」




「ああ、名前つけたんだ。頼むぞリューカ」




現在のリューカはリュドミーラの両手のひらに乗るくらいのサイズに縮小している。


スライムにはサイズや重量を、ある程度までなら調整ができる謎の性質があるのだ。


そのリューカをぽよぽよと撫でるアレクセイにすっと近づき、柔らかいハグとともに頬へキスをするリュドミーラ。




「絶対にちゃんと帰ってきて❤︎」




「はいはい」




それを見た周囲の大人たちがヒューヒューと囃し立てるのも無視して、アレクセイだけを見つめるリュドミーラとその背中をぽんぽんと叩くアレクセイ。


名残惜しげに身体を離し、数歩進んで振り返る。




「みんな! 見送りありがとう! 行ってきます!」




見送る側からもバラバラに声をかけられる。


その声を背にして、アレクセイは村を旅立った。


少し離れてからもう一度だけ振り返ったアレクセイの視界には雄大なゴルラヴェツの山肌が映る。


いつもどおりの、見慣れたはずのそれがなぜか、今日は優しく微笑んでいるように感じた。

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