アレクセイがストリェチェヴォを出発して数週間が経過している。
まっすぐ進めば子どもの足でも1週間で着くところを、あっちへふらふらこっちへふらふらしている内にこれだけの時間が経っていたのである。
それでもようやく第一の目的地であるムグリースタエに到着していた。
ストリェチェヴォから見て南南東の方角にある、入江に作られた港町である。
アレクセイの計画では、まずここで冒険者として登録して、試しにクエスト等を受注してみるつもりである。
そうしてある程度の金銭を得たら食料等を買い込み、また次へ向かうという無計画といっても良い程度の計画である。
ムグリースタエに近づくにつれ強まっていた潮の匂いが、街に入ってすぐの市場を目にし、一気に広がったように感じる。
頬を撫でる潮風、売り子たちのダミ声に客のざわめき、獲れたてであろう海産物の彩りと生臭さ。
五感が刺激される光景が広がっている。
そんな光景に気を取られそうになるのをぐっと抑えて、まずは冒険者登録と宿を取ろうと──両親による教育の賜物である──足を向ける。
道行く人間に場所を聞き、辿り着いた冒険者ギルドもまた活況であった。
どこぞのポンコツオートマタが大陸中央──つまりこの世界における最大の都市圏から出発し、各地の大都市を中心に移動しているのに比べ、この辺りは辺境と言っても良い。
もちろんそこに住む人間に直接言えば顔をしかめられる場合もあるので、口には出せないが。
そんなわけで、この辺りは古き良き(と言っておく)風情の残る建物などが多い。
冒険者ギルド内も役所のような雰囲気というよりは、よくイメージされる冒険者ギルドのそれに近く、筋骨隆々のむくつけき冒険者たちが闊歩する場所であった。
その中をしっかりと鍛えられているとはいえ、明らかに幼い様子のアレクセイが歩けば視線が集まるのも無理はなかった。
しかしアレクセイはといえば、そんな視線を感じているのかいないのか、気にする様子もなく目的のカウンターまでたどり着く。
「冒険者登録はここで大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫ですよ。住民登録書など、身分証になるものはお持ちですか?」
「これでお願いします」
そういって村長──リュドミーラの父である──に作ってもらった書類を提出する。
「はい。なるほど、ストリェチェヴォからいらしたのですね。年齢は12歳で、狩りや採集も得意であると。
…………それに、魔法が使えるのですね」
受付の男性が内容を読み上げ、アレクセイが相槌を打っていく。
戸籍という概念は思ったよりも広まっているが、このような辺境で実際に用いられるのはそのコミュニティから外に出る時のための推薦状のような形が多い。
どんな両親のもとに生まれ、どのように育ってきたのか、どのような技能があるのか等が書かれている。
それを読み進め、魔法に目覚めたので魔法都市アルカトラを目指して旅立つという記載を見て、改めましてアレクセイを見てみれば、白銀混じりの黒髪と、遊色のような瞳の輝きを認め納得するような職員。
「では活動方針としては、しばらくこの街で活動して資金を貯めて、中央に向かうということでよろしいですか?」
「はいそれで……」
「おーいおい。ここは子どもが来るような場所じゃねーぞ?」
頷こうとするアレクセイを遮って発言したのは、筋骨隆々な冒険者の中にあっても一回り大きな体格を有する男であった。
「イヴァンさん。この子は大丈夫ですよ」
すわその場の実力者を圧倒してざわつかれるテンプレ展開かと思われたが、受付の男性がサッと止めに入る。
そして小声でなにかを伝えると、今度は破顔一笑してアレクセイに近寄り、グローブのような硬い手のひらでアレクセイの頭をグリグリと撫で始める。
「そーかそーか! 立派だな、ボウズ! 頑張れよ! 俺の名はイヴァン! なんかあったら言って来い!!」
最後にアレクセイの背中をバンバンと叩いて、ガハハと笑いながら去っていく。
その一連の出来事にぽかんとしているアレクセイに、受付の男性が声を掛ける。
「騒がしくして申し訳ありません。彼はイヴァンさんと言って、ここ街の冒険者の顔役のような方です。決して悪い人ではありませんので、ご安心ください」
「なるほど……」
終始圧倒されっぱなしのアレクセイは、気のない返事を返すのが精一杯であった。