結局、昼食からそんな豪勢なメニューであるわけもなく、握り飯と味噌汁でサッと済ませる食事となった。
しかし、味噌とネギを使ったタレを塗って焼いたおにぎりにアレクセイは満足したようであった。
そんなホクホク顔のアレクセイを伴い、一行は港まで足を運んでいた。
ムグリースタエは入り江に作られた港町である。
大きく湾曲しながら、大陸に深く入った亀裂のようなそれの底に、船着き場を作ったのがその成り立ちである。
そんなムグリースタエには漁業や海運による交易の他にある特色があった。
「ほおぁぁぁ……」
先ほどまでは遠くに見える入り江の切れ目まではっきりと映っていた彼の視界は、突如として発生した濃霧によって遮られていた。
本当に突然、薄っすらと白くなって目が霞んだのかと目を擦った間にわかるほど、急速に霧が広がり、1分も経たない内に完全に見通せない濃霧となってしまったのだ。
陽光が霧に遮られて、暗くなってもいる。
それは気の抜けた声も出るというものであった。
「これは一体……」
「これこそ『霧の港』ムグリースタエの名物、『入り江の蓋』ですよ」
「入り江の蓋……ですか」
「ええ。この霧は一定周期で晴れた日に発生し、一定期間留まった後に何事もなかったかのように、それこそ霞のごとく消え去る。未だにその原理が解明されていない現象なのですよ」
「…………」
その話を聞いているのかいないのか、アレクセイはその遊色の瞳を強く輝かせ、揺らめかせながら辺りを見回している。
「なんでも、海底に沈んでいる遺失文明時代の遺跡の影響ではないかと言われているらしく、実際にこの濃霧が発生している間だけ遺跡の一部が水面に露出するらしいのです」
「遺跡……」
「ええ。ほら、ご覧ください。霧の向こうが薄っすらと光っているようでしょう。霧の発生後、海面に露出した遺跡の一部は周囲を照らすように光るらしいですよ」
「…………」
「ただ、過去に多くの冒険者や研究者が訪れたそうですが、特に何も発見されなかったらしくてですね。何らかの防衛設備の一端が、今も稼働しているだけなのではということで結論づけられているようです」
「え、実際に遺跡に入ることができるのですか?」
「ええ。当然誰でも簡単にというわけには行きませんが、許可さえ取ればね。何なら中央からやってくる貴族などの観光客向けツアーもあるようですよ。相当に割高ですが」
「ああ……」
自分の手持ちとミチザネが割高というほどの料金の差を想像して、アレクセイが落胆の声を上げていると、後ろから声をかけてくるものがいた。
「お、誰かと思えばミチザネさんかい。それにお前はこの前のボウズか。どうしたんだこんなところで」
それはアレクセイが登録時にギルドで出会った、この辺りの冒険者たちの顔役だというイヴァンであった。
巨漢と呼んで差し支えない体躯が、霧の中からぬっと現れる様子は下手をするとホラーのようである。
「おや噂をすれば。アレクセイくん、イヴァンさんは冒険者たちの顔役であるとともに、漁業組合にも顔が利くのですよ」
「……?」
「ちなみに先ほど言った遺跡に入る許可は、漁業組合が発行しています」
「……なるほど! イヴァンさん!」
「うお、なんだ急に!」
「僕、遺跡に行きたいんです!」
「ああ? ああ、なるほどな。どうりでミチザネさんが悪そうな顔をしてると思ったぜ」
ちなみにミチザネは相変わらずどこか油断のならない、いつもどおりの温和な表情に見える。
「なんだ、遺跡に興味があるのか」
「はい!」
「そうかそうか。俺もガキの頃は毎回毎回不思議でしょうがなかったからな。何度、親父に黙って船を出してぶん殴られたことか……」
「そういう昔ばなしは良いんで! 許可もらえるんですか!?」
久々(一千年ぶり・数え切れない目)にマッドサイエンティストなところが出てるぞアレクセイ。
「むかs……まだ30年は経ってないぞ」
イヴァンもこんな大きい形をして小さいことを気にする男であった。
「まあ良いわ。行きたいっていうなら許可証を取ってやっても良いし、なんなら俺が船を出してやっても良い」
「本当!?」
「ああ。だが本当に何もないぞ? 俺だって何回も何回も行って、隅々まで見て回ったんだからな」
「大丈夫です! 魔法使いとして見てみたいだけなので!」
「そうか。まあ魔法使いから見たら、俺らに見つからなかったもんも見つかるかも知れんしな。じゃあどうする、いつなら行けるんだ、仕事中だろう?」
「あ……ミチザネさん」
「ええ、大丈夫ですよ。どうせこの霧が出ている間は、街の中で人と会うのがメインになるので、大した仕事はありませんから」
そういう流れで遺跡に向かうことになった。