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第15話

数メートル先も見えない霧の中、小舟に乗ったアレクセイとイヴァンの姿があった。

小舟は最新式だという魔導推進式ボートであるが、この濃霧の中で速度など出せようはずもなく、昔ながらの手漕ぎである。


「酔ったりしねえか?」


「大丈夫!」


遊色の瞳を爛々と輝かせつつ、アレクセイは一心に遺跡がある方──太陽とは別の光源に視線を固定させている。

その様子を『俺も昔は……いや昔ってほど古い話じゃねえし』と言わんばかりの表情で眺めているイヴァンに気づくこともなく。


(今のところ情報にあるのは、濃霧の発生と発光ってことになるか。見えないところ……例えば気流や水流に関してとかはどうだ? 少なくとも過去に何人も入っているということだし、大気の組成が有害に変化するということはなさそうか。水流に関しても否定されるか? もしたどり着きづらい、戻って来づらいとかなら凄腕の漁師しか行けないみたいなはなしになっていてもおかしくない。そういったことがない、本当に濃霧と発光だけだとしたら、何のための設備だ? 確かに防衛設備ということであれば一定の説明はつく。だけどそれなら同じリソースでもっとできることがあるはず。いや、元々はそれもあったのに機能が停止しているとかもあり得るか。…………)


考え込む姿勢に入ったアレクセイは、イヴァンの言葉におざなりな返事をするばかりだ。

イヴァンの方もそれを察したのか、余計な話は辞めてボートの操作に集中する。

そうすることしばし。


「見えたな。あれが遺跡の一部だ」


彼らの視線の先には明らかに人の手によるものであろう、石のような素材で作られた設備が見えてきた。

さらに船を寄せると、係船柱と見られるフックと、何段か沈んだ階段がある。

イヴァンが船を駐めるためアレクセイに注意事項を告げようとするも、その前にひらりと跳んで階段に着地するアレクセイ。


「うおい! 走ると滑りやすいから気をつけろよ!」


「はーい!」


返事だけはいっちょ前にしながら階段を駆け上がっていく。

その背中を見ながらをつなぐ。


階段を上がった先にあったのは、周囲を金属製と思しき柵に囲まれた、ちょっとした広場であった。

一番奥まったところに、箱のような立方体があるだけで、他には特にこれといって目を引くようなものはない。

階段を登ったところで、周囲をキョロキョロと眺めていたアレクセイだが、背後から登ってきたイヴァンに押される形で進み出る。


「言ったとおり何にもねえだろ?」


「うーん。そうですね」


地面の材質はまるでコンクリートのように均質で、現代の建材と比べると大分滑らかである。

それでいて滑りづらいのは、細かな凹凸でもあるのだろうか。

地面に手を当て、そんなことを考えているのか、アレクセイが考え込む様子を見せる。


「あそこの箱くらいしか見るもんないだろ。前に学者の先生を連れてきた時は、素材のすべてが貴重だとか言ってたけど、削れるもんでもねえしな」


「削れないの?」


「ああ。その先生曰く、保存の魔法がかかっているんだとよ」


「ほう」


その言葉を聞いたアレクセイは、魔力を見通す目を開く。

意識を魔力のレイヤーにシフトするようなイメージだ。

魔力が集中した遊色の瞳は、さらに色を揺らめかせる。

その視界には、床や柵の素材に規則正しく走る魔力線が捉えられている。

方向的にはすべて、奥の立方体から流れてきているようだ。


「…………」


その流れを辿るように、立方体の前まで歩いてきた。

立方体の大きさは3m×3m×3m程度で、アレクセイの身長の倍ほどの高さがある。


「『猫の案内の魔法』」


その高さをものともせずに跳び超え、立方体の上部に降り立つアレクセイ。

いきなりそんなことをしだしたことに驚愕し、何かを言っているイヴァンであったが、残念ながら今の彼には届かなかった。


立方体上部の中心にしゃがみ込み、手を当てて集中する。

建材の中を流れる魔力線に自らの魔力を乗せ、どこに繋がっているのかを確かめる。

すると立方体の前面──アレクセイたちが登ってきた階段の方向の面の一部に、すべての魔力線が収束しておりその先は辿れなかった。


「…………うお! 何も言わずに降りてくんな!」


「ああ、すみません」


絶対今の「ああ」の後には「(そういえば居たな)」がついていただろう。

ともあれ魔力線の収束点である立方体前面の、アレクセイたちから見て右側の一点に近づき、魔力を流してみる。


「うーん、だめか」


「何がだめなんだ?」


「ここに何かがありそうなのですが、どうにも感触が……」


「ほう。そういえばさっき言った学者の先生も、その辺を気にしてたな」


「まあ、魔力の扱える学者であれば、誰でもここに注目せざるを得ないでしょうね」


しかし、反応は芳しくないようである。

改めまして周囲を確認してみる。

既に霧はどこも同じ濃度になっているのでわかりにくいが、この地点を中心に発生しているようである。

また、片手サイズの光の玉が生み出され、海中に放流されているように見える。

そうした魔法的な働きは見て取れるが、どうやらその根源となる部分はこの施設(仮)にはないようだ。


「『獲物を狙う禽の魔法』『境界を飛び越える魔法』」


アレクセイは柵に近づき、海面を覗き込みながら魔法を行使する。

そのまま海底をじっと見つめ、その視線は段々と港の方へと向かっていく。

イヴァンはその様子を見守ることしかできない。


「ふう……」


「どうだ、なんかわかったか?」


「そうですね。ひとまず、ここに居ても何もできないことはわかりました」


「港に戻るか?」


「そうしましょう」


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