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第16話

「おや、おかえりなさい。どうでしたか?」


「いやあ、それがな……」


イヴァンがミチザネに経緯を話している間も、アレクセイはどこか遠くを見つめている。

その瞳が魔力に揺れていることから、魔法を使っているのは一目瞭然だった。


「アレクセイくん。収穫はありましたか?」


「え、ああ、はい。多分、関係するであろう何かは見つけてます」


「本当か? ずっと一緒に居たじゃねえか」


「あの小島にはなかったですよ。ただ、街の外にあの遺跡に通じる何かがあるのはわかりました」


「街の外ですか」


「ええ。それがなんなのかはわかりませんけど、少なくとも魔力が繋がっているのは確認しています」


「なるほど。それで私のもとに許可を取りに来たというわけですね」


「え、あ、はい。そうです」


明らかに嘘とわかる言葉を返すアレクセイ。

こいつは頭が良いから嘘だとバレることはわかっているくせに、こういう浅いセリフをポンポン言ってくるところがある。


「ふふ、まあ良いでしょう。どうせなら私たちも一緒に行きましょうか」


ミチザネがちらりと確認しながら言うのに、黙って頷くウラベ。


「せっかくあの遺跡の謎が解明されるかもしれないのです。見逃すわけにはいかないでしょう」


「今日このまま行くんなら、俺も時間が取れるんだが……ミチザネさんはどうだい?」


「ええ、問題ないですよ。行きましょうか」




…………




アレクセイ一行がやって来たのは、街から出て海岸線沿いにある防風林の中である。


「うーんと、多分この辺に…………あ、あった」


そう言ってアレクセイが足を止めたのは、何も無い地面の上である。


「ここになんかあるのか?」


「ちょっと待ってくださいね……『大地の恵みを受け取る魔法』」


彼が魔法を使うと、彼の目の前に大きな穴と、壁面には底に通じる螺旋階段が形作られた。

少し見えづらいが、底には明らかに人工物と思しきものが見える。


「おお!」


「僕が先に行ってみます。ちょっと待ってくださいね」


アレクセイが先行して底に降りていく。

そこで人工物に触れ、何やら検分しているようだ。

少しすると、ガコンという音とともに僅かな地響き、件の人工物が動いている様子がわかる。


「おおい、大丈夫かー!」


「大丈夫でーす! 降りてきてくださーい!」


イヴァンやミチザネたちが辿り着くとそこには、まるで開け放たれた門のような何かと、その先に続く通路が伸びていた。

門もその先の通路も含めその人工物は、海上の遺跡と同じく滑らかな表面である。

同程度の文明を有することは明らかだった。

また伸びる通路には照明が配されており、やや暗めではあるが、歩くのに難儀するほどではない。


「入りましょうか」


「ちょっと待て、大丈夫なのかこれ」


「大丈夫かどうかは、入って調べてみないとわかりませんよ」


「それはそうなんだが……そもそも防衛設備だとかなんだとかって話だったろ。敵だと判断されたら厄介じゃないか?」


「それは以前来られたという研究者の仮説ですね。ここが本当に防衛設備なのであれば、この入口が開いた理由がありません。どちらにせよ再度研究者を呼んで調査はするのであれば、今のうちに調べておかないとしばらくは入れなくなる可能性もありますよ」


立て板に水とばかりに入る理由を並べ立てるアレクセイ。

どうせ同意しなくとも勝手に入るのだろうなと感じたのか、頷くしかなかった。


「ミチザネさんはどうするね。安全は保証できかねるが」


「構いませんよ。行きましょうか」


ミチザネはそう言うと、既に侵入していたアレクセイの後を追うように、ウラベの先導で中に入る。

最後に呆れたような顔のイヴァンが入っていった。




…………




一行が侵入して少し歩くと、折れ曲がった先が明るいことに気づく。

ここまでイヴァンが心配していた防衛設備としての反応はなく、安全に歩いて来ることができた。

それでも警戒するのは無駄ではないと、曲がり角で小さな鏡を取り出して先を確認する。

そうして安全を確保した上で進んだ先には、


「ほあ……」


「これはこれは」


彼らが歩くチューブ状のトンネルが海底を這い、そのガラスとも違う透明な窓越しに見える海中の景色であった。

日光は弱く、魔法で生み出された淡い光が、まるで海中に降る雪のように舞い落ちる。

その中を自由に泳ぐ魚たちを幻想的に照らしている。


あまりに非現実的な光景に、一行は足を止めてしばし呆けていたが、やがて気を取り直して見分を再開する。

それでも何回も外の景色に気を取られたりしながら見て回ったところ、入れない箇所がいくつかあるものの、基本的には海中トンネルがあちこちに伸びているだけの設備であった。


「ふうむ。一体これはどういう施設なのでしょうか」


「というか、俺は何度も素潜りしてるが、今までこんなものがあるだなんて気づかなかったぞ」


「それはこの施設に認識阻害がかかっているのでしょう」


そんなことを言い合いつつ一通り回り終え、それぞれ意見を出し合っている。


「アレクセイくん。この施設はどのような魔法が使われているのですか?」


「そうですね。今見てわかる範囲になりますけど、まずは認識阻害ですね。さっきのイヴァンさんの発言もそうですけど、こちらからは見えて向こうからは見えないようにされていると思います。触れたらわかるでしょうけど、その辺りも誤魔化すような、高度なものかもしれません。あとは強度も上げているようです。これだけの水に囲まれて腐食やひび割れなどもないようですし、単純な建築技術の差だけとは考えづらいですね。あとは視認性の確保のために…………」


「それで、結局ここは何のための施設なんだ?」


アレクセイの長くなりそうな説明を切りの良いところで遮り、イヴァンが尋ねる。


「うーん、そうですね。仮に、“アクアリウム”とでも名付けましょうか」


「アクアリウム?」


「ええ。水中観測を目的とした施設なんじゃないかと」


「そんなことのために、こんなバカでかいもんを作ったってのか? 漁師なら海の中のことなんていくらでも知ってるってのに」


「漁師が知っているのは、漁師から見た海のことだけでしょう?」


「どういうことだ?」


「魚たちは漁師を認識しているし、漁師は息の続く間しか海の中を覗き見ることはできないでしょう。それがこの施設であれば、常時、一方的に観察することができるということです」


「何事にも色々な側面がありますからね」




施設から出て街に戻った一行はその足で冒険者ギルドに向かい、アレクセイによって“アクアリウム”と仮称された一連の施設の情報を提出した。

その際に、『ではなぜ霧や光を発生させるのか』という議論も行われたが答えは出ず、ウラベの何となしの『キレイだから?』という発言を誰も否定しきれず、この議論は一旦保留とし解散した。


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