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第19話

アレクセイがムグリースタエを旅立とうとしている。

結局、滞在中はずっとミチザネからの長期依頼しかこなしていなかったが、遺跡に関する新発見を含むその内容を評価されてDランク冒険者に昇格していた。

Gから数えて3階級特進である、縁起でもない。

ともあれそうして金銭と実績を得たアレクセイは魔法都市国家アルカトラを目指し、再び旅に出ようとしているわけである。


「ではアレクセイさん。旅の無事をお祈りしております」


「お主であればそうそう大丈夫だとは思うが、努々油断せぬことだ」


「ありがとうございます、ミチザネさん、ウラベさん。お土産もたくさん持たせてもらっちゃって。大事に食べます」


見送りに来たミチザネとウラベに向かって頭を下げるアレクセイ。

彼が言うお土産とは、長期依頼中に食べた数々のワヨウ料理、それに使われる素材や調味料のことである。

要するに和食用の諸々を安く融通してもらったのである。

ちなみにアレクセイは容量が限られてはいるが、いわゆるアイテムボックス的な魔法が使えるため素材は新鮮なまま保管できるのだが、その素材をいれるために元々入っていた素材を押し出して、アイテムボックスというよりは食料庫といえるほどに気に入ったようであった。


「もし今後ワヨウに訪れることがあれば、ダザイフ商会のミチザネを頼っていただければ何かのお役に立てるかと思いますので、ご遠慮なく」


「わかりました、頼らせていただきます」


ミチザネらと別れの挨拶を済ませると、次に待っていたのはイヴァンとギルドで最初に対応してくれた職員であった。


「初めて見た時からただもんじゃねえなと思ってたんだよ俺はァ」


「嘘を言わないように。いつもどおり子どもが無理しないように声をかけていたでしょうあなたは」


「勘弁してくれよ兄貴ィ」


アレクセイもムグリースタエに滞在する中で知ったのだが、このふたりは兄弟らしい。

見れば体格こそイヴァンの方が何倍も分厚いが、それなりに鍛えられているのがわかるし、何より顔つきに血縁を感じさせた。

元々は実家の漁師を継ごうと思っていたが負傷により断念し、冒険者ギルドの職員となったらしい。

その時にイヴァンが既に冒険者としてそこそこ信頼を獲得していたこともあり、漁師業は他の親戚に任せ、ギルド職員と冒険者として生計を立てることにしたようだ。


「アレクセイさんには遺跡の調査班に加わってほしいと思っていたのですが、残念ですね」


「申し訳ありません。流石にそれまで待っているほど時間はありませんので」


「いえ、単なる希望です。あなたはお気になさらなくても大丈夫ですよ」


「そおだぜ兄貴。リョーシャはあのアルカトラに行って偉大な魔導師になるんだ、こんな街に留めて置けるような人間じゃねえよ」


「随分と評価しているみたいですね」


「おうよ。こいつはもう俺の弟子みたいなもんだからな」


ガッハッハと笑うイヴァン言う弟子とは、魚釣りや操船などについてである。

彼は暇なのか、ミチザネの下にいるアレクセイを度々訪ねては、釣りだのなんだのに誘い出していたのである。

それを許可するミチザネが大物なのか、何も気にしていないように見えるイヴァンが(ある意味)大物なのか。

ともあれそうして交流する内に、彼の中ではアレクセイは弟子というポジションに収まったようであった。

アレクセイも決して嫌がっているわけではないようで、特に釣りと水泳については教えてくれて感謝しているようだ。


「じゃあ、そろそろ行きますね」


「ええ、次の目的地はリェンヤンでしたか。華やかなりし都ではありますが、その分後ろ暗い部分もあるようですので、十分にお気をつけて」


「はい。ありがとうございます」


地図で見た時、このムグリースタエからすると南西方面。

海岸線を離れ、内陸部にあるのが交易都市リェンヤンである。

大河を擁する歴史深い街でもある。

その立地や交易都市としての特性上、様々な人種や文化が交錯する雑然とした印象もある。

本来であれば移動間も依頼──例えば商人の車両(馬車や魔導車)の護衛など──を請けた方が良いのであろうが、自由に寄り道しながら行きたいという本人の希望により、何も請けずに移動することにしている。


「じゃあみなさん、本当にお世話になりました!」


「ええ。またお会いできる日を楽しみにしております」


「おう! 気をつけろよな!」


改めて頭を下げたアレクセイにかけられる言葉。

それを噛みしめるようにしながら、彼は霧の港ムグリースタエを旅立ったのであった。


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