(エリザヴェータサイド)
なるべく気付かれずに近付いてエリザヴェータの一撃を叩き込むという、作戦とも呼べぬ作戦は早晩破綻した。
ターゲットである龍種が住処にしているという山の麓にたどり着き、いざ登山という段階でそのターゲットの方からやって来たのだ。
首と尻尾は長く、四肢は太い。
四つ足を着いている状態で高さは約5メートル、頭の先から尻尾の先までは10メートルといったところか。
黒く煌めく鱗は光沢があり滑らか。
背の翼も大きいが、明らかにこの巨体を飛ばすには不十分に思える。
それもそのはず、龍種にとって飛翔とは翼の揚力で行うものではなく、翼とは飛翔をコントロールするためのものでしかないのだ。
そんな巨体が、シルヴェリア小隊の索敵範囲に入ったと思ったら既に目前に着地しているのである。
ちなみに本来の性能を発揮すればこの龍が反応するよりも早く索敵範囲に捉えることができるオートマタも存在する。
ともあれ、そうしたファーストコンタクトとなったため、一部のオートマタを除いてみな緊張を隠せない様子であった。
『何かと思えば、また逃げ猿か』
「「「「……!」」」」
事前に知識としては知っていても、こうして人語を話すのを見ると驚愕せざるを得ない。
「逃げ猿とはなんでしょうか?」
そんな場の雰囲気にそぐわない、いつもどおりのとぼけた質問をするエリザヴェータ。
その胆力に驚愕した様子のシルヴェリア小隊。
目を離してはいけないと思いつつ、ついエリザヴェータを見やってしまう。
『ふん。貴様らのことだ。我々に恐れをなして逃げ出した猿ども』
この世界における人類発祥の地は、現在竜の牙と呼ばれる大陸である。
そこに各種人類の原種が生まれたのだが、そこには龍種を始めとした強力な種も多くいたため、人類──特に普人などを始めとする二足歩行のわかりやすいヒト種などは別の大陸へと移り住んだのだ、というのが現在主流となっている生物史である。
龍種など、現在でも竜の牙に住まう生物の中にはこうして逃げ出したことを蔑む発言をする者もいる。
とはいえ、通常の差別発言と同じでわざわざそんなことを口に出すのは少数派ではあるが。
「あなたはなぜこの地に?」
『……ふん。どうして吾が猿なんかにそんなことを教えなければならない?』
「いえ。我々のことを『逃げ猿』とか言いつつ、ご自身も同じように逃げてきた『逃げトカゲ』なのではないかと思ったので」
「バカやめろ」
『……っ! 言わせておけば……!』
膨れ上がる膨大な魔力、そこに含まれる殺気に当てられ肌が粟立つ。
それでも瞬時に戦闘態勢をとれるシルヴェリア小隊は、やはり非常に優秀なのだろう。
パッと散開し、それぞれが役割をまっとうせんとする。
マルヴァンは前に出て巨大な盾を構える、逆にアメリアは後ろに下がって魔術の起動準備に入る。
セラフィナとジュリオはそれぞれの得物を抜き、左右に展開する。
そのシルヴェリア小隊の動きに、黒龍の意識が僅かに散った。
その一瞬の隙を突いて、マルヴァンの巨体の後ろからエリザヴェータが飛び出す。
盾を構え、一歩も引かないとばかりに重心を下げた彼の身体をスターティングブロックのようにして加速し、一気に距離を潰す。
既にその腕に集まった魔力は、可視化するほどに励起している。
『貴様それは……!』
「うるさいです」
そのまま龍の眉間に右の拳を叩き込む。
──ドグォォォオオオン……!!!
その拳に込められた威力によって、龍の頭は地面に叩きつけられる。
大質量がめり込むほどの接触に見合った轟音と、発生した砂ぼこりにシルヴェリア小隊が目を覆いつつ確認する。
「やったか!?」
安心してください、やってますよ。