アレクセイは新たな街に到着していた。
大国ツァンウー王国の西部、シンジュイ砂海と接する古都リェンヤン。
砂漠を背負うことで身を守り、砂漠を背負うことで交易先が限られたため一時は衰え、そして魔術や科学が発展した現代ではホバークラフトのような魔導車によって砂漠超えのルートが開拓されたことで息を吹き返してきた都市である。
東方の自国、北方の遊牧民族、南方の小国家群、砂漠を超えた先にある大国などとの交易が盛んに行われる、文化的な交流地点でもある。
その影響によるものか、古都と聞いて思い浮かべる古色蒼然としつつも歴史を感じさせる都市計画に則った整然とした街並みではなく、あちこちで増改築を繰り返した無秩序で混沌とした街並みが広がっている。
アレクセイはあちこちをキョロキョロと見回しつつ、街の中央部にあるという行政区画、その中に建てられているという冒険者ギルドを目指していた。
目指していたのだが、迷っていた。
何もどこぞのオートマタのように方角がわからなくなっているわけではなく、単純に街が入り組みすぎているという話である。
街の東門から入場し、中央部を目指して西進していたのだが曲がりくねった道や行き止まりが続いているのだ。
方角は見失っていないので常に中央方向には進んでいるのだが、なかなかたどり着けないでいたというわけだ。
そうこうしている内に、入場時は中天に存在していた太陽は、既に大分西に傾いている。
「困ったなあ。適当に宿を取って明日探そうかな」
そんなことをつぶやきながら歩くことしばし、なにをどうしたものか、どうにも様子のおかしな路地へと迷い込んでしまったようだ。
「おうガキ、ここを通りたきゃ身ぐるみ全部置いていきなあ」
あまり上等でない服越しにも筋骨隆々の肉体が見える、しかし視線が微妙に合っておらず不気味な男を含む数人に行く手を遮られてしまう。
じゃあ通りませんと踵を返そうにも、後ろにも同じような連中が現れている。
「それは困るんだけど、他にここを通る方法ってある?」
そんなとぼけたアレクセイの発言に対し、虚を突かれたような表情をした男たちであったが、彼の言った内容を認識すると爆笑しだした。
「ああ、ひとつだけあるぜえ。お前が俺たちを全員ぶっ飛ばせば何事もなく通れらあ」
「わかった。じゃあそうするね」
なんのことはないとばかりに、リーダー格の男の方へと歩を進めるアレクセイ。
男のリーチに入らんとする──今にも殴りかかろうとしたまさにその時、男たちは全員、まるで酔っ払ったかのように身体が傾いでいく。
それでも転倒を避けるために足を回す様子が千鳥足のようで、よりそう思わせる。
「おっとっとお、なんらあいっらい」
なんとか壁にまでたどり着いて転倒は免れたリーダー格の男だったが、今度は呂律すらあやしくなっている。
──『揺り籠を編む魔樹の魔法』。
無味無臭の麻痺毒の霧を発生させる魔法だ。
アレクセイは行く手を遮られた時点でこれを発動しており、目に見えないほど薄く、風に散らされないようコントロールしつつ男たちを無力化してみせたのだ。
さて、迷子を続けようかとしたところで再び声がかけられた。
「よぉ、兄さん。こんなところに何の用だい?」
大きめなフーディーパーカーを纏い、色付きの丸メガネ越しに見える細められた目は、吊りがちだが柔和なニュアンスを醸しだしている。
眉毛や唇、チラリと見えた舌にも施されたピアスが目立つ。
総合的に見て、治安の悪い見た目というやつである。
そんな中でアレクセイが注目したのは、両耳にひとつずつ下がるオリエンタルなデザインのピアスであった。
(あれ、魔術具か)
魔力の通っていない──つまり、機能していない魔術具を判別する方法はない。
ならばこの男のピアスは発動中なのかと言えばそうではない。
そういうわけのわからないことを平然とやってのけるのだこのマッドは。
「こんなところって言われても、ここがどこかもわかってないんだよね。冒険者ギルドに向かってたところなんだけど」
「ああ、中央に向かいたいならこっちに来ても無駄さね。東門から来たならまずは南に向かわないと。こっちは街の吹き溜まり、中央に繋がった道はないさ」
アレクセイが何も言っていないのに東から来たことを言い当てられて、僅かに警戒心を強める。
「そんなに警戒しなさんなって。西や北からの旅人じゃないことくらいは見りゃあわかるさ。南から来ているなら今ごろ中央にも着いているだろうしね」
「そんなもんなんだ?」
「西から来たならどんだけ払っても砂っぽさがあるし、北からにしちゃ雰囲気が円すぎる。それに何より顔つきを見ればわかるってもんだ」
「ふうん」
「それより、冒険者ギルドに行ってどうするんだい?」
「どうするったって、依頼を受けたりする以外になんかあるの?」
「金目当てなのか、ランクを上げたいのかって話だよ」
「その二択なら金目当てってことになるかな。魔法都市に向かってる途中なんだ」
「路銀稼ぎかい、そりゃあ良い! あんたにピッタリな仕事があるんだ、話だけでも聞いていきなよ」
いつの間にか距離を詰めたその人物は、上半身を倒してまるで覗き込むかのようにアレクセイへと語りかける。
色付きメガネ越しではないその瞳は、金色に輝いていた。