「改めて、俺の名はリェンシャン、あるいはレント、ここらじゃそう呼ばれてる」
立ち話もなんだからと言われるがままホイホイとついて行った先は、開店前のバーといった様相であった。
全体としては古く、ところどころ補修の跡もあるが清掃はされているようで、カウンターに並ぶ酒もちゃんと中身が入っている。
「僕はアレクセイ」
「アレクセイ、か。あまり詳しくはないがアリョーシャとか呼ばれるんだったか?」
「まあそう呼ぶ人もいるね。好きに呼んだら良いよ」
「そうかい。じゃあアリョーシャと呼ばせて貰おうか。俺のこともレントの方が呼びやすいだろうから、そう呼んでくれ」
「わかった。ところでレント早速だけど」
「仕事の話か? 気の早いやつだね」
「いやそうじゃなくって。ここのキッチン借りても良いかな?」
「はあ?」
昼頃に到着し、まずは冒険者ギルドと宿を探そうと彷徨いていたので夕食もまだだし、昼食も逃していたのではあるが、気づけば腹ぺこキャラになりつつあるアレクセイであった。
「まあ、好きにしな」
「ありがとう」
そう言ってアレクセイは厨房を確認する。
最近では辺境──アレクセイの故郷であるゴルラヴェツ山脈の麓にある農村ストリェチェヴォでもそうであるように、家庭用の魔術具が多く普及している。
なので当然のようにここ──スラムの一角にあるバーであっても各種機材が揃っている。
「コンロもあるし、ミンサーもあるのか」
「マスターの趣味でな。そう安くはないが、それなりにこだわった品らしいぜ」
「じゃああれにしようかな」
そういってアレクセイが取り出したのは、このリェンヤンに辿り着くまでに入手した素材である。
強い毒性のあるキノコを好んで食べるマッドボアのブロック肉。
キノコの毒は完全に無毒化されているのか、風味を残すのみとなる。
それと各種香草や香辛料。
魔術具のおかげか、植物の栽培等は研究が進んでおり、胡椒一粒が金一粒と同価値などという時代ではない。
それらをミンサーに入れて挽いている間に、準備を始めたのは同じくマッドボアのバラ肉をスライスしたもの。
まな板の上にバラ肉を並べ、小麦粉を薄くふるう。
その上にミンサーによって香草と香辛料が混ぜ込まれたひき肉を棒状に置いていく。
バラ肉を巻いて一口サイズに切ったら、油を引いて温めていたフライパンに並べていく。
その隣では、こちらは時間停止をしていなかった具だくさんの野菜スープを温め直している。
肉をひっくり返して両面に焼色をつけたら、フライパンの中央を空けてそこに卵をふたつ割り入れる。
塩と胡椒を軽くふり、フライパンの縁からお玉一杯分のスープを流し入れると蓋をする。
それから使った道具を洗浄して、頃合いを見て火を止める。
そうして出来上がったのが、目玉焼きと野菜スープ、そしてメインのハンバーグの肉巻きである。
「出来たよー」
「美味そうではあるが、流石にやんちゃが過ぎるメニューだな」
苦笑とともにリェンシャンが返す。
アレクセイがここに至るまで、各地で地場の自慢の素材や、メニューのレシピなどを収集してきた。
その中にはいわゆるハンバーグのようなものや、〇〇の肉巻きのようなものが含まれている。
アレクセイは『美味しいものと美味しいものが合わされば最強』などという唐揚げカレーラーメンじみた馬鹿な理論を提唱し、このメニューが開発された。