なんだかんだと言いつつしっかりと食事を楽しんだあと、リェンシャンが切り出す。
「それであんたに頼みたい仕事ってのはだな、まあ簡単にいえばボディーガードということになるな」
「ボディーガード? 僕は別にそんなに戦闘が得意ってわけじゃないよ。しかも人間相手だと特に」
「立ち姿を見れば大体の強さはわかるってもんだ、そこまで弱いって感じでもないけどな。ともあれそういう直接的な戦闘力のためにってわけじゃない」
「戦闘力を当てにしてないボディーガード?」
「あんた、魔法には自信があるんだろ? なんたって大陸を横断して魔法都市に向かおうってんだから、よっぽど自分の実力をわかってない勘違い野郎じゃなきゃあさ」
実を言えば毎年毎年そういう勘違い野郎が入学試験で落とされているのだが、そんな情報は一般──特にこんな辺境にまで流れてくることはなかった。
「うーん、まあ、そうだとして?」
「なんだい、歯切れが悪いねえ」
「単純な実力で言えば、師匠には全然及ばないからね」
心の中の師匠であり、自分自身でもある前世のアレクセイを思い浮かべながら答える。
「おお、謙虚なもんだ。それでもまずは話を聞いてくれよ」
そう言ってリェンシャンが語ったところによると、現在このリェンヤンの裏側には大きく分けて三つの非合法組織があるらしい。
一つ目はリェンシャンらが所属するグループで、基本的にはスラムの孤児出身で自衛のために集団化したのが始まりの組織・ティエイートァン。
二つ目は薬物や人身売買などなんにでも手を染める組織・リベルノア。
三つ目はこの街の賭場を一手に仕切る組織・カンパニー。
これらの組織が街の北側で覇権を争っているという。
名前からもわかるとおり、ティエイートァン以外は外部の力が働いている。
最近までは小康状態であったのだが、現在はティエイートァンとリベルノアの組織の間で緊張感が高まっているらしい。
そもそもこの街の成り立ちとして、前述のとおり北側に遊牧民国家が存在している。
彼らは定住地を持たず、生産ではなく略奪に頼った生き方をしていた。
当然このリェンヤンの街も対象となっていたため、彼らが攻めてくる北側に住みたいという人間は少なかった。
自然と貧民や流れ者など社会的弱者が住み着くようになり、街全体が衰退しかけて統制が緩んだ時に北側住民たちによる違法な増改築が行われ、現在では街の北側は半ば治外法権のような状態になっている。
そのような状況下において、上記のようなグループ化が進み最近までは棲み分けされて一種の小康状態であったのだが、リェンシャンが現在所属するティエイートァンが再編されたことを契機にスラムの非合法組織間での争いが活発になっているらしい。
「その組織の再編っていうのは、具体的にどういうことなの?」
「そうさな。恥ずかしい話になるんだが、元々ティエイートァンは乱暴者、鼻つまみ者の集まりと思われていた。今でこそ表の人間には手を出さないよう徹底して、むしろちょっと前にボスが変わって以来は表の人間に手を出そうとする人間を取り締まっているくらいなんだがな」
リェンシャンに案内されてここに来るまで、あちこちで声をかけられているのを見ているので、それは本当なのだろうと判断できる。
「そうやって変わりつつある組織なんだが、そうなると今までなんとか保っていた組織間のパワーバランスも変わってくるってわけさ。さっき言ったカンパニーの方とは話がついてるんだが、リベルノアは元々スラムの孤児を攫ってたのもあってどうにも拗れていてな。それで近々カンパニーと組んでリベルノアを叩こうって話になってるんだが、なにも無抵抗で叩かれてくれるようなやつらがいないのは当然で、こっちの重要人物を暗殺しようって動きがあるらしいんだわ」
「それでその暗殺を防ぐための護衛を、ってこと?」
「そうなるな。どうにもあいつら名うての魔術師を雇ったらしくてな、その対策になればと思ってな」
「うーん。正直な感想としては、関わりたくないってところなんだけど」
「まあこっちとしても、あんたみたいなカタギを巻き込むのは望むところじゃあないんだがな。一応、報酬についても聞いてから決めておくれよ。まず前金としてこれくらい、成功報酬としてこれくらい払おう」
リェンシャンが提示したのはそれなりの金額であった。
前金の時点でアレクセイがこの街で稼ごうと思っていた額を超えている。
それでもアレクセイは首を縦には振らない。
「それは魅力的な金額だけど、わざわざ危険を冒すほどでもないかな」
「まあまあ、最後まで聞きなさいよ。それに加えてシンジュイ砂海を横断する星路機構に紹介しよう」
「シンルージーグウ?」
「ああ。元々はこのツァンウー王国と砂漠の向こうのカディマ・シャーム王朝、この両国を繋ぐ砂漠を渡る商人連合を前身とした組織さ。今は砂漠超えのルートを一手に牛耳るところで、ここに頼らなきゃ砂漠超えは実質的に不可能なんだわ」
「ふむ……」
「さらにさらに、その魔術師が持ってるであろう魔術具もあんたに譲ろうじゃないか」
「ついでに君の身につけてる魔術具の詳細も教えてくれる?」
アレクセイの反応が変わったと見て攻勢をかけたリェンシャンだが、魔術具の話を出した途端それこそ本当に目の色を変えて食いついて来たことにややたじろぐ。
それに加えて、一度も言及していない自らの魔術具についても言い当てられて、そっと警戒心を高めたようだ。
同時に、それを見抜いたアレクセイであればこの依頼を達成するのではという期待感も高まったのかも知れない。
「ああ。それで請けてくれるんなら、構わんさ」
「なら、契約成立だね」
どちらからともなく、固く握手をした。