穏やかな風が気持ちよい晴天の日。リリーはいつものように中庭で父グレアムと母オリビアと一緒にお茶の時間を楽しんでいた。白い猫足の机にティーカップと、クッキーの入ったお皿が並べられている。柔らかな日差しを浴びながら紅茶の香りを堪能していると執事がリリーの父のグレアムに声をかけた。
「グレアム様、お手紙が届いております」
グレアムは執事から一通の手紙を受け取った。その手紙を読んだグレアムは顔色を変えた。
「リリー! 王から舞踏会への招待状が来たぞ」
「まあ。良かったわね、リリー」
オリビアの明るい声とは対照的に、グレアムの表情は硬い。
「お父様? 顔色がよくありませんわ。招待状に何か書かれていたのですか?」
「ああ……リリー。第二王子のロバート様が舞踏会で結婚相手を選ぶかもしれないそうだ」
「え? あのロバート王子ですか?」
リリーはごくりと唾をのんだ。
この国の第二王子、ロバート・ハリントンには悪い噂が多い。先日アーチャー家で行ったごく身内のお茶会でも、ロバート王子は冷酷だ、わがままだ、贅沢が好きだ、かなりの気分屋だ、と言われていたのをリリーは思い出した。すべてが真実かどうかは分からないけれど、積極的に関わりたいと思う人物ではない、とリリーは考えていた。
「聡明で穏やかな第一王子のアレン様なら結婚相手に選ばれたい令嬢も多いだろうが……」
グレアムは乾いた口を湿らせるように紅茶を一口飲んだ。
「お父様。アレン王子はすでにご結婚されていますよ? それに、人を比べるのはあまり良くないことだと、いつもおっしゃっているでしょう?」
リリーの指摘を受け、グレアムはハッとした顔をした。
「ああ、私としたことが! そうだな、良くないことだな。よく気づいたな、リリー」
グレアムに褒められて、リリーはかるく微笑んだ。それはそれとして、問題は舞踏会だとリリーは思った。
「お父様、舞踏会を欠席するわけには……」
唇をつけただけで、リリーは紅茶のカップを机に戻した。
「行くしかないだろうな。王家からの招待を断ることはできない。ロバート王子の誕生を祝うという名目もあるしな」
グレアムはせわしなく足を動かしてテーブルのそばを行ったり来たりしていたが、諦めたように立ち止まり、ため息をついた。
「……わかりました」
リリーはうつむいたまま、両手の指先を合わせ細く息を吐いた。ロバート王子のことを想うと不安になったが、冷静に考えてみれば舞踏会にはたくさんの令嬢が招待されているに違いないし、その中からあえて平凡なリリーをロバート王子が選ぶはずがないと思いなおした。
「舞踏会では、なるべく目立たないようにしなさい。わかったわね、リリー」
オリビアが右手を胸に当てたまま、ゆっくりと微笑みを浮かべて言った。
「はい、分かりました」
リリーは口元だけで笑みを作り、冷えかけた紅茶をごくりと飲んだ。
グレアムとオリビアは娘が王宮に招かれるのは名誉なことではある、と言いリリーに新しいドレスを買い与えた。リリーが選んだのはシンプルで特に特徴のない淡いブルーのドレスだった。地味すぎず、華美すぎず、きっと令嬢たちの中では目立たないだろうと三人は思った。
「ロバート王子に選ばれた方は大変ね。私が結婚するなら、優しくていろいろなことを知っているお父様のような人が良いわ」
その時のリリーは、他人ごとのように考えていた。