王宮。ロバート王子の部屋の深い赤色の壁には、湖を描いた絵画が掛けられていた。飾り棚にはガラス細工の置物が置かれている。窓際の書き物机の上には革細工の小物入れが口を開いたまま置かれていた。その部屋の中、ロバート王子は深紅のベッドに腰かけていた。
「美しいものは、やはりいいな」
ロバート王子は先日買った、繊細な彫り物が施された金のブレスレットを愛でていた。
ドアがノックされた。
「誰だ?」
ロバート王子は方眉を上げてドアをじろりと見た。
「私だ。ドアを開けなさい」
ロバート王子がドアを開けると王のブライアンが入ってきた。
「ロバート、今月末にお前の誕生祝いの舞踏会を開催する」
ロバート王は書き物机の椅子に座ろうとしたロバート王子を見つめて言った。
「舞踏会? ああ、もうそんな季節か」
ロバート王子はブレスレットを見ながら、そのふちを指先で触りブライアン王の話を聞いていた。
「そうだ。ロバート、そこでお前の妻となる女性を見つけてもらう」
ロバート王子は目を見開き、ブライアン王を見上げて言った。
「父上! 俺はまだ結婚するつもりはない!」
ロバート王子は立ち上がり、ブライアン王を睨みつけた。
ドアの影からアレン王子が顔を出して言った。
「ロバートの結婚を進言したのは私です」
「兄上が?」
ロバート王子の部屋にアレン王子も入ってきた。
「聞いたところによると、お前は仕事もせず馬に乗って遊びに行ったり、高価な美術品を求めたり、いつまでも子どものように過ごしているそうですね。妻がいれば、もう少し大人になるでしょう?」
「俺の勝手だ」
ロバート王子がブライアン王とアレン王子を睨むと、二人は首を横に振った。
「末っ子だからと、甘やかしすぎたようだ。毎年、お前の誕生日を祝う舞踏会だというのに、お前は最低限顔を出し終わったら部屋に逃げ帰っていただろう? 今年はそうはいかないぞ? いい加減、王子としての自覚を持て!」
「もうロバートも十八歳でしょう。そろそろ子どもっぽい考えを改めなくてはいけませんよ」
ロバート王子はアレン王子とブライアン王に挟まれて、床を睨んだ。
「……分かった。……気に入った女性がいれば、考える」
ロバート王子は親指の爪を噛み、唸るように言った。
ブライアン王はロバート王子を見つめて言った。
「かならず一人選べ」
「父上?」
ロバート王子がブライアン王の様子をうかがう。
「でなければ、私が令嬢を選ぶ。レイシア妃のような、立派な令嬢を」
「はっ?」
ロバート王子は義姉上のレイシア妃が苦手だった。
(あんな、腹の中で何を考えているか分からない女と一緒になるなんて考えられない。絶対に避けたい)とロバート王子は親指の爪の端を噛み切った。
「何かありましたか?」
開いたままのドアから、話し声が響いていたらしい。廊下を歩いていてレイシア妃が部屋の中を覗いている。
「レイシア」
アレン王子の声を聞き、レイシア妃が部屋の中に入ってきた。
「ロバートに妻を娶るよう、忠告していたところだ」
アレン王子の説明を聞き、レイシア妃は口元を手で隠して首を傾げた。
「まあ……そうでしたの。でも、そんなに慌てなくてもいいのではないでしょうか?」
レイシア妃の言葉を聞いて、ロバート王子は眉をひそめた。
「アレン王子がいるんですから。ロバート王子はお好きに過ごされてもよろしいのでは?」
レイシア妃がロバート王子に優しく微笑んだ。まるで子どもをあやすように「ね?」と首をかしげている。
ロバート王子はカッとなって叫ぶように言った。
「妻となる女性は俺が選ぶ!」
「……舞踏会が楽しみだな」
ブライアン王は、そう言葉を残すとロバート王子の部屋を出て行った。
アレン王子とレイシア妃もその後に続いた。
一人残された部屋の中で、ロバート王子は舞踏会が中止になる様に心から願った。