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第3話 石の竜って、めっちゃ硬そう!

 それから、夕里菜ゆりなたちは、池を離れて、移動をはじめた。

 あーちゃんは、ドーベルマンぐらいの大きさになり、夕里菜のすぐ側を歩いていた。

 犬——というか、もう、明らかに犬ではないのだが、名前はアリーというらしく、アリサと郁歌ふみかは、あーちゃん、と呼んでいた。


 アリサと郁歌と、会話をしていると、少しずつ、気分も軽くなってきた。

 こんな殺風景な場所で、危険な生物とまた、出会うかもしれない、と思うと、ありがたかった。

 吊り橋や、強い風が渦巻く場所、トンネルなどを歩いていったが、池のなかに潜んでいたような敵意を持った生物とは、出会わなかった。


 夕里菜には、どこをどう歩いているのか、どこに向かっているのか、さっぱりわからないが、ふたりはわかっているようで、時々、話し合いながら、道を決めているようだった。

「あの……これって、どこに向かっているんですか」

「あ……そう言えば、説明してなかったっけ」


 アリサがちらりと、郁歌へ視線を送る。

「どうぞ、アリサから説明してくださいませ」

「えー、苦手なんだよなぁ。ぼくから説明すると、とっちらかっちゃって、逆にわかりにくいと思うんだけど」


「だめです。リーダーはアリサなんですから」

「意地悪だなぁ……あのさ、夕里菜ちゃん。これからなんだけど、招魂しょうこん獣ってのを、倒さなきゃならないんだよ」

「招魂獣……?」

「そそ。こちらの世界に来ちゃった人はみんな、そうなんだけど……最初はまだ、この世界に定着していない存在なんだよねぇ。召喚っていうか、迷い込んでしまっている状態なの。それを、定着させるには、招魂殻しょうこんかくを持った獣を見つけて、殻を獲得しないといけないってわけ。ここまでは、いいかなぁ」

「……その殻みたいなのを、見つけ出せなければ、どうなるんですか」

「そういうケースは聞いたことがないけど、永遠にこのアストラル・フィールドを歩き回ることになっちゃうと思うよ」


「安心してください。招魂獣を倒すのは、わたくしたちに任せてくだされば、いいですので」

「その獣ってのは、危険な存在……なんですよね」

「まぁ……ね。さっきの『氷凍蓮ひょうとうれん』とは比べものにならないけど、討伐任務には慣れているからさ」

「アリアンフロッド機関は、常に人手不足ですから。夕里菜さんのような、転生者が召喚されてきたら、必ず告知されるし、招魂獣をいっしょに狩るように義務づけられているんですよ。今も、他の小隊ランスのメンバーが、夕里菜さんを探していると思うんだけど、私たちのほうが早かった、ということですね」

「ぼくたちには、あーちゃんがいるからね。その分、有利だよねー」


「そう……なんですね」

「それに、義務だけでなく、恩を売りたい、ということもあります」

 郁歌がそう言うと、アリサが隣で咳払いをした。

「恩……って?」

「私たちは、弱小の小隊なので、夕里菜さんに入隊して欲しいって、ことですよ」


「ちょっと、ちょっとぉ。郁歌ぁ、弱小って、呼ばないでよぉ」

「でも……事実ですわ」


 アリサがこほん、と咳払いをした。

「……まぁ、そう言うことだからさ。夕里菜ちゃん、考えておいてよ。手助けするのは、義務だから、まぁ、入隊のこととかはまぁ、あんまり気にせず、ね」

「はぁ……」


     ◆   □   ■


 そして、夕里菜たちはとても大きな、すり鉢状の場所まで、やってきた。

 底は深く、階段が続いているが、傾斜はかなり急だった。

 階段のないところで、ジャンプをしても、戻ることは難しそうだ。


 蟻地獄を、夕里菜は連想した。

 ——もし、階段がなかったら、永遠にここから出ることは出来なくなってしまうかも……。


 それまで、陽気に話し合っていたアリサと郁歌が、今は合図したかのうように、黙り込んでいた。

 あーちゃんも静かに、歩調を合わせてきている。

 夕里菜も、途中からこれは、自分の夢などではない、と思うようになっていた。


 これから、招魂獣という敵と戦うことになる——ふたりは、夕里菜のために戦ってくれると言ったが、それもどうなるか、わからない。

 でも……こんな、寂しい場所では、死にたくない……。


 夕里菜は唇を噛みしめると、腰に帯びていた小剣の鞘をぎゅっと、握った。

 底の中心には、何かがうずくまっていた。

 化石の恐竜みたいな姿だった。

 骨だけで、肉も内臓も皮膚もない。

 それが、体を丸くして、横たわっている。


「……予想した通り、Ⅶ《セブン》級の漿石竜しょうせきりゅうね。招魂殻を入手する相手としても、ぴったりじゃない?」

 アリサが、スマートフォンの画面を覗き込みながら言った。

「了解。では、これより招魂獣との戦闘に入ります」


 アリサはスマートフォンをしまうと、背中から長槍を抜いた。

 穂先の反対側の柄で、地面を突く。

「あーちゃんは、夕里菜ちゃんの側にいてあげて。郁歌と、ふたりで充分と思うから」

 さっきまでの軽薄な口調から一転して、低い声でアリサが言った。

 腰を低くして、槍を構える。


 郁歌が、腰と背中に挿していた鉄棒を手にした。

 ふたつの棒を繋げると、尖端から斧頭が現われ、柄の長い戦斧となった。


 アリサと郁歌が近づいていくと、漿石竜が体を動かした。

 首を持ち上げ、骨の輪郭しかない顔で、ふたりを見る。

 顎を開いて、威嚇した。


 石の竜とは言え、あれで噛みつかれたら、かなりの重傷を負うのではないだろうか。

 顎には、ずらりと鮫のように、鋭い歯が並んでいる。


 郁歌が突然、歌い出した。


『さぁ、行こう!

昂る力を今、見せつけよう。

心のなかに火をつけて。

ふたりなら、負けなどない。

ビートに乗って、いざ、切り開こう!』


 アリサが、走り始めた。

 漿石竜が、尻尾を振り回した。

 ぶん、という風を切る音が、ふたりから離れた場所にいる夕里菜のもとにも、聞こえてくる。


 ——当たっちゃう……!

 夕里菜は、目を閉ざしそうになる。

 両手を握りしめるが、アリサは槍を大地に突き立て、ジャンプすることで、かわした。


 ……す、すごい、運動神経……。

 夕里菜は、ごくり、と生唾を飲み込んだ。

 槍の柄を振り回し、そして、漿石竜の尻尾の上に着地すると、アリサは背骨の上を走り抜けていく。


 漿石竜は、尻尾を振り回すが、アリサに届くことはなかった。

 振り落とされもせず、背中から一気に、首の後ろまで達してしまった。


『我は放つ、「ペーザルの槍」よ、殺傷を旨とし、赤熱する汝を我は讃える。邪なる者の体を今、破砕せよ!』

 呪文のようなものを唱えると、槍の赤い穂先から炎が迸った。

 振り上げた槍を、アリサは首の骨の部分に突き刺した。

 がちっと、槍の穂先が漿石竜の骨にぶつかり、火花を散らせる。


 漿石竜が、顎を開いた。

 首から先——頭部が、炎に包まれる。

 威嚇ではなく、悲鳴を漿石竜があげた。

 苦悶しているかのように、どしん、どしん、と四肢が地面を打ち、それが夕里菜のところまで、震動として、伝わってくる。


「こちらも、お忘れなく!」

 郁歌が、斧を振り上げた。

『我は撃つ、斧の刃の一撃を。「ネルガル」よ、死の刃を今、放つ!』


 郁歌の斧の刃が、緑色を帯びた。

 腰を捻って、払うようにして、斧を漿石竜の前脚に叩きつけた。

 骨の脚に火花が散り、ひびが入った。

 もう一度、漿石竜が吠える。


「す……すごい……」

 ふたりは、戦いに慣れているのだろう。

 アリサが頭上から一撃を与え、漿石竜が怯むと、今度は郁歌が斧で攻撃を加える。

 同時に、息を合わせて、斬りかかることもあれば、少しタイミングをずらして、連続して、槍と斧とで、確実にダメージを与えていく。


 漿石竜の体のあちこちに亀裂が入り、一撃を加える度に、白かった骨の一部が赤くなったり、青、または紫になったりしている。

 戦いを見るのは、これがはじめてだが、ふたりが優勢なのは、明らかだ。

 これなら、あと少しで、漿石竜を倒せるのではないだろうか。


『高まるテンション!

唱える言葉に、心が熱くなる。

希望の灯を求めて、

いざ、歩きだそう。

激しく燃えるこの魂の、行き着くところをめざして!』


 再び、郁歌が歌い始めた。

 おそらく——あれは、盛り上がって来て、歌っているのではなく、何らかの効果をふたりに与えているのだろう。

 夕里菜はゆっくりと、息を吐き出した。

 自分には効果はないと思うが、どきどきしてきた。


 漿石竜が、長い首を振り回した。

「あっ!」

 頭蓋骨の上にいたアリサの体が、宙に浮いた。



【以下次回】

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