翌日。朝食をとりながら、俺とララは今日の予定を話していた。
「大将、昨日は気持ち良かったですね!」
(ブーッ!)
思わず水を吹き出してしまった。
「な、何言ってんだ⁉」
「はぇ? ベッドがフカフカで気持ち良かったですねって話ですよ?」
「へ? あ、そうか、そうだったな。あは、あははは」
(ハァ〜。朝から変に疲れるわ〜。ララの天然爆弾発言、少しは慣れないと……)
「ララ、今日はギルドで依頼を受けてみようと思う。ベリアさんとも約束したしな」
「はいです! 大将ならどんな依頼もチョチョイのチョイです!」
「いやいや、俺まだ駆け出し冒険者だから。なんにもできないよ」
「大丈夫です! ララもお手伝いしますです!」
「うん、ありがと」
朝食を終え、俺たちはギルドへと向かった。
朝からギルドは人で賑わっていた。人混みをかき分け、昨日ベリアさんに教えられた依頼掲示板の前へと辿り着いた。
「結構いろいろな依頼があるんだなぁ。雑草除去に側溝清掃、引越しの手伝いまで……冒険者って、いわゆる便利屋的なもんなのか?」
「です。冒険者さんは、この街で色んななお仕事をしてくれているです。大将には……コレなんかどうでしょう?」
ララが指差した依頼書には『コボルトの集落殲滅』と書かれていた。
「コボルトって……魔物だよな?」
「そうです。正確には魔獣、ですね。野犬が魔物化した奴らだそうです。凶暴な性格をしているので、群れで襲われると大変危険です」
「じゃあ、ダメじゃん。危険じゃん」
「大丈夫です! 大将ならチョチョイです♪」
「チョチョイと襲われて喰われる、の間違いだろ」
「ダークウルフを真っ二つにした大将なら、コボルトなんて朝飯前です! あっ、朝ごはんもう食べちゃったですね」
「そこはどーでもいいわ! むしろ俺らが朝飯にされるわ!」
そんな会話をしていると、ベリアさんがこちらに気づき、咳払いした。
「んんっ! ギルド内ではご静粛にお願いします」
「あ、すんません……」
「おはようございます。桃太郎さんとララさん、でしたね」
「おはようございます、ベリアさん。約束通り、依頼を見に来たのですが、どれを受注したらいいか迷ってまして……」
「そんなことだと思いました。声を掛けて下されば、アドバイスできましたのに」
「手間をかけるのも悪いかと思いまして……。初心者でもできそうな依頼、あったりしますか?」
「気を遣わなくても、それが私の仕事ですから。では、初めての依頼ということで、これなどはいかがでしょう?」
ベリアさんが、掲示板から一枚の依頼書を剥がし、俺に渡してくれた。薬草採取の依頼だった。
「なるほど、初心者にはちょうど良さそうですね」
「この辺りの地理を覚えるのにも役立ちますし、危険な場所へ行く必要もありませんから」
「ララ、薬草見つけるの得意です!」
「へぇ。そんな特技があったのか」
「はいです! お小遣い稼ぎに、よく森や草むらで採ってるです!」
「じゃあ、昨日会った時も薬草探してたのか?」
そう尋ねると、ララはモジモジしながら「いえ……違いますです」と小さく答えた。
「じゃあ、あんなとこで何してたんだ?」
「えっと……そのぉ……。お腹が空いていたので、小鳥さんでも狩って食べようかと……」
(ワァオ! なんて野生的……。ん? 待てよ。昨日小鳥たちが急に飛び立ったのって、もしかしてダークウルフじゃなく、ララの……? いや、詮索はやめとこう)
「と、とにかく! ララの薬草採取の特技も活かせるし、俺もこの辺りを散策するのにもちょうど良さそうだし、この依頼を受けようか」
「はいです、大将!」
「かしこまりました。では、あちらのカウンターで手続きを行いますね」
俺たちは受付で正式に初仕事を受理した。
「これで手続き終了です。依頼が完了しましたら、またこちらへお越しください。……あ、そうそう。最近、西の森で魔物の発生報告が増えています。南側は安全ですが、西の森の奥には絶対に入らないように! 万が一、魔物に遭遇したら、討伐よりも命を守ることを優先してくださいね!」
(なんか最後に不安なことを言われたが、危ない場所に行かなければ大丈夫だろう……)
依頼された薬草は、リコリスとプエラリア。イーリス様の加護によって、日本でいう
葛根と聞いて、ふと母のことを思い出す。風邪を引いたとき、よく
なんにせよ、馴染みのあるものが目的物なのはありがたい。ララの腕前も、お手並み拝見ってとこだ。
「じゃあ、安全だって言ってた南側へ——」
「薬草は西側の森にたくさんあるです! そこに行きましょう!」
(えっ⁉ ララさん、話聞いてた? そっちは危ないからダメだよ〜って、さっきベリアさん言ってたよね⁉)
「ララ、西側は絶対行っちゃダメってベリアさんが——」
「大丈夫です! ララは逃げ足なら誰にも負けませんし、大将は強いですから!」
(あぁ……そんなキラッキラの目で俺を見ないで〜。怖いからそっちには行きたくないって言えなくなるよぅ)
「さぁー、西の森へ薬草伐採に行きましょー!」
(採取な。伐採って、森ごと刈り取るつもりですか、お嬢さん?)
「やっぱり初めは南側へ——」と言いかけた俺の手を、ララはがっしり掴む。そしてそのまま、全速力で駆け出した。
俺は抗う余地もなく、ほとんど宙を舞いながら引っ張られていくのだった。
ララのおかげで、爆速で西側の森の前へと辿り着いた。
だが、俺の体力は既に尽きかけていた。あんな速さで走ったことがなかったのでね……。
「ララ……ハァハァ……、速すぎる……っ! 走るの……はぁ、もう限界……」
「大将、どうしたです? お水飲むですか?」
「ハァハァ……あ、ありがとう。もらう……」
水筒を受け取って、一気に飲み干す。
「くぅ〜、冷たくてうめぇ!」
「テソーロは水がたくさんある街です! お水もバーニョも有名なのです!」
「へぇ。水資源が豊富なのは有難いことだね。この水があれば、美味いもんも作れそうだ」
「大将、お料理できるですか?」
「料理ってほどじゃないけど、親が店やってたから手伝いはしてたよ。だからある程度なら」
「すごいです! ララ、大将の手料理食べてみたいです!」
「そうだな。依頼が終わったら、宿でなんか作ってみるか」
「そうとなれば、ちょっぱやで依頼を終わらせなきゃですね! もっと奥に行けば、たくさん生えてる場所があるです!」
(奥ぅ~⁉ ちょ、待っ——奥は危ないって言われたばっかだよ⁉ だからここら辺で……って、やっぱダメかぁぁぁーーー‼)
案の定、俺はララに腕を引っ張られ、再び爆走させられる。うん、予想通りの展開だ。
そんでもってこのあと、魔物に遭遇しちゃう未来しか見えないのが嫌になるぜ……。