「大将、見てくださいです!」
「はぁ、はぁ……。ヴォエ~、吐ぎぞゔ……」
「どうしたんですか? それより、ほら見て下さい! リコリスもプラナリアも、いっぱい生えてるです! さっそく伐採しましょー!」
(だから採取だよ……。気持ち悪くてツッコむのもしんどいわ)
とはいえ、目的の薬草がすぐに見つかったのはありがたい。必要な分だけ採取して、さっさと森から出よう。
ララの言う通り、目の前には見覚えのある葉や花が咲いていた。たぶん、この下を掘れば甘草と葛根が採れるはず——なんだけど、そこで俺は重大なことに気づく。
(あ……採取道具、なんも持ってきてねぇ)
アイテムボックスがあるから、持ち運びは楽勝だな~なんて、採取したあとのことばっか考えていて、肝心の『どうやって採るか』を考えてなかったのだ。
「なぁララ。これって、どうやって採ればいい?」
「パーラで地面を掘っていくです」
「パーラ……つまり鍬か。ララ、持ってたりしないよな?」
「大将が持ってると思って、何も用意してないです……ごめんなさいです」
ララがしょんぼりするのを見て、慌てて慰める。
「いやいや大丈夫だよ! 悪いのは俺だから、ね?」
とはいえ、どうしたものかと考えあぐねていると、ある妙案を思いついた。
「ララ、ごめんよ。でも、たぶんコレを使ったら、なんとかなると思うから!」
そう言って、俺は腰から金光を抜いた。すると——
『ヤメロ……ヤメルノダ……』
「うわぁっ、なんだ⁉」
突如響く謎の声。俺は思わず飛び退いた。
「ひゃあっ⁉ な、なんですか大将、急に大声出して⁉」
「えっ? 今の声、聞こえなかったのか?」
「……? 大将の叫び声しか聞こえてないですけど?」
気のせいか? いや、もしかして魔物が近くに……⁉ 周囲を警戒しつつ再び金光を手に取り、作業に戻ろうとした、その時——
『ダカラヤメロトイッテオルダロ!』
「うひゃー‼」
あまりの驚きに、俺は金光を放り投げてしまった。まさか……声の主が刀だとは。
これもイーリス様の加護『どんな生き物とでも会話できる力』の影響か?
……でも、刀は生き物じゃ——
『ハヤクワレヲヒロワンカ!』
「あ、すみませんっ。急に声が聞こえてきたもんで、驚いてしまいまして……って、やっぱり金光から声が聞こえる! なぁララ、この声聞こえてるだろ?」
ララは無言で首を横に振った。その反応で、やっぱり俺にしか聞こえていないと確信する。
「えっと、金光……さん? なんで俺と意思疎通できるんですかねぇ?」
『ワレハヨウトウユエ、ミタマヲモッテオルカラ、カノォ』
「妖刀って、あの妖刀……ですか?」
『アノトハ、ドノヨウトウダ?』
「いや、その……呪われてる的な、そういう……」
『ワレハノロワレテナドオランゾ、タワケガ!』
「す、すみませんっ! じゃあ……妖刀って具体的にはどういう刀なんですか?」
『ヨウトウトハ、カジショクニンのタマシイガ、コンセツソソガレタ、ユイイツムニノメイトウナリ。ショクニンノイッショウガイニ、イッポンウマレルカドウカノシロモノダ』
「なるほど……。金光は備前長船の傑作って話は父ちゃんから聞いてたけど……まさか妖刀だったとは……」
『ソノワレヲ、ツチホリニツカオウナド、ゴンゴドウダン!』
「ひぃぃ、ごめんなさい! 本当に申し訳ありませんでした!」
俺は何度も頭を下げながら、必死で謝り続けた。金光は噂に聞くような『呪われた妖刀』とは違うようだが、怒らせてしまって本当に呪われでもしたら困る。ここは素直に謝っておくに限る。
『ワカレバヨイ。ニドド、ワレヲソマツニアツカウデナイゾ』
「はい、肝に銘じておきます……」
どうにか金光の機嫌は直してもらえたが、肝心の薬草採取は未解決のままだ。
さて、どうしたものか——
少し離れた場所から、ララの声が響いた。
「大将ー。こっちに来て下さいですー」
声の調子からして、危険な状況ではなさそうだ。もしかして、薬草採取に役立つ物でも見つけたのだろうか?
とにかく、ララのもとへ向かってみる。
「どうした、ララ? 何かあったか?」
「こっちに怪我をした魔獣が倒れてるですー」
(魔獣だとぉ~⁉ え、ヤバいじゃん! いくら怪我をしてるっていっても、襲ってこないとは限らないよな。もしそうなら、ララが危険だ! ……でも、魔獣怖いよ~。ダークウルフの時みたいにうまくいくとは限らないんだよ~)
弱気な俺の心を見透かしたかのように、金光が話しかけてくる。
『ワレヲシンジロ。ワレニキレナイモノハナイ』
(……そうだった。俺には『何でも切れる』という加護があるんだった。ビビってる場合じゃない!)
自らを鼓舞し、ララの元へ駆け寄った。
「あ、大将! ほら、ここに魔獣が怪我して倒れてるです。なんだか苦しそうです」
倒れていたのは、野犬と人間を足して割ったような妙な姿の生き物だった。
(これが魔獣……?)
背丈は俺とララの中間くらい。衣服のようなものを身につけているが、草や蔦で編んだ粗末なものだった。
「大将、どうするです? 魔獣さん、やっつけます?」
(んー、さっきからララの言葉に引っかかりを感じるんだよなぁ。なんだろう、この違和感?)
「なあ、ララ」
「なんです?」
「さっきから『魔獣』って言ってるけど、『魔物』とは別物なのか?」
「魔獣には感情があるらしいですよ。たいていの魔獣は、仲間と群れを作って暮らしてるです。魔物はそういうことをしないです。この子はたぶん、魔獣のコボルトです」
(魔獣には感情があるのか……。でもコボルトってことは……ギルドの掲示板で討伐依頼が出てたやつじゃね⁉ 動けない今のうちに仕留めたほうが——)
「ガルルルル……クゥ~ン(何だお前ら……イッテェ〜)」
「大将、魔獣は時々人間を襲うです! 気をつけてくださいです」
(だよね、やっぱり危ないよね! ララさん、分かってるなら無闇に近寄らないのっ!)
「ガルルル……(近寄るな……)」
魔獣はそう言い残すと、そのまま意識を失い、ぐったりと倒れこんだ。
「ララ、こ、こういう時ってどうしたら……」
「分からないです……でも、このまま放っておくのは、ちょっと嫌な感じがするです」
魔獣という、人に仇をなす存在を排除する方が、世間的には得策なのかもしれない。
でも、俺もララと同じ気持ちだった。
「……よし、助けよう」
意を決してそう言うと、ララが「はい! お願いしますです!」と笑顔を見せた。
俺はアイテムボックスから、イーリス様が『おまけ』で入れてくれていた『エリクサー』を取り出し、魔獣に飲ませる。
すると、みるみるうちに傷が塞がり、意識もゆっくりと戻っていくのだった——