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第14話 繁盛の理由

 今日も稼ぎが入ったので、屋台街に向かい、まだ食べていない料理を食べ歩いた。

 仕事終わりの飯が、こんなにうまいものだとは知らなかった。

 これが社会人というものかと、身をもって実感する。



 食後、満腹になった腹を落ち着かせるため、一度宿に戻った。

 少し横になろうかとも思ったが、全身が泥と土まみれなことに気づき、今日もバーニョへ行くことにした。


 疲れと汚れを落とそうと、アントニーさんのバーニョを訪れると——

 そこには昨日まではなかったものがあった。

「すまないが、女湯は入場規制中じゃー。列に並んどくれー」


「こんばんは、アントニーさん。この行列は……どうしたんですか?」

「おぉー! 桃太郎くんじゃないか。どうもこうもない、君のおかげじゃ!」

「俺のおかげ?」


「そうじゃよ。昨日話していた塩風呂を、今朝から試してみたんじゃ。そしたら、みなが『お肌がピチピチになる』って大騒ぎでな! 開店から大盛況なんじゃよ。それで、この有様ってわけじゃ」


 なるほど。まさか母ちゃんの知恵が、ここまで役に立つとは……母ちゃんの知恵袋、おそるべし!

「それは良かったです。でも、並ばないとだなぁ〜」


「いやいや、並んどるのは女湯だけじゃ。男湯はいつも通りすぐ入れるぞ。そうじゃ! 繁盛のお礼に――これをやろう。無料券じゃ。いつでも来ておくれ!」

 バーニョ利用料が無料になるという、夢のような券をいただき、心の中で母にもう一度感謝した。


「ありがとうございます、めっちゃ助かります! 今日はギルドでの初仕事があって、すごく疲れてて、昨日の薬湯にまた入りたくて来たんですよ」

「あ、あぁ〜、そうじゃったのか……」

 ん? なんだ、急に歯切れが悪くなったぞ……?


「何か、あったんですか?」

「それがのぅ……今日に限って薬草が手に入らなかったんじゃ。最近、魔物が出るとかなんとかで、冒険者からの薬草採取の依頼が滞ってるそうでなぁ」


 あちゃ〜。こんな所にも影響が出るのかぁ〜。やっぱり早く解決しないとだな。しかし、楽しみにしてた薬湯に入れないは残念だ……。いや、待てよ——

「あの、アントニーさん。薬湯に使う薬草って、何が入ってるんでしたっけ?」


「わしのバーニョでは、カンナビス、マンザニーラ、メンタ、それから旬の果物の皮などをブレンドしておる」

「カンナビス(麻)、マンザニーラ(加蜜列カモミール)、メンタ(薄荷ハッカ)、それと果物の皮か……。あの、よもぎなら手持ちがあるのですが、一度使ってみませんか?」


「おぉ、昨日言っておったやつじゃな。それにはどんな薬効があるんじゃ?」

「これも母からの受け売りですが、疲労回復に効果があると聞きました。食用にと思って採ってきたのがあるので、お試しになりますか?」

「ぜひぜひ〜。是が非でも試させてもらいますぞい、桃太郎くん!」


 アントニーさんの圧がすごい……。塩風呂で味をしめたのだろうか。俺から商売の匂いをプンプン嗅ぎ取っている感じだ。まぁ、俺としても薬湯に入れるのはありがたいし、よろしくお願いしよう。


「では、ちょっと宿から取ってきますので、少しお待ちください。ララは列に並んで待っておいてね」

「おぉ、ララちゃんもおったのか。すまん、桃太郎くんとの会話に夢中で気づかんかったわい。君は並ばずとも優先して入ってもらって構わんよ!」


「大丈夫です。ララは順番抜かししないです。大将の言うとおり、並んで待っておくです」

「おぉ、なんて良い子じゃ。桃太郎くんといい、ララちゃんといい、わしは良い出会いに恵まれたようじゃな。嬉しいよ」


 そう言って、アントニーさんはララの頭を優しく撫でた。

 側から見れば、おじいちゃんと孫のようだな。何とも心温まる情景だ。

 ……ちなみに、薬草はアイテムボックスにしまってあるので、宿に戻る必要はない。


 だが、人前でいきなり薬草を大量に取り出すわけにもいかず、路地裏へまわってこっそり取り出し、再びバーニョへと戻った。

「お待たせしました、アントニーさん。これが蓬です」


「おぉ。蓬というのは、アルテミシアのことだったか」

「もしかして、使ったことありました?」

「いや、すり潰したアルテミシアを傷口や火傷に塗ることはあっても、湯の中に入れるという発想はなかった。でも、確かに考えてみれば、傷を治す効果があるのじゃから、湯に入れてもその効果が見込めるか……。よし、早速準備してくるわい!」


 アントニーさんは、喜々とした表情で薬湯の準備に取り掛かってくれた。

 母ちゃんの知恵が、またしても役に立ったみたいで何よりだ。

 ——よもぎ湯。前に一度だけ入ったことがあるけど、とても良い香りがした記憶がある。楽しみだ。



 十分ほどで、アントニーさんが満面の笑みを浮かべながら戻ってきた。

「桃太郎くん! アルテミシア湯、めちゃくちゃ良い香りじゃな、体の芯から温まりそうな、極上の湯になっとるぞい! ささ、早速入ってきておくれ!」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて、一番風呂いただいてきます」



 ふぁぁぁぁ~。

 ——この世界に来て、今が一番心が休まっている気がする。

 アルテミシア湯……想像以上に疲れが吹っ飛ぶぞ。しかも、香りも最高だ。極楽極楽~。


 アルテミシアは、日本のよもぎよりも青臭さが少なく、ほんのり甘い香りがした。

 これは食用にも良さそうだな。そういえば葛も手に入ったし、葛餅にアルテミシアを混ぜたら、よもぎ餅風になって美味いかも!


「おーい、湯加減はどうじゃ?」

「最っ高ですね! 昨日の薬湯も素晴らしかったですが、このアルテミシア湯も引けを取りません。これ、絶対流行りますよ!」


「わしもそう思う! ところで桃太郎くん……」

「どう……しました?」

 アントニーさんが突然うつむき、体をブルブル震わせ始めた。


 体調でも悪いのかと心配になったが——その不安は一瞬で杞憂に終わった。

「桃太郎くん……頼む! アルテミシアをたくさん分けてくれ~~~‼」

 武者震い——商売人の勘が働いたのだろう。この商機を逃すまいと、全身全霊で懇願してくる。


 さすがにここまでされて、断るわけにはいかなかった。

「分かりました。また明日も持ってきますね」

「おぉ~、何と言うことだ……! 本当にわしは良い方と巡り合わせていただいた……アイリス様のご加護に、大いなる感謝を……」


 アントニーさんは膝をつき、両手を合わせて祈り始めた。

「今、アイリス様って……。それは、この世界の神様的な存在ですか?」

「ん? 桃太郎くんはアイリス教を知らんのか? ここテソーロを含め、パンギア国一帯では、アイリス様を主神とする信仰が一般的じゃ。異国から来た君は、別の神を信仰しておるのかい?」


「特定の宗教ってわけじゃないですけど、俺の世界では『八百万の神』という考え方があります。あらゆるものに神が宿るとされていて、すべての物を大切にし、感謝するってのが基本的な考え方です」


「ふむ、面白い考えじゃのう。人それぞれ、様々な考え方があって然るべきじゃ」

「でも、俺もアイリス様に似た存在のお方は敬っています。イーリス様という方なんですが」


「イーリス様か。アイリス、イーリス……。もしかすると、同一の存在かもしれんのぉ」

「発音も似ていますしね」

 アルテミシア湯を存分に堪能した俺は、翌朝、残りのアルテミシアを持ってくることを約束し、バーニョを後にした。


 ララは初めての塩風呂を満喫し、ただでさえピチピチの肌がさらにツヤツヤになったと大はしゃぎしている。

 まだ幼いとはいえ、そういうところはやっぱり女の子なんだなぁ、と微笑ましく感じた。

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